第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(62)
食事を終え、荒野と茅が帰って行くと、香也、楓、孫子の三人は教科書やノートなどの勉強道具を準備しだし、ノリは、自分用に貰ったスケッチブックを持って来て、なにやら描きはじめる。テンは、篤朗から押し付けられたノートパソコンを畳の上に置き、腹ばいになって炬燵の中に下半身を突っ込んで、寝っ転がりながら猛然とタイプしはじめた。
……特にすることを思いつかなかったガクは、台所に行って、真里や羽生譲と一緒に後片付けの手伝いをすることにした。
島を出るまで、いや、この家に来るまで、三人はいつも一緒だった。
しかし、ここに来て……テンとノリには、どうも、個々人でやりたいこと、というのができたようで……二人とも、自分が好きなことをしている時間は、三人一緒でいる必要をあまり感じていないようだった。
つまり、ガク一人が取り残された形である。
そうした、夢中になれるもの、を、未だに見つけられることができないガクは、そんな二人が少しうらやましくて、かなり寂しい。
ガクは、なんだかテンとノリの二人に、置き去りされたような心持ちになっていた。
食器洗いが片付いて、居間にいる二人に声を「お風呂に入らないか?」と声をかけるが、生返事しか帰ってこなかったので、仕方なく一人で風呂場に向かう。
狩野家の広々とした風呂場も、たった一人で浸かるとなると、ひどく寒々しい感じがした。
ガクは、湯船で長々と手足を延ばしながら、島にいた時のことを思い出す。
『……あの頃は、楽しかった。なにも考えないで、いられた……』
それから、今朝、ランニングの時に、茅に言われたことを反芻する。
『こいつら……自分たちの身の安全を保証してくれる、有力者を確保したいと思っているの。
涼治の保護下に入ったのも、そうすれば、しばらくは安全だから!
あわよければ、荒野も取り込もうとしているの。
荒野、涼治よりは扱いやすいと思われているの! 』
……本当に、そうなのだろうか?
ボクたちは……涼治や荒野の存在を、自分たちに都合がいいから、利用しているのだろうか?
今まで物事を深く考えることを他の二人へ任せて来ていたガクには、よくわからない。
でも、仮に、茅のいうとおりだったとしても……それは、悪いことなのだろうか? 荒野と茅も、この家の人達も、知り合ってからまだ間もないが……これまでのところ、付き合ってきてそんなに悪い印象を、ガクは持っていない。
……第一、晩年のじっちゃんは、自分が死んだら、加納を頼れ、と、そういっていた。
ガクは、じっちゃんの事も思い出す。
じっちゃんは、ガクたち三人を、
『おまえたちは、可能性だ。
一族だけではなく、人類すべての、可能性だ……』
と、口癖のようにいっていた。
『……お前らを作ったやつらは、一族の将来に危機感を持っていたのだと思う。
かつて、特別な能力と技を持つ、特別な存在であった自分たちは……一般人たちのテクノロジーの進歩によって、用済みになりつつある、と……。
いくら早さを売りにしようが、野呂の者は、自動車や鉄道、飛行機以上に早くは走れない。
いくら精強を歌おうが、核兵器を上回る殺傷能力を持つ二宮は、いない。
地球中を覆う情報網を誇った姉崎も、今ではそれ以上に緻密な電気仕掛けのネットワークが世界中に張り巡らされている。
佐久間の記憶力も、情報機器が発達した現在では、相対的に価値がなくなっている……。
日々進歩する技術に追われ、日々、その居場所を狭くされ、追い立てられながら……それでも、将来においても、一族が一族でありつづけるための布石として作られたのが……お前たちだ……』
あれは……じっちゃんにとっては、とても悲痛な言葉だったのかもしれない……と、今になって見れば、ガクにはそう思える。
島にいた時はあまり意識していなかったが、じっちゃんは、その能力から考えても、明らかに一族の一員だった……。
自嘲、以上の思いが込められていたのだろう。
『……だがな……。
自分が何者になるのかは……お前ら自身が、自分で選べ。
一族の一員といして生きるのもよし、一般人に紛れて平凡な生涯を送るのもよし……それ以外の、わしには想像できんような、別の選択をするのもよし。
お前らは、お前らだ。
お前らを作ったやつらの思惑なんか、軽々と飛び越えて見ろ。
お前らなら、それができる……』
ここに来て……テンとノリは、なんだか、自分自身が進むべき方向を、見つけたように見える……。
そして、ガクは、自分がなにをやりたいのか……テンやノリほどには、はっきりと分からないでいる……。
ガクがそんなことを考えていると、ガラガラと引き戸が開いて、
「……お風呂イベント、発生!」
と叫びながら、全裸の羽生譲が入って来た。
羽生譲は、かかり湯を使うのもほどほどに、湯船に入り、ガクと肩を並べる。
「……なんか、他の二人に比べて、ガクちゃんが元気ないように見えてな。
様子みがてらに、来たんだけど……。
なんか、しょぼーんとすることあった?」
ガクがぽつりぽつり自分の考えていることを話すと、羽生譲は「わはははは……」と声に出して笑った。
「……なんか、みんなして同じよううな事、悩んでいるのな。楓ちゃんもこの前、そんなような事、いってたし……」
「……楓おねーちゃんが!」
ガクが、驚きの声をあげる。
ガクにしてみれば、楓は、完全無欠、とはいかないまでも、かなりしっかりした大人に見ている。少なくとも、正面からぶつかって、力づくでガクを倒した大人は、楓が初めてだった……。
「……うん。
いろいろ悩んでいるらしいぞ、楓ちゃんも。
楓ちゃんの場合は、スペックの高さと本人の指向がずれていて、そのことに悩んでいる感じだったな。
今の延長で過ごすことは、楓ちゃんにとっては簡単なことなのだけど……それは、果たして、楓ちゃん自身が納得できる選択なのか……」
羽生譲は、真顔になって、湯船のお湯で顔を洗った。
「……楓ちゃん……ここに来るまで、誰かに対して『NO』っていったことなかったらいんだよね。
誰かに否定的なこといっちゃうと、自分自身も否定されちゃうような気がしていたみたいで……。
かなり頑なに、誰にとっても都合のいい楓ちゃん……いい子を、演じていたようで……。
それも、孫子ちゃんが来たあたりから、かなり様子が変わってきたけど……。 それ以前の楓ちゃん、いつも笑っていて、でも、その、笑顔が、時々、痛々しく見えることがあって……」
ガクは、羽生譲の話しを、真剣に聞いている。
「……で、この間、楓ちゃん、カッコいい方のこーや君になんか言われたみたいでな……。
自分自身で考えて動く、ということが、よく分からない……って、いってたんだ。
そういうこといわれても……わたし自身、自称順也先生の弟子、実態は、居候のフリーターだしな……。
あまり、まともな相談相手には、ならなかったわ……」
あはははは、と、羽生譲は声をあげて笑った。
「……だから、まあ……わたしもそんなたいしたこと、言えないけどさ……。
ガクちゃんも、いろいろと悩むのがいいよ……。
ガクちゃんたちも、楓ちゃんも、いろいろ思うところはあるでしょうが、それ、わたしら、カッコいいこーや君のいう、一般人の人達も同じだから……」
「……同じ……なの?」
「うん。
自分が何者なのか、わかんないまま育っちゃうっていうのが、本当だと思う……。
うちのこーちゃんみたいに、これと決めた分野にわき目も振らずず……っていうのが、かえって珍しいよ……。
大半の人は、なんも分からないまま学校出て、働いたり結婚したりして、いつの間にか何年かたって……その時、自分がいる場所を、何年も前から予想したような、平然とした顔をして受け入れる訳だけど……そんなもん、後付けの納得よなぁ……ほとんど……」
だから、悩みたければ納得がいくまで悩めば良い、と、羽生譲はガクにいった。
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つづき]
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