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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(411)

第六章 「血と技」(411)

 なんだかんだでそのまま二十分ほども立ち話しをしてしまった。
 このままでは香也と約束した時間に遅れる、ということで、昼食はマンションに帰ってから作るのではなく、どこかで調達していこう、ということになり、荒野が駅前まで出て牛丼弁当を買ってくることになった。牛丼にしたのは、茅からのリクエストがあったためだった。
 茅と沙織は、その間にマンドゴドラに寄ってくる、という。たまには顔を見せにいきたいし、お茶うけになる菓子も欲しい、といったところだろう。あるいは、日参してくれる酒見姉妹へのお礼代わり、というニュアンスも含んでいるのかもしれない。
 そのようなわけで一度、荒野は茅、沙織の二人と別れた。といっても、駅前もマンドゴドラもすぐそこで、いくらもしないうちにマンションで合流する予定ではあったが。
 荒野は商店街のアーケードを抜け、目当ての牛丼屋をめざす。ひさしぶり、というほどでもないのだが、期末試験に入ってからこっち、荒野は商店街に来ていなかった。こうして平日の昼間に見る商店街は、普段利用する夕方と比べても、よほど閑散としてみえる。

 駅前のチェーン展開している牛丼屋で特盛り弁当四つを購入し、来た道を戻っていくと、商店街アーケードの中程で作業服姿の孫子と出会った。
「よう」
 荒野は、何人かの男たちに、二トントラックから足場材を降ろす作業をしているらしい孫子に、とりあえず声をかけてみる。
「何やってんだ、こんなところで?」
「え?
 あっ。加納か……」
 背後から声をかけられ、振り向いた孫子は、事務的な口調で説明をしはじめる。
「……試験休みと春休みを利用して、香也様に、商店街のシャッターに絵を描いてもらうことになっています。そのための、下準備です……」
「……あー……。
 そんな話しも、していたっけかなぁ……そういや……」
 荒野も詳しく聞いたわけではなく、何かの雑談のおりに、小耳に挟んだ、という程度だったが……いわれてみれば確かに、そんな話しも聞いたような気がする。
「でも、彼……覚えているかな?」
 荒野はそういって首を傾げた。
「たとえ忘れていても、絵に関する約束を香也様が反故にするはずがありません」
 孫子は、やけに自信たっぷりな物言いをした。
 ……そんなものかも知れないな……と、荒野も納得をする。
「……そのかわり、香也様が不自由をしないように、こちらの方々に話しを通して、足場を組んで、塗料を用意して……細々とした下準備はすべてこちらで用意するわけですから……」
 そういう細かな雑事を厭わない、という側面も、これで孫子は持ちあわせている。
「……試験期間中なのに、ご苦労なことだな……」
 揶揄しているわけではなく、本気で荒野は孫子にねぎらいの言葉をかけた。
「試験直前に慌てて勉強をする必要がある、というのは、普段さぼっている証拠です」
 孫子は、きっぱりといいきる。
「普段からなすべきことをなしていれば、直前に慌てる必要はありません」
「……そういうことは、玉木あたりにじっくりと言い聞かせてくれ……」
 荒野はそういって孫子に別れを告げ、マンションへと向かう。

「……って感じで、才賀のやつも、休みにむけていろいろ画策しているみたいだった……」
 牛丼特盛り弁当をみんなで囲みながら、荒野はついさっきの出来事を報告する。普段、食卓を囲みながらあれやこれやを茅に報告・相談するのが習いになっていたので、荒野にしてみれば違和感がなかった。
「才賀の令嬢が、ですか……」
 源吉が、なんともいえない微妙な表情になる。
「あの方も……難儀な性格ですなぁ……」
 どうやら、この土地にとどまって涼治に報告するための監視活動をしているらしい源吉は、当然、孫子の詳細についても知っているわけだった。
「鋼造さん、あいつを普通の庶民にしたくて……それが無理でも、そういう感覚を学ばせたくて、こっちに住まわせているのに……」
 荒野も、頷く。
「……絶対、普通の範疇に収まっているたまではないよな、あいつ……」
「荒野君も……」
 ここで、沙織がくすりと笑った。
「……人のこといえないじゃない」
「いや……そういわれると、そうなんだけど……」
 今度は荒野が、なんとも微妙な表情になる。
「……少なくともおれは、普通になろうと努力はしているんですよ。
 これでも……」
「どう振る舞おうとも……」
 今度は茅が、口を挟んだ。
「荒野は、荒野なのに……」
「羊の皮を被っても、狼は狼、というわけですな」
 源吉も、茅の言葉に頷く。
「若の……その、一般人社会にとけ込もうとする努力自体は、大切だとは思いますが……」
「……あー。
 源吉さんまで、そんなこというかなー……」
 荒野は故意に、少し不機嫌な声を出す。
「……これでも、それなりにうまくやっていると思うんですけどねー。
 むしろ、うまくいきすぎていて怖い、っていうか……」
「……荒野、いつもそんなこといっているの」
 茅が、即座につけ加えた。
「そうした幸運を呼び込んでいるのも、荒野自身の行動なのに……」
「荒野君は、何でも自分でやりたがるタイプね。意外と」
 沙織が、荒野の分析をする。
「自分の目の届かないところでいろいろ動いていると、とたんに不安になるタイプ。
 リーダーなんてものは、細かいところは他人任せにして、あとはどーんと構えていればいいのに……」
「……最近は、そういうのにも慣れようとしているの」
 茅が、荒野を評する。
「荒野は……まだまだ……他人任せにしていることに、フラストレーションを感じているの」
「この年で、そんなに悟れやしません」
 荒野はそういって胸を張り、湯呑みのお茶をずずずとすすった。
「あっ……。
 たまの日本茶も、いいなあ……」
 試供品として静流の店のチラシに付属していたものを、早速使っていた。
「……香りも味も、いいよね、これ……」
 沙織も、湯呑みを両手に抱えるようにして、傾ける。
「牛丼みたいに味が濃い食べものに負けていないんだから、そうとうなものよ。
 帰りに買っていこうかな?」
「……野呂の姫が、ねぇ……」
 源吉は源吉で、またまた複雑な表情になる。
「あっ。そうだ。
 源吉さん。静流さんとジュリエッタさんの対決映像、ありますよ。
 ネットに繋げばすぐに見ることができますけど、あとで見ますか?」
「あっ。
 それ、わたしも見たい」
 荒野が提案すると、源吉が答える前に沙織が応じる。



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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(410)

第六章 「血と技」(410)

 その日も昇降口のところで茅や沙織先輩と合流して帰宅することになった。
「……今さら、こういうこともなんですけど……」
 肩を並べてマンションに向かいながら、荒野は沙織に話しかける。
「沙織先輩、おれたちのためにこんなに時間を使ってもらっちゃって……申し訳ない気もします」
 荒野の本音でもあった。
 面倒を見てもらっている側の荒野や香也はともかく、沙織の側から見れば、いっこうにメリットがない。
「いいの、いいの。
 こっちも、好きでやっているだけだから……」
 沙織の方は、鷹揚に頷くだけである。
「……おかげで、面白そうな子たちとも知り合いになれたし、なれそうだし……。
 荒野君の知り合いって、ユニークな人が多いのね……」
「ユニーク、っていうか、なんていうか……」
 荒野としては、口を濁すよりほかない。
 沙織のいう「ユニーク」というのは、「個性的」というよりは「どかか歪んでいる」というニュアンスが強いような気がするのだが……一族の主要な面々の顔を思い起こすと、まったく反論できないのだった。
 そして、沙織の趣味はあまりよくないよな……とも、心中でそっとつけ加える。
「……まあ、個性的な知り合いには、不自由していません……」
 荒野としては、無難にそんな返事をするだけにとどめた。

「……はーい!
 カノウのワカっー!」
 そんなことはぐだぐだ話しながら歩いていくと、商店街のはずれあたりで、脳天気な声に呼び止められた。
 振り返ってみると……。
「……ジュリエッタさん……」
 荒野は、視界に入ってきた姿を認めるなり、うめいた。
「……何やってんですか?
 こんなところで、そんな格好で……」
 ジュリエッタはスリットも胸元も大胆なに開いた真っ赤なチャイナドレスを着用し、プラカードを持っていた。
 ……真昼間から、町中でする格好ではない……と、荒野は思う。
「……似合わないか? これ?」
 一方のジュリエッタは、荒野の反応をみて、不思議そうな顔をして自分の体を見返している。
「……どこもヘンじゃないよ? これ……」
「似合うか似合わないかって、いったら、似合うし……そういう意味では、変じゃないといえば変じゃないんだけど……」
 荒野はどう説明するればいいのか考えながら、口を開く。
「……あー。
 町中で着るものじゃないでしょう、それ。少なくとも日本では……。
 いったい、なにやってんですか?」
「……Oh! 目立つか? それはよかった!」
 ジュリエッタは昂然と胸を張った。
 そうすると、大きく開いた胸元がいっそう強調されるようで……目のやり場に困った荒野はさりげなく目線をそらす。
「……これ、静流の店の宣伝ね!
 静流にはいろいろ、迷惑かけたから……」
 そういって、ジュリエッタは荒野にチラシを手渡した。
「……ああ。チラシ配りか……」
 ジュリエッタに手渡されたチラシを一瞥し、頷く。
「……そういや、楓や才賀も、年末に似たようなことをやっていたっけ……。
 だけど、その格好……いったい誰が用意したんだ?」
「それは、わたしです」
 横合いからいきなり声をかけられ、そちらに首をめぐらした荒野は、しばらく絶句した。
 声をかけてきたのは、柏あんなの姉、柏千鶴だった。千鶴も、ジュリエッタと同じく、プラカードを担いでチラシの束を手にしている。
 問題は、そのファッションで……。
「……ええっと……。
 どうも、ご無沙汰してます……」
 荒野は反応に困りつつも、とりあえず無難に挨拶をしておく。
 知り合いの下級生の姉が、いきなり空色のチャイナドレスで現れたら、荒野でなくても驚く。
「ご無沙汰しています」
 千鶴は荒野に向かって丁寧に頭をさげてから、説明を続ける。
「この衣装、わたしが知り合いのつてで借りてきたものなのですけど……似合いっていますでしょうか?」
「……ええっと……。
 まあ……お似合いだとは思います。二人とも……」
 この際、荒野はTPOの問題は無視することにした。
 似合っているかいないかといえば……二人とも、すごく似合いっているのだ。目のやり場に困るくらいに。
 ジュリエッタはともかく……柏千鶴も、結構着やせするタイプらしかった。
「萌え萌えですか?」
 千鶴が、真剣な顔をして荒野の目を見据え、重ねて聞いてきた。
「も……萌え萌え……です……」
 気圧されながらも、荒野は、なんとかそう答える。
 蛇に睨まれた蛙……というのは、このような心境をいうのだろう……と、荒野は密かに深く納得する。
「……それは、よかったのです」
 それまでの真剣な顔つきから一転して、千鶴は満面の笑顔となった。
「静流さんのお店、商品のクオリティは高いんですから……もっと真剣に、良さを広める努力をしませんと……」
「……ああ……。
 それで……」
 荒野はジュリエッタに手渡されたチラシに視線を落とした。
 静流の店への地図と住所、「おしいお茶のいれ方」の簡単な説明などが手書きの丸文字で書かれていて、ビニール袋に入った少量のお茶の葉がステープラーでとめられている。
 ジュリエッタと千鶴のファッションはどうかと思うが、宣伝方法としては、意外にまともだ……と、荒野は思った。
「荒野君」
 背後から、今度は沙織から声をかけられる。
「この方たちは、紹介してもらえないのかな?」
 沙織もまた、千鶴に負けないくらいに満面の笑みをたたえている。
 おそらく……「変な人」の知り合いが増えて、楽しいのだろう……などと、思いながら荒野は沙織に二人を紹介しはじめる。
「……ええっと……。
 こちらが、一年の柏あんなの姉さんで、千鶴さん。確か、大学生。
 で、こっちが……あー……一口には説明しにくいんだけど、うちの方の関係者で、最近こちに越してきてジュリエッタさん。こうみえて、日常会話程度なら日本語も不自由しないから、あったときは話しかけてあげて……」
「一年の柏さんって……あまり話したことないけど、堺君といつも一緒にいる、可愛い子ですよね……」
「そうそう。あんなちゃんとまーくん。
 まーくん、うちのお隣さんなんですよ……」
 お互いに挨拶しあった後、千鶴と沙織はメアドと電話番号の交換までしていた。



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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(409)

第六章 「血と技」(409)

 期末試験も折り返しになる三日目の朝となった。
「ちょーしはどうだ? おにーさん?」
 荒野は朝っぱらから元気がいい飯島舞花に、もの凄い勢いで背中をはたかれる。
「……調子は……まあ、いつも通りだな……」
 苦笑いを浮かべながら答えた荒野は、舞花の後ろに栗田の小柄な姿を認める。栗田は、荒野と目が合うと、軽く会釈した。
「って、彼。
 またお前のところに泊まったのか?」
 舞花の家に栗田が泊まりにくるのは珍しいことではないのだが、一応、週末とか休日に限定していて、平日に……というパターンは珍しい。
「ああ。本当はアレなんだけど、今日の試験がかなり自信なかったみたいだし、うちのおやも仕事でいなかったし……でな。
 まあいいじゃん。どうせ、あと三日持ちこたえればすぐに休みに入るんだから……」
 舞花が、屈託のない笑顔をみせる。
 舞花にとっては、期末試験を苦に思うよりも、近づいてくる連休への期待の方が大きいらしかった。
「……ずいぶんと、機嫌がよさそうだな……」
 この分だと、舞花たちは昨夜もお楽しみだったのだろう……と、そちら方面にはどちらかというと鈍感な方の荒野でさえ、思ってしまう。
「ああ。
 まあ、飴と鞭っていうか、勉強をしながらいろいろとやてったら、どちらからともなく火がついてその、盛大に、な」
 ……こいつらは、悩みがなさそうでいいなぁ……と、荒野は思った。

 マンション前でそんなやりとりをしているうちに、隣の家から香也、楓、孫子の三人が出てくる。樋口明日樹と大樹の姉弟も合流して、いつものように通学を開始する。
「で、そっちはどうなの?」
 荒野は、歩きながら、樋口明日樹に話しかけてみた。
「期末の方は?」
「どうって……まあ、ぼちぼち」
 明日樹は眠たげな表情で答える。
「今のところ、大きな失敗はしていない……と、思うけど……」
 自信があるとかないとかではなく、「失敗がない」と答えるあたりが、慎重で真面目な明日樹らしいかな……と、荒野は思う。
「ずいぶんと眠そうだな。
 玉川みたいに、徹夜でもやっているの?」
 重ねて、荒野は聞いてみる。
 荒野がイメージする明日樹は、学習も計画的に進めるタイプであり、一夜漬けのようにあぶなっかしい真似は似合わないように思えた。
「……玉川ほど、極端ではないけどね……」
 明日樹は、苦笑いを浮かべる。
「……進路のこと考えると、今回の期末、重要だからさ……。
 心配で眠れない、っていうのと、それだったら眠れない時間を勉強に回した方が……って感じで……。
 って、いっても、いつもより三時間くらい、睡眠時間が少なくなっている程度なんだけど……」
 なるほど……と、明日樹の返答に、荒野は納得する。心配で眠れない……というのは、例えば舞花ほど楽天的な性格をしていない明日樹には、ありそうに思えた。

「……そこいくと、こいつは……」
 商店街のところに立っていた玉川の前で、荒野は掌をひらひらとふってみた。
「おーい。
 起きてるかぁ……。
 みんな、合流したぞう……」
 荒野が少し大きな声を出すと、
「……はっ!」
 っと声を出して、玉川の全身が震える。
「……あっ……ああっ……」
 玉川はのろのろとした動作で荒野たちの方に顔を向けた。
「……おはよーさん。
 みなさん……」
 玉川の声はかすれていた。それに、顔色の方も……昨日と比較しても、悪化しているように思う。目の下のクマは色濃く、顔色は紙のようだった。
「立ったまま、寝ていたのか? お前……」
 荒野は、かなり呆れていた。
「お前……昨日も試験中、半分くらい寝てただろう?
 一夜漬けもいいけど、そんなんじゃ意味ねーんじゃねーのか?」
「……だいじょーぶ、だいじょーぶ……」
 玉川は、ずいぶんと間延びした口調で答える。
「……いつも、こんなもんだから、試験の時は……。
 寝てたのも、解答書いてから、寝ているわけで……だって、早く答え書かないと頭の中から消えちゃうから……」
 だんだんと声が細くなっていき、終いには、玉川はその場に立ったままうつむいて、すーすーと寝息をたてはじめる。
「……器用なやつだな……」
 荒野は、関心した。
「ちょっくら、気合いをいれますか……」
 舞花が荒野の体を押し退けて、玉川に近づく。
「……おはよー!
 たっまがわぁー……」
 とかいいながら、舞花は大きく振りかぶった掌を、盛大に玉川の背中に打ちつける。
 ばちーん、と大きな音がして、玉川は「ひゃっ」とか短い悲鳴を上げながら、前につんのめった。
 そのまま転ばないように、荒野が玉川の肩に手をかけて、支える。
「……ったぁ……」
 玉川が、情けない声をだした。
「朝の挨拶だ、挨拶」
 舞花は屈託のない笑顔を浮かべて玉川を見下ろす。
「目、覚めただろう?
 これで覚めてなかったら、もう一発気合い入れるけど……」
「……あー。
 もう、いい! 十分!」
 玉川は、荒野の背中に回り込んで、舞花から逃れた。
「目が覚めましたです。はい」

「そっちのおにーさんと、そこの少年」
 目を覚ました玉木が、荒野と香也を順番に指さす。
「……だぶるかのうこうや。
 放課後、佐久間先輩に個人教授してもらっているでしょ?」
「人を、指さすな」
 荒野は答える。
「それから、先輩はおれと狩野君の二人に教えてくれているわけだから、個人教授とはいわないと思うけどな……」 荒野と茅、それに沙織は、一昨日から一緒に下校してそのまま荒野のマンションに直行しているから、それなりに目撃されていたとしても、別におかしくはない。
「……おそらく、茅ちゃん経由で先輩が出てきたんだろうけど……。
 ずるいぞ、成績優秀な先輩を独占して……」
 玉木は、そんなことをいいだす。
「そういう文句は、普段から努力をしている者がいうもんだ」
 荒野は、相手にしない。
「他にもお客さんが来ているし、うちのマンションにはこれ以上、人は呼べない」
 玉木のことだから……おおかた、沙織にねだって出題傾向をリークしてもらおう……とでも、考えているのだろう。だが、沙織の祖父の源吉のことがあるので、これ以上、人は増やしたくない……というのが、荒野の本音だった。源吉は、どうも当初よりあの会合を楽しみにしている様子だったし、源吉と対面する人数は、制限しておいた方がいい。
 

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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(408)

第六章 「血と技」(408)

「でも……大丈夫なんですか?
 そんなに大がかりに動員しちゃって……」
 荒野は、半ば警戒している。
 いくら、自発的な協力、とはいっても……限度というものがある。静流が話すような広範囲に及ぶ捜索、となると……参加する人数も、必要となる費用も……それなりに、膨大になるはずだ。
 それを、厚意でで……の一言で済まされると思えるほど、荒野は世間知らずでもなかった。
「そ、それが……その……」
 静流は、そっと顔をそらした。
「……み、みなさんが……ですね……。
 昨夜、ず、ずいぶん、盛り上がっちゃって、ですね……。
 な、なんか……わ、若のお役にたって……野呂を盛り上げよう、とか……だ、誰かがお、とおうさまにまで連絡しちゃって……と、とうさま、ノリノリで、資金提供まで約束してくれて……」
「……本家の……静也さんか……」
 静流の父、当代野呂の当主である静也とは、荒野も面識がある。ひとことでいうと、軽率な人だった。術者としては一流だが冷静な判断能力が期待できない……ということで、本家直系でありながらも野呂の組織経営からはずされている、という噂も聞いている。
 つまり、おとなしい性格の静流とは正反対に、お調子者で騒がしい人だった。
 おおかた……若い者に電話かなにかでたきつけられて、ノリノリで協力を約束してしまったのに違いない。
「……おれ……二宮との勢力争いの、口実にされていますね……」
 荒野は、吐息をつく。
 この狭い地域に数十人単位の野呂系と二宮系がつめこまれていて、しかも具体的な仕事をなにも与えられずに無為の日々を送っている、という現状を考えれば、そうした示威行動が発生するのも不思議ではない。人間とは常に味方と敵を区別する社会的な生物であり、一族もかろうじてその人間の範疇に入っている。
「す、すいません……」
 静流が、荒野に軽く頭をさげた。
「静流さんがあやまることは、ないですよ」
 荒野は、苦笑いを浮かべた。
「こちらが助かるのは、確かなわけですし。
 それに、今の状況だと、遅いか早いか別として、こういうことはいずれ起こったと思いますし……」
「そ、それはそうなんですが……。
 そ、それとは、別に……とさまに、からかわれまして……」
 静流は、顔を伏せている。
「その……わ、若とのことを……」
「ああ……」
 荒野は、視線を上にそらす。
「そっか……。
 そういうことにも、なるんだな……」
 野呂の協力的な対応は、静流を通じて、野呂と加納とのパイプを太くする……という、「投資」の意味合いもあるのだろ。荒野としては、それくらい打算的な方が、かえって安心できるくらいなのだが……それとは別に、茅の視線が痛い。
「……か、茅様のお邪魔を、これ以上、するつもりはないので……」
 静流はおどおどした口調で、茅に軽く頭を下げた。
「わ、わたしは、こんな身ですから……せめて、強い子を残すことしかくらいでしか、の、野呂に貢献できないので……」
 自分のサングラスを指先でこつこつ叩きながら、静流はそんなことをいう。
「お、お目こぼしいただければ……」
「いいの」
 茅は、短く答える。
「荒野を独占するつもりはないの。
 荒野とそうなっているのは、静流だけではないし……」
 気のせいか、口調がいつもより少し硬い。
「まあ……おれ、種馬なわけだし……」
 荒野は、場の雰囲気を柔らかくしようとして、わざと軽薄な口調を演じる。
「……今の時点では、ほかに売り物がない若造だし……」
「ご、ご謙遜を……」
 静流は、きっぱりとした口調で応じた。
「わ、若は……荒神様を除けば、おそらく……」
「その、強さってやつなんだけどさぁ……」
 荒野は、かすかに眉をひそめた。
「……今時、あまり価値はないんじゃないかなぁ……。
 単純な破壊力なら、生身が機械にかなうわけはないんだし……一族の中だけで、序列を競ってもあんまり意味がないってぇか……」
 そうした序列にあまり興味を持っていない。いや、もてない……というのは、荒野の本音でもある。体はできあがっていたにしろ、幼少時から修羅場に放り込まれてきた荒野には、「破壊行動や暴力で解決できること」の限界を、むなしさを、間近にみてきていた。肌で知っている、といってもいい。
 だから荒野は、「強さ」には、あまり価値をおいていない。
「……わ、若は、それでもいいと思うのですが……」
 静流は、優しい口調でいった。
「そ、それでも……。
 一族は、昔から……そういう物差しで、動いているのです……」
 荒野一人が否定しても……一族のありようが変わる、ということはないだろう……と、静流の口調が語っている。
「まあ……そうなんですけれどね……」
 静流にしてみれば……一族の現状に対して、公然と不服を漏らす荒野の態度が、子供じみてみえるのかもしれないな……と思いつつ、荒野は苦笑いを深くする。
「おれみたいな半端者が、こうして祭り上げられているってことが……すごい、皮肉だな……って思って……」
 荒野の思想や行動は、どちらかといえば旧来の一族のあり方には批判的である。にもかかわらず……いや、だからこそ、かえってこの土地に人が集まってきている、という現在の状況。
 皮肉で、逆説的だよな……とは、荒野は常々思っている。
「わ、若は、そのように、ご自分のことも客観的にみることができますから……」
 ……そういう人は、道を踏み外すこともできないのです……と、静流は続ける。 
 静流のその言葉は、まるで予言か呪言であるかのように、荒野の胸中にこだました。

「荒野には荒野の都合や事情があるように……」
 静流が帰って二人きりになると、茅は荒野にそんなことをいいはじめる。
「……大人たちには大人たちなりの、都合や事情があるの」
「……それくらいのことは、わかっているけどさ……」
 荒野は、少し憮然とした表情になっていたのかもしれない。
 普通の社会生活を営みはじめてからまだ日の浅い茅よりは、荒野の方が世間知も、それだけある……と、荒野は考えている。
「荒野は、表面的には理解はしているけど、まだ実感できていないの」
 茅の追求は、思いのほか、厳しかった。
「例えば、荒神のこととか……荒野は、自分の印象や想像だけが、すべてだと思っているの。
 荒野は、他の人より多くのことを見てきたし、今、より広い部分を見渡せる位置にもたっているけど……そこから見えるものばかりがすべて、というわけではないと思うの」



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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(407)

第六章 「血と技」(407)

「茅や荒野が知らないだけで、荒神は他にもまだ別な動きをしているのかもしれないの」
 と、茅はつけくわえる。
「うーん……」
 荒野としては、うなるよりほかない。
 荒野にとって荒神とは、理不尽と気まぐれの塊……もっとぶっちゃくていってしまえば、災厄が人の姿をとって生きて歩いているような存在だった。
 そんな荒神が、一族の未来のことまでを考慮するほどの思慮を働かせるとも思わえないのだが……困ったことに、茅の推論も、それなりに筋道は通っていて、少なくとも積極的に反論したくなる材料はどこにもないのであった。
「まあ……茅がいうのなら、そういう可能性もあるんだろうなぁ……」
 荒野としては、そんな煮えきらない言い方をするより他、返答のしようがない。
「荒野は……荒神のことを、色眼鏡でみていると思うの。
 身近な人だから、かえって」
 茅は、荒野に、さらに追い打ちをかけてくる。
「小さなときから知っている大人だから、どうしてもそうなるのかもしれないけど……大人が、子供相手に自分のすべてをさらけ出すとも、思わないの」
 この茅の指摘は……これまた困ったことに、客観的にみて、反論のしようがないのだった。何しろ、荒野は荒神のことを、物心つくかつかないかという時期から、知っている。
 荒野が知っている荒神は……あくまで、荒神の一面にすぎない……という「理屈」は、荒野にしてもそれなりに理解はできるのだが……。
「荒野、お子さまなの」
 いつまでも煮えきらない荒野の態度みて、茅はそういって、こん、と頭をそらして自分の後頭部を荒野の胸板に押しつける。
「はいはい。
 おれはお子さまですよ、茅おねーさま……」
 荒野はのんびりした声でいって、茅の両脇に手をいれて、立ち上がる。
「……さて。そろそろあがろう。
 長湯もいい加減にしないと、のぼせちゃう……」
 荒野は両手で茅を抱えたまま立ち上がり、浴槽の縁をまたいで浴室の外へと向かう。脱衣所への出口は、両手がふさがっている荒野に代わって、茅が開けた。
 荒野は用意していたバスタオルで茅の体を丁寧に拭ってから自分自身の体を拭きはじめる。毎日のように繰り返している作業なので、熟練を感じさせる手つきだった。茅は炊事洗濯などの家事については、決して荒野に手伝わようとはしなかったが、入浴時の世話については当初からなんお抵抗もせずに荒野に任せきっている。このあたりの茅がどのような基準で判断を下しているのか、荒野にはいまだに理解できていない。
 そうして風呂から上がったら、後は寝るだけだった。二人は下着もつけずにそのまま寝室に向かう。茅が甘えたい気分の夜には抱っこ(茅にいわせると、「お姫様抱っこ」)を要求されるが、その要求がなされたのは、今までに数えるほどしかない。二人が全裸で抱き合って眠るのは、幼い頃からの習慣で、茅が、人肌を直接感じながら眠ると熟睡できるから、という理由であった。
『……こうして、改めて考えてみると……』
 おれの私生活って、つくずく茅を中心に回っているんだよな……と、荒野は認識する。三島百合香に「しっかり尻に敷かれてやんの」と揶揄されても、ろくに反論する気にならないのは、荒野自身、そういう自覚がないでもないから、でもあった。
『まあ……明日は、期末試験、三日目……』
 最近、細かいイベントはいろいろあるものの、それらは「トラブル」と呼ぶほどでもない、ごくごく小規模な波乱だった。三学期もあとわずかを残すことになった荒野の学生生活は、これまでのところ、それなりに平穏に過ごすことが出来ている、といっていい。
『……こういう状態が、いつまでも続くといいんだけど……』
 荒野は心の底からそんなこと思いつつ、その夜も眠りにおちる。

 翌日も、荒野とかや前二日と同じようなスケジュールで動いたので詳細については割愛する。前二日と違っていたのは試験が行われた科目と、夕方、沙織が帰宅してからの時間の使い方、くらいのものだったから、詳細を描写しても繰り返しになって退屈な読み物にしかならない。
 前までと違っていたのは、夕食後、静流が荒野たちのマンションを訪ねてきたこと、くらいのものだった。
 挨拶もそこそに静流を室内に招きいれた荒野は、静流が用件を切り出す前に、。
「連絡してくだされば、こちらか出向いたのですが……」
 と、切り出した。
「い、いえ……」
 静流は例によって紅茶をいれてきた茅に軽く頭をさげんがら、いう。
「こ、今回は、昨日のお礼と……それに、茅様も含めて、お話ししておきたいことがありまして……」
 静流はそう前置きしたあと、早速、用件を切り出す。
「……う、うちの者たち……野呂系の術者たちが、か、加納様の捜索に、て、手を貸してくださるそうです……」
 静流の話しを要約するすると、昨夜の成り行きから結束を固くした野呂系の術者たちの間から、誰からともなくそういう話しが出てきた、という。
「……な、何のあてもなく、いつまでも待ち続けるのも、つ、つまらないと……みなさんが……」
 例の……荒野たちが「悪餓鬼」たちと誇称している、未知の勢力について……だった。
「も、もともと野呂の者は……そういう探索や調査は、得意な方ですから……」
 他の案件で稼働している術者にも声をかけて、かなり広い範囲で虱潰しで調査をしてくれる、という。もちろん、本来の仕事のついでに……とおうパターンが多いということは、容易に察しがつくわけだが……それでもかなり大きな人数が、捜索に参加してくれる……ということは、動くに動けなかったこれまでと比較すれば、かなりの前進だった。例え、断片的な情報であっても、集まればそれなりに見えてくる構図があり……この手の不確定な要素が多い創作は、人手が多ければ多いほど、有利に働く。
 荒野にしてみれば、願ったりかなったりの申し出であった。
 茅が早速別室に下がり、すぐに現象が学校に襲撃した際の、二人の共犯者の似顔絵を手にして戻ってくる。これは、加齢予想図も含めてかなりの種類を用意してあったので、それなりに分厚い紙の束になっていた。茅は、それを封筒にいれて静流に渡した。
「……あと……」
 荒野は、捜索対象を、さらに指定する。
「……新種たちの計画に携わった関係者、あるいは、関係していた可能性がある者について、これまでの来歴や現在の居場所まで、できるだけ細かい情報を、洗いざらい調べてきてくださると……非常に、ありがたいです」


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