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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(406)

第六章 「血と技」(406)

 目下のところ、荒野には三種類の社会的側面がある。
 その一。加納茅のパートナーとしての、加納荒野。
 こちらの役割は、未だに茅の真意や心理を読みちがえることも多く、荒野自身の判断としても、まだまだ完全にやりこなせているとは思えない。今後の精進が必要とされるところであった。
 その二。市井の一学生としての、加納荒野。
 こちらは、多分に荒野個人の願望が反映されていて、そのような役割をまっとうに果たせているのかどか、かなり、あやしい部分もある。
 その三。一族の中でそれなりの地位を占める人間としての、加納荒野。
 こちらは、生まれたときからそういうことになっているのだから荒野自身の意志は、あまり介入する余地はない。荒野の意向はどうあろうと、加納本家直系、唯一の若者、という荒野のポジションは変わらない。加えて、荒野は二宮本家の血も色濃く受け継いでおり、後天的な要素として「最強の一番弟子」というファクターも兼ね備えている。客観的にみて、荒野は、「加納本家の後継ぎ」であるばかりでなく、「次代荒神候補筆頭」でもあり、これらのステータスはどちらか一方であっても、一族の中では、とっても、重い。
 両方のステータスを兼ね備えた荒野は、さしずめ珍獣中の珍獣、絶滅寸前の保護動物、とでもいったところだろう。
 荒野自身は何しろそうした自分のポジションを忘れる事など不可能な環境下で育ってきているので「生まれは自分では選べない」などとそれなりに達観している部分もあるわけだが、反面、気が重いところがあるのも確かだった。
 つまり、荒神に万が一のことがあったら、襲名はともかく、後継者が見つかるか育つかするまでの中継ぎくらいはしていいかな、とか思っているし、その程度の義理は感じてもいる。「荒神=最強」の称号に、というよりは、「一族全般」あるいは「二宮」に、自分をここまで育ててくれた恩義みたいものを、荒野は感じていた。
 だから、まぁ……。
『……この土地の、二宮系の術者まで束ねるというのは……』
 いざとなれば、そうすることもやぶかさではにのだが、正直なところ、かなり気が重いのも、確かだった。
『ま、今の時点では……』
 そこまで心配することもないかな……とも、思う。
 比較的平穏だから、ということが一番大きいのだが……舎人が本業の現象の監視業務の片手間に、いろいろと話を付けたり声をかけてたりしてくれて、この土地の二宮系術者の間に簡単なネットワークを構築してくれているから、だった。本来、監視対象であった現象の扱いからみてもわかるとおり、舎人は、あれでなかなか面倒見がいい。
『……それは、助かるんだけど……』
 これだけの術者を束ねる存在としては、舎人では、イマイチ「軽い」のだ。
 一族の術者は、血筋と実力を重んじる。どちらか一方でも持っていれば十分に敬意をもって扱われるわけだが……舎人の場合、残念なことに、現実問題としてどちらの要素も不十分、なのだった。
『いい人、なんだけどな……』
 こればかりは、荒野にはどうしようもない。
「……荒野……」
 荒野の胸にもたれ掛かるようにして、茅が顔を上に向けて、話しかけてくる。
「なにを、考えているの?」
「楽をすること」
 荒野は、気の抜けた声を出す。
「おれ、ぐーたらだから」
 茅を抱えている荒野からみると、茅の顔が逆さにみえた。茅は、長い髪をタオルで包んでいた。
「くーたらな荒野、好きなの」
 荒野からみて逆さの茅が、いう。
「炬燵にはいっているときとか、こういやってお風呂に入っているときとか……」
「……おれも、いつでもぐーたらしたいんだけどねー……」
 荒野は、天井に顔をむけて、ぼやいた。
「……やることがない癖に、心労の種ばかり多くてさぁ……」
「二宮のこと?」
 突然、茅が真剣な声を出す。
「そう」
 荒野は、頷く。
「術者は、日々、流れ込んでいるの」
 茅は、抑揚のない声で告げた。
「二宮系の者だけで、もうすぐ百名をこえるの。
 姿を隠し、お忍びで来ている人も勘定にいれれば、もっといるかも知れないの」
「ああ」
 荒野は頷く。
「倍くらいになっていても、おかしくはない。
 おれのところに報告が届いている人だけで、総勢百名。そのうちやく半分が二宮系。
 野呂系は、どうやら静流さんがまとめてくれるようだけど、野呂系には、リーダーシップがとれる者がいない。荒神は……」
「荒神は、二宮の、というよりも、一族の行く末を念頭に置いて行動しているの」
 荒野の言葉を途中で不意に遮り、茅が続ける。
「何故、荒野以外の弟子をとろうとしなかった荒神が、今になって楓を弟子にしたのか? 続いて、楓に三人娘の指導を任せたのか?
 そのことを考えていて、ふと思いついたの。
 荒神の目的は……一族の、一族の根幹となるべき、アドバンテージの強化なのではないか、と。
 一族の本流、六主家以外の者が、六主家よりも強くなったら……そんな存在が、同時に複数、出現したとしたら……一族の者は、危機感を抱くのではないのか?
 ましてや、現在この土地は、主流派非主流派を問わず、雑多な一族が流れ込んでくる坩堝と化しつつある。
 そんななかで、楓や三人娘のような新種が、得体の知れないものたちが、自分たちのアイデンティティを脅かす存在として頭角を現してくれば……」
「……危機感を持って、研鑽にはげむ。
 あるいは……頭角を現してきた異物を、排除しようとする」
 いきなり早口でまくしたてはじめた茅の言葉を、荒野が、ゆっくりとした口調で引きとる。
 おそらく、茅は……これでも、荒野に聞かせるために、ゆっくりとしゃべってくれているはずだった。おそらく、茅の思考は、荒野には想像できないほど、はやい。
「楓や三人娘を、一族が排除するのは無理なの」
 茅は、首をふる。
「荒野が、いるから」
 荒野が後見人みたいな位置にいることで、一族の者たちは、楓や三人娘を異物として認識しつつ、それなりに尊重して扱ってくれている……と、いいたいらしい。


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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(405)

第六章 「血と技」(405)

「……さて、帰るかな……」
 荒野が誰にともなくつぶやく。
「そうね。
 ジュリエッタと静流は、こっちで送っていく」
 シルヴィも、荒野の言葉に頷く。
『……こらー、かのうこうやー……』
 工場内放送の音声が響いた。
『もう帰っちゃうのかぁー。
 ビデオとか確認していかないのぉー』
 別室で徳川とモニターしていた、ノリの声だった。
「あいにくと、明日も期末試験なんでな……」
 荒野は、少し大きめの声を出して答える。
「真面目な学生を目指している身としては、早くかえって勉強に戻りたいんだよー……」
 おそらく、別に大きな声を出さなくてもノリには聞こえるのあろうが、荒野は、それ以外の者たちにもあえて聞かせるため、大きな声をだしている。
「……そっちは、試験休みに入って時間がとれたら、じっくり時間をとって見学するから……」
『……わかったぁ……』
 荒野に答えたノリは、特に残念そうな調子でもなかった。
『……みたら、きっと驚くよー……』
「楽しみにしておこう」
 荒野はそういうと、シルヴィの方に「じゃあ、後は頼むから」と軽く声をかけて、工場を後にした。
『……ちょっと、遅くなっちゃったなぁ……』
 とか、思いつつ。
 一応、静流とジュリエッタの勝負が長引きそうになった時点でメールでその旨、連絡はしていたので問題はないと思うのだが……。
 荒野にとっては、茅の機嫌の善し悪しが、まず第一の問題だったりする。

「……と、いうわけだったんだ……」
 マンションに帰りついた荒野を、先に帰った茅が出迎えて、すぐに熱い紅茶をふるまってくれた。寒空の下を飛ぶように走ってきた身にとっては、熱い飲み物がとてもありがたい。
「わかったの」
 茅は、ノートパソコンを操作しながら、頷く。
「今、その映像観ているから」
「……え?」
 荒野はティーカップを抱えて茅の背後、ノートパソコンの画面を覗きこめる場所に移動する。
「あ。本当だ」
 画面には、かなり高い位置から撮影した、先刻の静流とジュリエッタの映像が映し出されている。
「これ、徳川のところのサーバから?」
「そう。
 ノリから連絡がはいっていたから、こちらでも観られるように設定しておいて、って頼んでおいたの」
 ……では、おれの説明は必要がなかったということではないか……と、荒野は思ったが、口には出さなかった。
「この間の楓とジュリエッタの分のもあるけど、荒野も観る?」
「……ああ。
 観よう……」
 茅が、荒野「も」といっている、ということは……荒野よりも先に、茅がチェックしている、ということだった。
「おれ、今日まで茅とジュリエッタのこと、知らなかったんだよね……」
「荒野、試験勉強で忙しそうだったから……」
 茅が、平静な声で説明する。
「……それに、荒野に判断をこうほど、重要な案件でもなかったの」
「……いいけどね……」
 荒野の声は、憮然とした響きがこもっている。
 荒野がもっと暇な時期に起こった事件だったら、知らせてくれたのかもしれないが……いい方を変えると、この程度の「小さな珍事」では、荒野の裁定を必要としないところまで、この土地の情勢が落ち着いたものになっている、ということでもある。
 荒野としては喜ぶべきなのだろうが、反面、一連の事態はどんどん自分のコントロールから離れていく、という寂しさも感じてしまう。

 楓とジュリエッタの対戦を観るのに、思いの外時間がかかってしまった。映像がまだ未編集であったことと、かなり数のカメラが稼働していたので、同一時刻の映像を別の角度から観ることができたので、面白がっていろいろな種類の映像を見比べてしまった、というのもある。
「……これ、おもしろいなぁ……」
 思わず、といった感じで荒野がつぶやく。
 楓とジュリエッタとのあれこれについては、おおよそ荒野が予想していた範囲内に収まった内容になっていた。
 問題なのは……。
「カメラのこと?」
 茅が、荒野に問い返す。
「うん」
 荒野は、頷いた。
「これ……本当なら肉眼では見えない動きも、エフェクトかけて見えるようにしているし……」
「もともとは、シルバーガールズ用に開発した画像処理系なの」
 茅が、ことなげに答えた。
「テンが中心になって、毎日のようにアップデートしているところなの。映像の方がひと段落したら、これでゲームを作ろうって話しも出ているし、ツール自体の売り込みもはじまっているの」
「……おれ、そっち方面のことはよくわからないんだけど……」
 荒野は、少し考えてから、いう。
「……これって……結構凄いことなんじゃないのか?」
「結構凄いことなの」
 茅は、また頷いた。
「画像処理だけではなく、少ないマシンリソースで緻密な3D表示を高速で動かしたりするツールも実用化しているから……売り込みが成功すれば、あの三人、大金持ち。
 でも、あの三人は、撮影の方が本番で、こっちはおまけくらいにしか考えていないの……」
 感心すればいいのか呆れればいいのか、荒野は判断に困った。
「……とりあえず、徳川には……できるだけ高く売り込んでくれ、っていっておくよ……」
 荒野は、そんなことしかいうことがなかった。

「……って、感じで……とりあえず、今日の一件で、野呂系の人たちの結束は、静流さんを中心にして固くなっていくと思う……。
 今後は」
 荒野は今日の一件についての「心証」として、そんなことを茅に報告した。
 荒野にしてみれば、ジュリエッタの「抑え」よりも、そっちの方が重要だった。何しろ、野呂は、二宮と並ぶこの土地の二大派閥であり、その頭が固まれば、荒野としても今後、格段に動きやすくなる。この土地の野呂系の者たちが、荒野と懇意にしている静流のことを名実ともに頭領と認めてくれのは、荒野にしてみても実に都合がよかった。
「……後は、二宮だよなぁ……」
 荒野は、ため息混じりにそうつぶやく。
 二大派閥のもう一方、二宮の方は、一応、荒神がいるので妙な反抗をする者こそいないものの……その実、荒神は、見事なまでに「何もやらない」。
 だから、いざという時、統率をとる者がいない……という問題があった。
『本当に必要な時は、おれが動くしかないんだけれども……』
 荒野には、「最強の弟子」という肩書きがある。加えて、荒野はあまり認めたくはないのだが、荒神とは叔父、甥の関係でもある。


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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(404)

第六章 「血と技」(404)

『いける!』
 ジュリエッタは思った。
 見えれば、位置さえ把握できれば、自分の攻撃は、届く……と、ジュリエッタは信じている。これまでの研鑽は、伊達ではない。
 ジュリエッタは混乱に紛れて拾ってきた双剣を振りかざす。
 ジュリエッタの周囲にいた者たちが、瞬時にぱっと飛びのいて、ジュリエッタの周辺にだけ、空白が生まれた。ジュリエッタの剣は長剣でもあり、あんなものを振り回されたら、相応の被害を被る……と瞬時に判断できる程度には、離れしている。
 ジュリエッタはまっすぐに自分めがけて向かってくる静流に対し、左右から挟みこむように、ふたふりの剣を振るう。文字通り真剣勝負で、この攻撃が成功すれば静流は致命傷を負うはずだったが、ジュリエッタの剣筋には迷いもためらいもない。
 手加減できる相手ではない……という感触は十分に得ていた。それどころか、少しでも手を抜けば、こちらがやられる……それどころか静流は、ジュリエッタがこれまでに対面したことがないほどの、強敵だった。
 しかし、ジュリエッタの双剣は、左右ともに静流には届かない。静流の体に届くよりも、はるか手前で止められていた。
 何に?
 白い杖と、細身の、刀身に。
 静流が、初めて仕込み杖を抜いていた。白い杖と細剣を両手に持ってジュリエッタの剣を防いだ静流が、小さくつぶやく。
「い、いきます……」
 静流が、ジュリエッタの体を取り囲むように、分身した。

「……終わり、かな?」
 静流の分身攻撃が出た時点で、荒野がつぶやいている。
 当然のことながら、ジュリエッタは静流の動きについていけない。両手に持った剣は再びはじきとばされ、取り囲まれた静流たちから滅多うちにされている。
 静流は、杖や細身の剣の、刃のついていない部分を使ってジュリエッタに打撃を加えているようで、ジュリエッタは出血するよな怪我をしてはいなかったが……この場合、肉体的なダメージよりも精神的なダメージの方が、大きかったはずだ。
 何より静流は、武器を使って相手に対して、確実にダメージを与える方法を、知らない。力任せに叩いているだけだ。
「……そうかな?」
 シルヴィが、荒野の言葉に首をひねる。
「ジュリエッタは、この程度でおとなしくなるタマではないと思うけど……」

 ジュリエッタは……静流の「動き」に追いつこうとむなしい努力を何度も繰り返していた。
 具体的にいうと、静流が繰り出す杖や細剣、もしくは手足などを掴もうと試みては、そのたびに空振りさせられている。静流の動きは、ジュリエッタの反応速度を確実に凌駕している。予測や先読みを駆使しても、ジュリエッタが静流のなにがしかを「捕らえる」ことは、不可能なように思われた。
 だが……。
『甘い……』
 と、ジュリエッタは考える。
 速度において、確かに静流は、ジュリエッタを軽く凌駕してはいる。
 だが、そのアドバンテージは、決して絶対的なものではない。
 ……優位に立っているうちに、早々に決着をつけておけばいいものを……。
 ジュリエッタは、そう考える。
 静流は……先天的な身体能力には優れていても、所詮、素人だった。
 絶対的なアドバンテージを持ちながら、急所を狙わない。攻撃の仕方が単調で、粗い。なにより……。
『……疲れて、きている……』
 残像による分身が発生するほど高速で移動し続けるのは、やはり相応に体力を消耗するのだろう。
 静流の動きは、目に見えて鈍くなってきていた。
 このままいけば、ジュリエッタでも捕らえることが可能になるまで、静流の動きは鈍る。そうなるのも、そう遠いことではないはずだった。

 そして……唐突に、静流が、とまった。
 ジュリエッタが、動く。
 少し離れたところに棒立ちになった静流向かって、踊りかかり……背中から、地面に叩きつけられた。
 起き上がり、再び静流に突進する。
 くるぶしのあたりを、杖で掬われて転倒した。
 あとは……繰り返しになった。

「立場が……最初とは正反対に、逆転していますね……」
 ホン・ファが、つぶやく。
「静流さんが待ちの姿勢で、向かってくるジュリエッタさんの攻撃を、ずべて迎撃している……」
「条件を限定すれば、ジュリエッタさんもかなり強いんだけどな……」
 荒野は、そう答えておいた。
「でも……ジュリエッタさん以上に非常識なのが、この辺にはごろごろいるから……」
 心中で……でも、ジュリエッタのそれは、武芸者の強さであって、しのびのそれではないよなぁ……と、荒野は付け加えた。
「なんというか……参考になります。
 いろいろと……」
 毒気を抜かれた表情で、ホン・ファは頷いた。
「ねえ、これ……」
 今度は、シルヴィが荒野に問いかけた。
「……いつまで続くと思う?」
「……ジュリエッタが、あきらめるまで」
 荒野ではなくユイ・リィが答えた。
「体力が有り余っていそうだから……かなり長引くんじゃない?」
「静流さんも……完全に、省エネモードに入っているしな……」
 荒野は、ユイ・リィの言葉に頷く。
「走り回っているのならともかく、ああして待ちの一手に徹していれば、かなり保つよ……」
 しかし、静流さんも……ついこの間から習いはじめた合気道のエッセンスを、実にうまくアレンジしている……と、荒野はかなり関心していた。
 基本的に静流は、まっすぐ向かってくるジュリエッタの力を、逸らすことしかしていない。つまり、ジュリエッタが静流に近づこうとしなければ、かなり体力を消耗している静流には、ろくな攻撃方法が残されていない……ということにもなるのだが……。
『……でも、ジュリエッタさん、やめないだろうなぁ……』
 みたところ、ジュリエッタは完全に頭に血が昇り、つまり、ムキになっていた。
「……まだ時間がかかりそうだし……帰ろうかな……」
 荒野は、ぽつりとつぶやく。

 息絶え絶えになったジュリエッタが、完全に戦意を喪失してその場にへたりこむまで、それから一時間以上の時間を必要とした。
 一方の静流といえば、汗一筋流しておらず、平静そのもの、といった涼しい顔をしてその場に立っているだけだった。
 これ以降、この土地での静流の威信と人気はかなり増大することになり、特に野呂系の術者の間に、熱狂的なファンが大量発生した。
 ジュリエッタはというと……静流のいうことに、絶対服従するようになった。ファンという言葉を使うのなら……この日以降、静流の第一のファンは、やはりジュリエッタ、ということになるのだろう。
 ジュリエッタは、完全に、静流に心服するようになった。



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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(403)

第六章 「血と技」(403)

「……あー……」
 荒野が、誰にともなく、いった。
「そういや、静流さん……柏のねーさんと一緒に、最近、合気道の道場に通いはじめていたんだよなー……」
 ジュリエッタが、無様に横転していた。
「……ジュリエッタさんが、近づいた静流を捕らえようとして……」
「逆に、投げられていましたね……」
 ホン・ファとユ・リィが、荒野に同意する。
 近づいてきた静流に向け、目を閉じたジュリエッタが手を伸ばし…そのジュリエッタの腕を掴んだ静流が、強引に引っ張ってジュリエッタの重心を崩し、見事に横転させていた。静流はそのまま、元の位置まで戻っている。
 静流が投げた……というより、「投げようとした」といった方が、正しいありさまだったが。あぐらをかいた相手を「投げる」ことは、かなり難しい。
 それなりに鍛えられているこの二人の目は、事態の推移がしっかりと把握できたようだったが、観衆の中にはそうではない者も、かなり多く含まれている。静流の動きに動態視力がついていけない者たちは、ちゃんと目撃できた者に解説を要求したりしていて、この場はかなり騒がしくなってきた。
 やはり、というべきか、本家直系の静流が活躍することがうれしいのか、野呂系の術者のテンションが上がり気味になっている。
「まったく、目で追えない状態で、反撃を使用とするジュリエッタもそれなりに凄いんだけどな……」
 荒野は、また独り言じみたつぶやきを漏らす。
「そう、ですよね……」
 ホン・ファが、荒野に同意した。
「ジュリエッタさん……まだ、戦意を失っていません。
 あんな……その、違いすぎる、相手に……」
 ……一般人とそう変わらない身体能力しか持たず、一心に武を納めてきたホン・ファたちは……生まれついての能力に頼った静流よりも、ジュリエッタの方に感情移入するのかも、な……と、荒野は納得をする。
 確かに……六主家本家筋の突出した能力というのは、一般人はもとより、大半の一族の者からみても、反則的なほどの格差が存在する。
『……この子たちは……』
 自分ではどうあがいても勝てない相手……という者と対決することになったら、一体、どう対処するのだろうか? とも、荒野は、思う。
 口には、出さなかったが。

 剣は通じない。体術にも持ち込めない。
 ジュリエッタは、何度も無様に横転させられながら、考え続けている。
 静流は、何故かジュリエッタに「とどめ」を刺そうとはしていない。
 何故か?
 いや、本当はジュリエッタも理解している。
 静流は……ジュリエッタと「戦っている」のではなく、ジュリエッタを「叱っている」つもりなのだ。母親が幼い子供を躾るのに、決定打は必要ない。
 舐められている……と、武術者としてのジュリエッタは、思う。理不尽で、不公正だ……とも、思う。
 今までの修練が、武が……静流を前にすると、何の意味も持たなくなってしまう。
 静流のような「規格外」の相手は、一族の中でもごく少数の……おそらく、容易に数えられるほどの人数しか、いないにしても……。
 これでは……このまま、負けたままになてしまっては……今まで、自分がやってきたことすべてが、無意味になってしまうような気がした。
 だから、ジュリエッタは必死に考える。
 静流の対抗する手段を、静流を追いつめる手段を、静流から「早さ」を奪う手段を。
 静流が動かない……全速で動けない状態なら、ジュリエッタにも、やりようがある。
 そして……思いついた。

「わははははー……」
 ジュリエッタが、大声で笑いながら遠巻きにしていた人混みの中に踊りこんだ。目にも止まらぬ静流ほどではないにしろ、それなりに素早い動きだった。
「……そんなところだろうな……」
 いきなり周囲が浮き足だったため、器用に人の流をかき分けながら、荒野は素早くジュリエッタから遠ざかる。
 荒野も、無防備に巻き添えを食らうのは御免だった。
 荒野には、ジュリエッタの発想が、容易に推察できた。
 静流の速度が問題なら……静流の速度を、殺す場所や状況を用意する。障害物が多い……例えば、人混みの中、とか。
 むしろ、その程度のことを今まで思いつかなかったのが、不思議なくらいだ。
「この前の、楓さんの真似ですね」
 何故か、荒野の後を追いかけながら、ホン・ファが話しかけてくる。ホン・ファの言葉に、ユイ・リィも頷いていた。
「楓が、似たようなことやったのか?」
 楓とジュリエッタの対決を見ていない荒野が、ホン・ファに聞き返す。
「ええ」
 ホン・ファは頷いた。
「楓さんも……観客の中に、飛び込んだです」

 静流は、慌てない。
 視覚が不自由であっても、代わりに鋭敏な聴覚を有する静流は、今、何が起きているのか……ジュリエッタが何をしているのか、正確に把握していた。
 そして……。
『……甘いのです……』
 動き出す。
 ジュリエッタの笑い声、逃げ惑う一族の者たちの声、足音……など、音源が多ければ多いほど、静流にとっては有利だった。それだけ、正確に、現状が把握できるのだから。
 そして、目がほとんど見えなくても、障害物の位置さえ把握できていれば……静流の行動を制限するものは、何もないのであった。

「……あーあー……」
 かなり遠くまで移動した後、肝心の「現場」を振り返った荒野は、気の抜けた声を出す。
「静流さん……やっぱり、熱くなっていたんだな……」
「……こんなの、はじめて見ます……」
 ホン・ファも、目を丸くしている。
「サングラスの人……」
 ユイ・リィが、呆然とつぶやく。
「ほかの人の肩の上を……走っている……」
「よく見ておきなさい」
 いつの間に追いついていたのか、シルヴィが、気怠そうな声を出した。
「あれが……生粋の、野呂よ」
 静流の前では……人混み程度では、ろくな障害とはならないのであった。流石に、「目にも止まらぬ」というほどの速度は出せないが、移動には、まるで不自由していない。
 他の一族の「上」を滑るように移動し、静流は、まっすぐにジュリエッタのいる場所を目指していく。
 

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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(402)

第六章 「血と技」(402)

 ジュリエッタは混乱していた。
 例えば、この間対戦した楓のような強さは、よく理解できる。あるいは、フー・メイでもいい。
 とにかく、彼女らは……まだしも、ジュリエッタと同一線上にいる相手だった。
 だけど、今、目の前にいるのは……。
『……六主家の、一角……』
 野呂本家、直系。
 姉崎は、佐久間と並んで、六主家の中では「最弱」とされている。自称他称を含めて、ということだが……いいかえるとそれは、姉崎が、身体能力では、他の六主家の中でも、一般人により近い……ということを意味する。
 フー・メイにせよ楓にせよ……修練を積んで自己の能力を拡張してきた……という点においては、ジュリエッタと同類だった。
 だが、今、ジュリエッタが相手をしている静流は……。
『……こんなの……』
 ジュイエッタとは、あまりにも、違いすぎる。
 気配も、動きも、殺気も……なにもかも、察知できない。
 幼少時からこの体に染み込ませてきた技が、いっさい通用しない。
 いや。
 通用するとかしないとかいう以前に……。
『……根底からして……』
 違いすぎる。
 近づくものがあれば、考えるよりも先に腕が反応する。足が動く。そう、自分の体を作り替えてきたはずだった。
 なのに……。
 また、両手の剣を同時に飛ばされた。
 なのに、なぜ……静流の動きを少しも、察知できないのか。
 ジュリエッタは、これで何度目になるか、自分の剣を拾いにいく。
 比較的楽天的な性格だから、ひどく落ち込む……ということもないのだが……これが、静流と自分との差が、もって生まれた身体機能の差だとすると……遺伝とは、とても残酷で理不尽なものではないのか?

 二人の対戦を見物していた者たちの間に、狼狽を含んだざわめきが起こっている。
『まあ、そうだろうな……』
 荒野は思う。
 おそらく……。
『想像していたのと、ぜんぜん、違うんだろうな……』
 目の前の光景と、だ。
 観衆の中には、それなりの割合で静流の動きを追うことのできる者もいたから、静流がやろうとしていることは、口伝えで広まってはいるようだが……。
 静流は、一見して、同じ場所から動いていないように、見える。
 だがそれは、静流の動きが早すぎるからで……。
 また、ジュリエッタの剣が、飛んだ。
『……得物を構えて待ちかまえている相手の、柄頭を押して剣を飛ばす、ってのも、たいがいに人間離れしているだけど……』
 俗にいう、無刀取り。
 大昔の剣豪がやれたとかやれなかった、とかいう「伝説」の領域である。
 それも、二刀流でやたらと剣を振り回すジュリエッタ相手に、剣を振る前にやってしまう、というのだから……すごいことは、確かなのだが。
『……見た目的には、地味だよなぁ……』
 動かない静流と、何度も剣を飛ばされてはそれを取りに行くッジュリエッタ。そして、ジュリエッタが拾い上げた剣を構えようとすると、また剣が飛ばされる……という繰り返し、だった。
『楓とジュリエッタが、ここでやりあったらしいけど……』
 それは、さぞかし派手な見物になっただろう……と、荒野は想像する。楓のことだから、自分に出来ることは片っ端から何でもやって、強引に勝ちを拾いにいったのに違いない。
 単純に技能面だけを評価するのなら、荒野が見る限り、ジュリエッタは決して楓にひけをとるものではない。
 だが……ジュリエッタには、楓がもっているひたむきさとか必死さが、欠けている。
 案外、勝敗を決したのは、そういう、「真剣さ」の差ではなかったか?
『……だけど、静流さんが相手の場合……』
 そもそも……「動いていることさえ感知できない」ほどに、早い相手に……いったい、どういう技が立ち向かえるというのだろうか?
『静流さん的には……』
 これで、いいのだろう。
 普段からなにかと問題行動の多いジュリエッタに苦手意識を植えつけて、いうことを聞かせようとする……というのが、今回の静流の目的である。
『このまま、ジュリエッタさんがギブアップしてくれれば、一番いいんだけど……』
 そうは、ならなかった。

 いい加減、何度も繰り返し剣を拾いにいくのが面倒になったジュリエッタは……。
「……よっ」
 その場にどっかりとあぐらをかいて座り込んだ。
 別に、効果的な対策を思いついた、というわけでもなく、何度取りに行っても飛ばされるだけなら、剣など持つ意味がない、と思ったからだ。
 同時に、自分よりも確実に……圧倒的に、早い相手に、足裁きは必要がない……とも、思った。だから、座り込んだ。
「……ふん」
 ジュリエッタは、さらに考える。そして、結果として目を閉じた。
 動きを目で追えないほどに早いのなら……目を開いていても、無駄。
 もとより、静流の目的は、この自分なのである。
 静流を見失う……ということは、あり得ない。黙っていても、待っていさえすれば、向こうからこちらにやってくる。
 目を閉じたジュリエッタは、そのまま、外界に向け、知覚を開いていく。精神を集中させることにより、普段以上に五感を研ぎすまし、些細な変化を感じ取ろうとする。
 上位の武芸者であるジュリエッタにとって、その手の作業は、むしろ得意とするところでもある。
 ジュリエッタは一呼吸もしないうちに神経を集中させ、煩雑な雑情報を意識の外に追い出し、ひたすら、自分に近づいてくる静流の気配のみを探る。
 いくら、静流が早くとも……体温は消せない。体臭は消せない。動けば、空気が動く。
 要するに……今、自分に近づいてくるものは、静流でしかないのだがら……片っ端から迎撃すればいい。
 漏れ聞いたところによると……静流は、目の障害もあって、一族としての体術を、仕込まれてこなかったらしい。
 だとすれば……あのような細い体の静流を相手にするのに、剣などは不要。素手でも、一撃でノックアウトする自信が、ジュリエッタにはあった。
 だから……ジュリエッタは全身の五感を意識の力で拡張し、自分に向かってくる物体の気配を探ろうとする。
 それは……実際にやってみると、自分の感覚が広がっていく、というよりは、暗闇の中にぽっかりと浮かんだ球形自我が、中心方向に向けてどこまでも際限なく縮小していく像として、ジュリエッタは内面に投影した。
 その、ジュリエッタがイメージする感覚圏に、かすかな揺らぎが生じる。
 意識もせず、ジュリエッタの四肢が、その揺らぎに対して反応した。
 

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