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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(405)

第六章 「血と技」(405)

「……さて、帰るかな……」
 荒野が誰にともなくつぶやく。
「そうね。
 ジュリエッタと静流は、こっちで送っていく」
 シルヴィも、荒野の言葉に頷く。
『……こらー、かのうこうやー……』
 工場内放送の音声が響いた。
『もう帰っちゃうのかぁー。
 ビデオとか確認していかないのぉー』
 別室で徳川とモニターしていた、ノリの声だった。
「あいにくと、明日も期末試験なんでな……」
 荒野は、少し大きめの声を出して答える。
「真面目な学生を目指している身としては、早くかえって勉強に戻りたいんだよー……」
 おそらく、別に大きな声を出さなくてもノリには聞こえるのあろうが、荒野は、それ以外の者たちにもあえて聞かせるため、大きな声をだしている。
「……そっちは、試験休みに入って時間がとれたら、じっくり時間をとって見学するから……」
『……わかったぁ……』
 荒野に答えたノリは、特に残念そうな調子でもなかった。
『……みたら、きっと驚くよー……』
「楽しみにしておこう」
 荒野はそういうと、シルヴィの方に「じゃあ、後は頼むから」と軽く声をかけて、工場を後にした。
『……ちょっと、遅くなっちゃったなぁ……』
 とか、思いつつ。
 一応、静流とジュリエッタの勝負が長引きそうになった時点でメールでその旨、連絡はしていたので問題はないと思うのだが……。
 荒野にとっては、茅の機嫌の善し悪しが、まず第一の問題だったりする。

「……と、いうわけだったんだ……」
 マンションに帰りついた荒野を、先に帰った茅が出迎えて、すぐに熱い紅茶をふるまってくれた。寒空の下を飛ぶように走ってきた身にとっては、熱い飲み物がとてもありがたい。
「わかったの」
 茅は、ノートパソコンを操作しながら、頷く。
「今、その映像観ているから」
「……え?」
 荒野はティーカップを抱えて茅の背後、ノートパソコンの画面を覗きこめる場所に移動する。
「あ。本当だ」
 画面には、かなり高い位置から撮影した、先刻の静流とジュリエッタの映像が映し出されている。
「これ、徳川のところのサーバから?」
「そう。
 ノリから連絡がはいっていたから、こちらでも観られるように設定しておいて、って頼んでおいたの」
 ……では、おれの説明は必要がなかったということではないか……と、荒野は思ったが、口には出さなかった。
「この間の楓とジュリエッタの分のもあるけど、荒野も観る?」
「……ああ。
 観よう……」
 茅が、荒野「も」といっている、ということは……荒野よりも先に、茅がチェックしている、ということだった。
「おれ、今日まで茅とジュリエッタのこと、知らなかったんだよね……」
「荒野、試験勉強で忙しそうだったから……」
 茅が、平静な声で説明する。
「……それに、荒野に判断をこうほど、重要な案件でもなかったの」
「……いいけどね……」
 荒野の声は、憮然とした響きがこもっている。
 荒野がもっと暇な時期に起こった事件だったら、知らせてくれたのかもしれないが……いい方を変えると、この程度の「小さな珍事」では、荒野の裁定を必要としないところまで、この土地の情勢が落ち着いたものになっている、ということでもある。
 荒野としては喜ぶべきなのだろうが、反面、一連の事態はどんどん自分のコントロールから離れていく、という寂しさも感じてしまう。

 楓とジュリエッタの対戦を観るのに、思いの外時間がかかってしまった。映像がまだ未編集であったことと、かなり数のカメラが稼働していたので、同一時刻の映像を別の角度から観ることができたので、面白がっていろいろな種類の映像を見比べてしまった、というのもある。
「……これ、おもしろいなぁ……」
 思わず、といった感じで荒野がつぶやく。
 楓とジュリエッタとのあれこれについては、おおよそ荒野が予想していた範囲内に収まった内容になっていた。
 問題なのは……。
「カメラのこと?」
 茅が、荒野に問い返す。
「うん」
 荒野は、頷いた。
「これ……本当なら肉眼では見えない動きも、エフェクトかけて見えるようにしているし……」
「もともとは、シルバーガールズ用に開発した画像処理系なの」
 茅が、ことなげに答えた。
「テンが中心になって、毎日のようにアップデートしているところなの。映像の方がひと段落したら、これでゲームを作ろうって話しも出ているし、ツール自体の売り込みもはじまっているの」
「……おれ、そっち方面のことはよくわからないんだけど……」
 荒野は、少し考えてから、いう。
「……これって……結構凄いことなんじゃないのか?」
「結構凄いことなの」
 茅は、また頷いた。
「画像処理だけではなく、少ないマシンリソースで緻密な3D表示を高速で動かしたりするツールも実用化しているから……売り込みが成功すれば、あの三人、大金持ち。
 でも、あの三人は、撮影の方が本番で、こっちはおまけくらいにしか考えていないの……」
 感心すればいいのか呆れればいいのか、荒野は判断に困った。
「……とりあえず、徳川には……できるだけ高く売り込んでくれ、っていっておくよ……」
 荒野は、そんなことしかいうことがなかった。

「……って、感じで……とりあえず、今日の一件で、野呂系の人たちの結束は、静流さんを中心にして固くなっていくと思う……。
 今後は」
 荒野は今日の一件についての「心証」として、そんなことを茅に報告した。
 荒野にしてみれば、ジュリエッタの「抑え」よりも、そっちの方が重要だった。何しろ、野呂は、二宮と並ぶこの土地の二大派閥であり、その頭が固まれば、荒野としても今後、格段に動きやすくなる。この土地の野呂系の者たちが、荒野と懇意にしている静流のことを名実ともに頭領と認めてくれのは、荒野にしてみても実に都合がよかった。
「……後は、二宮だよなぁ……」
 荒野は、ため息混じりにそうつぶやく。
 二大派閥のもう一方、二宮の方は、一応、荒神がいるので妙な反抗をする者こそいないものの……その実、荒神は、見事なまでに「何もやらない」。
 だから、いざという時、統率をとる者がいない……という問題があった。
『本当に必要な時は、おれが動くしかないんだけれども……』
 荒野には、「最強の弟子」という肩書きがある。加えて、荒野はあまり認めたくはないのだが、荒神とは叔父、甥の関係でもある。


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