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彼女はくノ一! 第五話 (243)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(243)

「……春休みに一度、一年生の分の学習を、まとめて復習した方がいいかも知れませんね……」
 香也の勉強をみながら、楓がそんなことをいった。そうしたシーンで口にしている訳だから、話題となっているのは、香也の勉強のことだ。
 少しづつ追いついているとはいえ、入学してから半年以上、ほとんど手をつけていなかった、というハンデは、一日一時間前後の学習ではなかなか埋まりきるものではない。
「そうですわね……」
 孫子も、頷く。
「そのあたりで一度、まとまった時間を取っていただくのが、現実的かも知れません……。
 春休みの午前中の時間に、一年時のまとめを集中して行う、というのは、どうでしょう?」
「……んー……」
 左右からそういわれて、香也は唸った。
「……それは、いいけど……。
 その……二人とも、もう少し、離れて……」
 楓と孫子は、香也の頬に吐息がかかるほどに体を密着させいる。左右から、それだけ柔らかい体を押し付けられたら、香也の意識は確実にそっちの方に集中する。実際の話し、あんまりくっつかれると、もはや勉強どころではない、という気になってくる。
 楓と孫子は顔を見合わせ……非常に残念そうな顔をしながら、香也から少し体を離した。二人とも、隙を見せると擦り寄ってくるので、数分に一度、こうして注意を即して少し距離を取って貰っている。
 楓と孫子は、不満そうな表情をありありと浮かべながら、香也から少し体を離した。
「……できれば、春休みといわず、週末くらいは少し時間をとっていただきたいところですけど……」
 孫子が、何食わぬ顔をして、先程の話題を続ける。
「もともと……かなり、遅れていますので……後追いでいくにせよ、早めにはじめれば、後が楽になりますし……」
「問題は、時間……ですよね。
 香也様としては、できるだけ、絵の方に時間を割きたい……でも、学習したことを覚えるのには、それなりに時間を取られる……」
 楓も、そういって頷く。
 楓も孫子も、香也にはできるだけ自由に絵を描いてもらたい、と思っている。同時に、学校の勉強の方も、そこそこの成績を修めて貰いたい、とも、思っている。
 前者はともかく、後者の案件に関しては、香也も完全に賛同している訳ではない。香也の世界はまだまだ狭いので、現在の社会で学歴が持つ意味、というものを完全には理解していなかったし、「楓や孫子が熱心に勧めるから」付き合っている、という感覚で、決して自分から進んで取り組んでいる訳ではない。

 楓や孫子にしてみれば、香也が将来、美大に進学したいと志望した時、選択の自由を確保できるだけの学力はつけてやりたい、と、思っている。
 美術関係の仕事は、そうした学歴が全てだとは言わない。が、アカデニズムに関係しているか否かで、現実的にはスタートの時点でかなり差がついてしまう、というのが、孫子の意見であり、そうした社会的な知識は孫子ほどもたない楓にしてみても、血縁やコネが重要視される「一族の社会」の中で、これまで係累がないばかりに不遇の時代を過ごしてきたわけで、その手の現実的な感覚に対しては、十分に頷けるだけの根拠がある、と思っている。
 幸いに、香也は、まだまだ若い。
 今から将来を見据えて計画的に精進して行けば、それなりに未来は開けて行く筈で……逆にいうと、無計画に自分のやいりたいことばかりに邁進していたら、この先しなくてもいい苦労ばかりを背負い込み、絵を描く、どころではない人生を送ることも、想定できる。
 要は、全ては香也次第、ということなのだが……しかし、勉強に対する香也のモチベーションは、相変わらず低いままだった。楓や孫子が説明すれば、たいていの理屈は理解するし、暗記科目なども、やればやっただけ、成果を出すから、決して頭が悪いとは思わないのだが……。
「……もう少し、やる気になってくださると……もっと効率よくできるのですけど……」
 孫子は、そういって軽く溜め息をつく。孫子にしても、無闇に香也を拘束したい訳ではない。
 同じ時間、勉強するのでも、目的意識を持ってやるのとそうでないのとでは、履修状況にかなりの差が出てくる。
 香也の場合、圧倒的に「やる気」がなかった。
 それをいったら香也は、勉強だけではなく、絵を描くこと以外のこと、全てに対して、決定的に意欲を欠いている訳だが……。
 香也は……。
『……自分の未来とか将来……というものに、関心が持てないのではないか……』
 今まで孫子が観察してきた結果、出てきたのが、そういう結論だった。
 香也が欠いているのは、未来への展望だけではない。
 香也にとっては、過去もまた未来と同等に、あまり重要なものではないらしい。幼少時のことをほとんど覚えていない、というのは、どうも本当らしいかった。それ以外にも、香也が昔のことを話す、など経験は、絶えてない。記憶がない、というのではなく、他人に話して聞かせるほど、香也が関心を持てることが、なかった……と、そんな雰囲気だった。こちらから水を向ければ、香也が記憶していることに関しては、それなりに話しはするのだから……覚えていない、ということでは、ない。覚えている事柄に対して、他人に話して聞かせるほど、関心を持っていないだけで……。
 どうやったら……こんな、無防備な人格が、ここまで無事に成長できるのだろうか……と、孫子は、そんな疑問に思う。
 香也が、極力、外界の事物を自分の意識から排除することで成長して来たとするなら……孫子は、自分の心身も、身の回りの環境も、自分のコントロール下に置き、統御しようとする欲望に従って過ごして来た……
 孫子とは、そういう、少女だった。

 孫子自身は、将来、数多くの人々を束ね、導くことを期待されて、そのための教育を受けてきた。物心ついてからは、自発的に、より多くのことを吸収してきた。そのような家に生まれてきた責任……という意識もあったが、それは一面的な建前に過ぎず、孫子は、それまで自分が限界だと思っていた壁を突破することに、無上の快楽を覚える性質だったからだ。その快楽を得るためには、平素からの地道な努力や勉強も厭わなかった。孫子にとって、自分自身のスペックを高くチューニングすることは何物にも代え難い娯楽であり、教材や講師を調達するための資力も十分に備えていたし、保護者である鋼蔵も、そうした孫子の行動を止めようとはしなかった。
 だから、孫子は、興味を持ったものには何にでも挑戦し、たいていは、ものにしてきた。同年配の友人たちは、そうした挑戦のための準備に比べると、ひどく退屈に思えた。話すことといったら、おしゃれのこと、遊びのこと、他人の噂話し、それに、家柄のこと……。孫子が通っていた学校には、「自分のことを、自分の言葉で話す」生徒は、ほとんどいなかった。孫子には、それら「ご学友」は、「大衆」という鋳型から大量生産されたレプリカントとしか認識できなかった。生まれた家がたまたま裕福だったからといって、それだけで魅力的な人格が形成される訳ではない……ということを、孫子は、かなり早くから思い知らされた。
 そして、その中に埋没するまい……と、そう自分に言い聞かせて、過ごしてきた。
 だから……そのため、この家に来るまで、孫子は「親しい友人」というものを持ったことがない。





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