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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(167)

第六章 「血と技」(167)

 その晩、休憩を挟んで、今度は避妊具を用意し、荒野は茅に挑みかかる。もとから過剰な反応を示していた茅は、数え切れないくらいに達しながらも体力が続く限り、荒野にせがんだ。
「……別に、これが今生の別れというわけでもあるまいし……」
 と苦笑いをしながらも、荒野は、茅の体調を考慮しながら、その上で、できるだけ茅の要請に応え続ける。
 なにより、荒野自身が、茅を抱く口実を切望していた。
『……やばいな……』
 際限のない茅との行為の溺れていく荒野がいる。同時に、その最中でも、頭のどこか醒めた部分で、冷静にそう思考する荒野もいる。
 相反する要求に引き裂かれながらも、荒野は、茅の肉に、声に、体臭に、体温に、声に、反応に、没入していく。荒野にとっては、茅の全てが、甘美であり、自制心を総動員しても、なかなか行為を中断することができなかった。
 ようやく荒野が達し、避妊具越しに茅の中に射精すると、茅は背を仰け反らせて全身を硬直し、小刻み震えた後、がっくりと全身の力を抜く。しかし、しばらくするともぞもぞと起き上がり、緩慢な動作で荒野に覆い被さってきて、体をすりあわせてきたり、耳や首に唇づけをしたりして、荒野を誘うのだった。
 そうした茅の媚態を見て、荒野は、欲望を刺激されるよりは、むしろ、痛々しさを感じる割合の方が多かった。茅の様子から「必死」という単語を連想し、そこからさらに「至死」という単語を連想し、荒野は慌ててそれを打ち消す。
 茅との性交は……荒野に、例えようもないほどの快楽をもたらすのだが、同時に、茅と荒野、二人の生命をすり減らしながら……という錯覚を憶えるほどに、ひりひりとした真剣味を、皮膚で感じてしまう。
 茅が、荒野との交合を求める必死さは、性行為が、本来、生殖のための行為である、ということを思い出させる。
 生殖……という行為は、多くの生物にとって、次世代の子孫を残す代わりに、親の世代の死を伴う。
 茅との行為は、背景にそうした「死」がべっとりと張り付いているような気がした。昨夜、シルヴィを抱いた時に感じた安心感は、望めるものではない。代わりに、肌に差し込んでくるような緊迫感を伴う。
 ……懐かしい、感触だ……。
 荒野は、せがまれるままに茅を抱きながら、何度かそう思った。
 茅を抱いていると……つい数ヶ月前まで荒野が馴染んでいた場所の「空気」を、思い出してしまう。この国に来てから、すっかり縁遠くなっていた、あの「空気」を……「死」の匂いを、性交時の茅は背負っている。
 それゆえ……なおさら、荒野は、茅の体に没入した。

 翌朝、荒野は、喉がからからに渇いていて、眼を醒ました。昨夜、一度シーツを代えたのだが、ベッドの中は、汗ですっかり湿っている。
 茅の姿は、ベッドの中にはなかった。掛け布団が、不自然な形に盛り上がって、隙間を作っている。茅がいたあたりの布団に、かすかに温もりが残っていた。茅がベッドを離れて、さほど時間は経っていないらしい……などと、寝起きの頭で考えながら寝返りを打つと、全裸のまま、窓際に立ち、外の風景を眺めている茅の背中をみつけた。
「……何をみているんだ、茅……」
 荒野が、生あくびを噛み殺しながら茅の隣に立つ。その際、ちらりと目覚まし時計に眼をやると、いつも起きる時間を一時間近く過ぎていた。
 何となく、違和感を感じ……あっ、ランニング! と、荒野が声をあげかけた時、
「……雪……」
 と、茅が小声で呟いて、窓の外を指さす。
「……おっ。本当だ」
 茅の動作につられて外を見た荒野は、やはり小声で答えた。外は、一面の雪景色になっている。
「意外と……積もったな……」
 荒野は、そんな凡庸な感想しか、漏らせなかった。
「これだから、起こさなかったのか……」
 いつもは、先に眼を醒ました方が、まだ寝ている方を起こす習慣になっている。もっとも、たいていの時は、二人とも決まった時間に眼を醒ますので、その必要もほとんどなかったが……。
「みんなに、中止の連絡は……」
 こんなに雪が積もっている日まで、馬鹿正直に外で走る者もいないとは思うが、念を入れておきたかった。
「もう、メールで」
 茅は、短く答える。
「だけど……楓と、テンと、ガクは……自主トレ、しているようなの……」
 茅は、再び窓の外を指さす。
「……あっ……」
 荒野は、茅の指先をたどって視線を移動させ……そこで、固まった。
「……茅……。
 あれは、自主トレではない……。
 雪合戦、というんだ……」
 三人の移動速度と、雪玉の射程距離と、複雑な戦術を考慮すると……いわゆる「雪合戦」という語感から連想される遊びとはかなり隔たりがあるような気もするが……。
 それら、桁外れの要素は、三人の基本スペックに由来する。逆にいうと、そうした「大げさな要素」を度外視すれば、三人が今、町中を縦横に駆けめぐって行っている遊びは、「相手の投げる雪玉を避け、自分の雪玉を相手にぶつける」という「雪合戦の基本ルール」から、決して大きく隔たってはいない……。
『……まあ、この時間だし、日曜の朝でもあるから……まず、大丈夫だとは思うけど……』
 荒野は、少し考え込む。
 気配は消しているだろうから、目撃者の心配はないだろうけど……雪が積もっている、ということは、足跡を残していることになる。
 どうやっても一般人が立ち入ることば出来ない高所などに、不審な足跡がベタベタついていたら……変な噂とか、流れやしないだろうか?
 あいつらのことだから、そこまで考えていない可能性が、高いか……。
「……ちょっと、様子を見てこよう……」
 そういって、荒野は、着替えを取りに行くため、窓側に背を向ける。
「……雪合戦に、乱入者出現……」
 茅が、淡々とした口調で報告する。
 とっさに振り向いた荒野は、窓の外を落下していく人影を、ちらりと認めた。
 慌てて振り返り、窓に寄る。窓を開け、ベランダに出ようとすると……。
「よっ! ……っと……」
 そのベランダに、スーツにコート姿の若い男が、出現した。
「ども。お初にお目にかかります、加納の若様。
 わたしゃあ、東雲目白ってケチな野郎でして。もう少しお天道様が高くなってからご挨拶を、と思いやしたが、どうもうちのが、あのお嬢さん方を見たら居ても立っても居られなくなったようで、ご覧の通り、飛び出していった次第で……。
 ……っと。
 その……わたしにゃあ、眼の保養ってやつですが、お二人とも、何かお召しにならないと、風邪引きますぜ……」
 荒野は反射的に、カーテンを引く。
「服を着る。
 そこで少し待て……」
 と、ベランダの乱入者に声をかけた。




[つづき]
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