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彼女はくノ一! 第五話(251)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(251)

「……わ。
 たっ、たっ……」
 ガクは、いきなり背後から冷たい雪の塊をぶつけられ、悲鳴をあげた。
 慌てて背後を振り返ると、ついさっきまでガクが狙撃していた楓が、これ見よがしにひらひらと手を振って、地上に飛び降りる所だった。
 これで何度目になるのか、ぶつけられた雪玉の冷たさにしびれながらも、ガクは、
『……ついさっきまで、あんな遠くにいたのに……』
 と、楓の「気配絶ち」の見事さに、慄然とする。
 ガクとテンは、この日、生涯はじめて「本物の雪」に接したわけだが、二人してもっぱら、楓一人にぶつけられる一方だった。二人が楓に雪を浴びせることに成功したのは、一番最初に、玄関から出てきた楓を不意打ちした時、一回きりだった。テンとガクにとっては不本意なことに、後はひたすら、やられ役に徹している。
 何しろ、ガク自身が何百メートルも先にいる筈の楓を、遠距離から狙い撃ちにするため、ベルトを引きついて即席のスリングを構えた所、だったのだ。雪玉をいくつか用意し、狙撃に適した高所であるこの電柱の上まで昇り、ベルトを引き抜いて構えるまでの僅かな時間で……楓は、楓を見張っていた筈のテンと、人並み外れた嗅覚を持つガクの二人が気づかないうちに、こっそりとここまで近づいた……ということになる……。
『……凄すぎるよ、楓おねーちゃん……』
 こんな時、ガクは自分の無力さを思い知らされる。
 いくら身体能力が発達していても……それを発揮する機会を与えられなければ、意味がない。
 以前、「じゃれあった」仁木田は、ガクの動きを読んで、攻撃に移る寸前にそのモーションを潰す、という、ごく単純な手段で、ガクの攻撃を潰し続けた。今、楓は、「徹底的に姿をくらまして、攻撃される隙を作らない」という、これまた単純な方法で、テンとガクの二人を、いいようにあしらっている。
 もっとも、この「単純な方法」は、原理的にはシンプルだが、実際に実行するとなると、難易度的には篦棒に難しい。理屈を理解したから、といって、おいそれと真似できることでもないのだが……。
『……それでも……』
 こうして実際に圧倒されると、筋力や反射神経など、数値として計量できる直線的なパラメータなど、実戦の場ではさほど意味をなさないのだ……と、叱られているような気分になる。
 ガクが見ている前で、楓はあっけなく姿を消した。足跡も残していないところを見ると、ひとっ飛びに近くの路地裏にでも隠れららしい。楓が着地した地点は、ちょうど十字路になっていたから、左右のどちらかに移動すれば、ガクの視界からは、逃れられる。
 ガクは、ジャケットの内ポケットから携帯を取り出し、不機嫌な声をだした。
「楓おねーちゃん、ロスト。雪、浴びせるだけ浴びせて、また逃げられた。
 テン、何やっているの?」
『……ごめん、ごめん……』
 携帯と接続しているイヤホンから、テンの声が聞こえる。
 テンが斥候役になって、楓の位置情報をガクに伝え、ガクが、楓の射程外から楓を攻撃する……という作戦は、そもそもテンの発案だった。
 それが……発案者であるテンからして、こうも頻繁に楓をロストしたのでは……そもそも、分業する意味がない。
『やっぱり、凄いよ、楓おねーちゃん……。
 なんか、自由自在に消えたり現れたりする……。
 こと、技のレベルでは、ボクたちとは段違いだよ……』
 ガクも、今、テンがいっているのとまったく同じことを、ついさっき感じたのだが……のほほんとした口調で同じ意見をテンから聞くと、ガクはますます不機嫌になった。
「じゃあ……ボクたち、このまま、やられっぱなしで終わるわけ?」
 むす、っとした顔をして、ガクは携帯に話しかける。
「……やっほぉー……」
 イヤホンからテンの返事が聞こえる前に、間近に人の声が聞こえたので、ガクは愕然とした。
「へぇい! そこの、かぁのじょぉー。
 なんなら、おねーさんが助太刀してあげよっかぁ?
 多少は、いい勝負になるかも知れない。ならないかも知れない……」
 ガクは、声の主を捜して、足下を見る。
 白いダウンジャケットを着た、色黒の女性が、電線の上に胡座をかいていた。

『……ちょっと、やり過ぎちゃったかなぁ……』
 そう思いながら、物陰に隠れつつ、楓は素早く移動する。もちろん、五感を可能な限り研ぎ澄まして、気配は絶っている。この日は、「雪が積もっている」という悪条件があったので、出来る限り足跡を残さないように留意した。積もったばかりでいくらも日の光を浴びていない雪はさらさらで、完全に足跡を残さないで移動することは、不可能。いくら優れた術者でも、重力を打ち消せるわけではない。しかし、足裏にかかる体重を均質化して、体の沈み方を最小限にすることはできた。あとは、出来るだけ目立たないところを伝わって走るしかない。
 それだけ難易度の高い行為を、楓は、難なく実行してしまっている。日常生活の場ならともかく、戦闘時の楓にとって、この程度のことは「出来て当たり前」なのであった。
『……でも……』
 楓が手加減しなかったのは、荒野に二人の指導を頼まれていたから、だ。そのほかに、しょっぱなに不意打ちを食らってしまったから、というごく個人的な理由もあるのだが、もちろん楓も、そんな私的な事情はあまり重視していない。
『この程度の攻撃は、軽くかわせるようになって貰わないと……』
 荒野のいう「悪餓鬼」とかいう人たちは……どうも、一筋縄ではいかないような気がする……。
 全てが終わった時に、全員が無事でいられるためには……全員を、とことん鍛えなければならない……と、楓は思っている。楓は、自分の身の回りの人たちが傷つくことを恐れている。それを避けるためなら、多少の無理はするつもりだった。
 出鱈目に動いているようで、楓は、自然に想定されるテンの移動経路を脳裏に描き、それを順番に潰している。
 こちらに住むようになって、楓が一番最初に心がけたのは、近所の地形を、細い路地に至るまで、頭にたたき込むこと、だった。住みはじめた当初はまだ学校に通っていなかったので、比較的時間がとれたし、ただでさえ眠りの浅い楓は、眼が冴えて眠れない晩など、普段から気ままに、巡回がてらの散歩にでている。おかげで、今ではかなり広い範囲にわたっての詳細な地図が、楓の頭の中に存在していた。
『……いた!』
 やがて楓は、とぼとぼと道を歩いているテンの姿を認めた。素早くかがみ込んで、地面に積もった雪をひと掴みにし、投げやすい大きさと形にまとめ、素早く周囲を見渡し、逃走経路を確認してから、テンに雪を投げつけるべく、振りかぶる。
 と……。
 次の瞬間、楓は、背後に大きく飛び退いていた。
 さっきまで楓がいた場所に、どさどさと雪玉が降ってくる。その、雪玉が地面に落ちる音で、テンもこちらに気づき、楓のいる方に駆け寄って来た。
「……ごめんねー。
 噂の雑種ちゃーん……」
 見上げると、電線の上に雪玉を構えたガクと、それにもう一人、見覚えのない白いダウンジャケットの女性が、立っている。
「……あまりにも、この二人が不利なんでさ。
 おねーさん、こっちの味方をすることにしたわ……」




[つづき]
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