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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(169)

第六章 「血と技」(169)

「……荒野。
 楓は、三人の分断を図りながら、河原の方に向かっているの……」
 携帯に向かってそういうと、ベランダで双眼鏡を構えていた茅は、これからどうしようかと思案しはじめる。今でさえ、遮蔽物に隠れがちな三人の姿を眼で追尾するが、困難になっていた。これ以上、距離が開いたら、完全にロストするだろう。
 そう判断すると、楓は決然ときびすを返して室内に戻り、着替えをしはじめた。
 もっとよく、全体の戦況を視認出来るポジションへ、移動しなければならない。

「……楓目当てかよ……」
 東雲の「二宮の第三位」という言葉を聞いた途端、荒野は、うめくようにいった。
「ええ。たぶん……」
 東雲も、頷く。
「なにぶん……言いだしたら聞かない方でして……」
「ある程度、予測はしていたが……こんなに早く、それも、こんなに大物が出張ってくるなんて……」
 荒野はそう嘆じるのだが、東雲は平然とした顔をして説明する。
「お嬢は……もともと、最強を、荒神様を強く意識しておいでです。
 それ故、その、楓様の噂も、かなり気にしておいででした」
 荒野と並んで、「最強」に「弟子」として認められた存在……というステータスは、荒野の予測以上に、一族の中では重く見られているらしい……。
「……そんな中、移住組の件で……楓への接触が、事実上、解禁になった、と……そういう、ことか……」
 走りながら、荒野はそう独りごちる。
「その……移住組から流入してくる噂、というのもあります……。
 並の者が何十人かでかかっていっても……あの子と才賀宗の小娘の二人で、いいようにあしらわれたとか……酒見の双子が、手も足も出なかったとか……」
 東雲が、荒野の独り言に補足する。
 一族とは、何世代にも渡って「情報」を扱ってきた者たちである。そうした噂話の伝播も、速やかに行われる。
「さらにいうと……新種たちが中心になってやっているネット配信のアレ、一体何なんですか!」
 東雲が、呆れたような口調で荒野に食ってかかった。「シルバー・ガールズ」のことだ。
 荒野には、東雲が憤る理由が、よく理解できる。
 確かに……一族のテーゼからみれば、自分たちの能力をわざわざ誇示するような真似は……言語道断も、いいことだろう。
 しかし……。
「あれは……作戦、だ……」
 荒野としては、そう説明するより、仕方がない。
「こっちとしても、必要に迫られてやっていることで……聞いてない?
 町中で、ガス弾を使った連中のこと……おれたちは、悪餓鬼たち、って呼んでいるんだけど、そいつらの注意をこっちに向けるための囮でもあって……」

 トレーニングウェアに着替えた茅は、部屋出て玄関に鍵をかけ、非常階段へと向かう。
 屋上に出ることも考えたが、あれだけ遠くに行ってしまうと、それでも楓たちの様子を捕捉できないだろう……と、思える。
 非常階段に出た楓は、
『……大丈夫、自分は、高性能な全方位方センサーだ……。
 楓たちに出来て、自分にできない筈がない』
 と、そう自分に言い聞かせて、非常階段の手摺りの上に立ち、そこから、三メートルほど先にある電信柱へと跳躍する。多少、落下はするが、今の茅の跳躍力なら、ギリギリ届く筈だった。
 届いた。
 茅は、電信柱の横に突きだしている、棒状の鉄筋、メンテナンス用の足場材になんとか手をかけることに成功した。その足場材の下には、地上まで、何もない。懸垂の要領で、腕の力だけで自分の体を持ち上げ、上部の、変電器の所までよじ登る。
 そこからさらに変電器の上にまで昇り、その後、茅は電線の上を走りはじめた。
 茅は、現在の自分に可能な動作を、全て把握している。そのための、毎朝のトレーニングだ。
 どれくらいの速さで走れるか、どれくらいの距離を飛べるか、それに、持続力など……自分自身のデータは、全て、茅自身の脳裏に刻まれている。
 同様に、普段生活しているこの町についても、茅は、かなり細かい部分まで、把握していた。生活圏であるこの周辺の情報は、それこそ、電線の一本一本の位置に至るまで……茅の頭に、インプットされている。
 そして茅は、突出した、常人以上の筋力や反射神経などは持たなかったが、代わりに、外界の各種情報を、常時高密度に収集し続けている知性体だった。
 その取り込み続けている各種情報の中には、体感できる重力の偏差も含まれており……つまり、現在の茅なら、不安定な電線の上を、安定した地面を走る時と同じくらいの速さで駆け抜けることは、十分に可能だった。
 もっとも、荒野が心配するので、必要がなければこんなことはしないのだが……今回の事例は、可能な限り早く楓たちの姿を確認できるところまで移動する、という必要性がある。

「はぁ……。
 そっちもまた、いろいろと面倒なことになってるもんすねぇ……」
 というのが、荒野がざっくりと説明したのを聞いた東雲の、感想だった。
「幸か不幸かって、いったら……確実に不幸の方なんだろうが……おかげで、面倒ごとには、不自由していないよ……」
 荒野がそういうと、東雲は、もにょもにょした口調で、
「今回はまた……うちのお嬢がご面倒を……」
 とか、詫びはじめる。
「まあ、そっちにはそっちの事情もあるんでしょう。
 それよりも、ほら……」
 おしゃべりをしつつも足を止めないでいた荒野たちは、楓たちに追いついていた。
 荒野の指さす先、河川敷に、楓と、テン、ガク、それに東雲が「お嬢」と呼ぶノ・ミオの三人が、対峙している。
「……ちょうど、これからいい所、みたいだね。
 雪積もっているし、今の時間のここなら、人通りもほとんどないから……しばらく、高見の見物といこう。
 お手並み拝見、ってね……」
「……ま、お嬢が本気で暴れ出したら……確かに、近くにいない方が、安全ではありますな……」
 東雲も、飄然とした口調で荒野の言葉に頷く。




[つづき]
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