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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(172)

第六章 「血と技」(172)

「ま……いいんじゃないか?
 その小埜さんも、うちで介抱するよりは、そっちのが人数も女手も多いし……」
 荒野も、ガクの言葉に頷く。
「なんか問題があるようなら、うちもすぐ隣りだしな……」
 楓の攻撃によって気を失っている小埜澪については、荒野はさほど心配していない。何しろ、二宮の第三位、というふれこみだ。この程度でどうにかなるほど柔ではない筈で、しばらく寝て休養していれば、すぐに元気になるだろう、くらいに思っている。そして、狭くて荒野と茅の二人だけしか住んでいないマンションに運び込むよりは、狩野家で預かって貰った方が、小埜澪が眼を醒ました後の世話も何かと融通が利く……と、荒野は思った。
 なにより、あの家には、楓がいる。孫子がいる。テンもガクもいる。
 ある意味で、この近辺であの家以上に「安全」な場所はないともいえる。

 そんなわけで、小埜澪を背負った東雲を含めた全員で、ぞろぞろと帰路につく。
「……結局、いいトレーニングになっちまったな……」
 荒野は、そうぼやいた。
「みんな……雪が降った日くらい、家で大人しくしていればいいのに……」
 正直な所……たまには、のんびりと「何も起こらない日」が来ないものか、と、荒野などは思う。
「眼を醒ましたら、お嬢によくいっておきます……」
 東雲は、悄然とうなだれた。
 そういう東雲に対して、荒野は、
「いや、まあ……こっちは、それでなくとも、先生にいわせれば、問題児の集団だそうだから……」
 などと、曖昧に言葉を濁す。
 別に小埜澪が来なくても……相応の騒ぎは持ち上がるのではないか、などと荒野は思っている。
 だから、
「……小埜さんが来なくても、他の一族の者がちょっかいかけてくることはあるわけだし……それに、そういう外部からの干渉がなくても、常に無風状態ってわけでもないし……」
 と、荒野は続けた。
 荒野のいうことの「意味」が、ひじょーによく分かっている楓が、
「あはっ。あははははは」
 と、笑い声を上げはじめた。
 楓にとっても、荒野の心配は「他人事」ではないのであった。というか、楓自身も、時にその「騒ぎ」に荷担しているような気がする……。
「この通り、この程度のことは、こっちでは日常茶飯事なんで、あんま気にしないでください」
 荒野は、から笑いする楓を指さして、東雲にそう告げた。
「はっ。はぁ……」
 小埜澪の「挑戦」を「日常茶飯事」での一言で片付けられてしまった東雲は、微妙な表情になった。
「それと……最近、こっちに移住してきたいって一族が、割といるんですけど……東雲さんや小埜さんは、そういうつもりで来たわけではないですよね?」
 そんな東雲に向かって、荒野が問いただした。
「……移住、っすか?
 そうはいっても……わたしもお嬢も、これで一族の仕事請け負っている身でして……一カ所の長く逗留するってこと自体、希なんですが……」
 ……やはり、この二人の目的は、楓への挑戦だけか……と、荒野は納得する。あるいは、楓が小埜澪に敗れるようなことがあったら、小埜澪も、続けて荒野に挑戦してきたのかも知れないが……とりあえずは、楓の噂をききつけた小埜澪が、仕事の合間にこっちにたちよってちょっかいをかけてきた……というだけのことのようだった。
「そっか……。
 それじゃあ、次の仕事まで、ゆっくり体を休めていってください」
 荒野は、もっともらしい顔をして、頷く。
「……ついでに、その楓さんの実力も、ちゃんと他のやつらにも伝えておきますよ……」
 東雲はそういって、首をゆらゆらと揺らす。
「当代の二宮、第三位に圧勝……って噂流せば、無駄に挑戦してくるやつも、がっくり減るだろうし……」
「そのことについては……よろしく、お願いします」
 荒野は、そういって素直に頭を下げた。楓も、すぐに荒野に習う。
 荒野にしろ楓にしろ……無用な騒動を望んでいるわけではないのだった。

 マンションの前で皆と別れ、荒野と茅はマンションに戻った。
 部屋に戻ると、茅はシャワーを浴びにバスルームに入り、さほど汗をかいていない荒野は、キッチンのテーブルの上にノートパソコン置き、立ち上げてメールチェック、ついでに一族が管理するサーバにも接続し、公開されている情報に一通り目を通す。
 ここ数ヶ月、実務から遠ざかっている荒野だが、今回の事もあって、もっと積極的に他の術者の動向をチェックしておいた方がいい、と、思い直した。このようなサーバにアップされている情報は、所詮、「公式見解」であり、皮相な部分しかみることしかできないのだが……それでも、何も参照しないよりは、遙かにましというものだ。
 荒野がノートパソコンに向かっていると、バスルームから頭にバスタオルを乗せただけの茅が戻ってきた。
「荒野。
 髪、お願い」
 茅は椅子引き寄せ、ドライヤーとブラシを持ってきて、荒野に背を向けて座る。
 体はきれいにふいているが、髪は乾かすのが大変だから、荒野に手伝え……ということらしい。
「……いいけど……」
 荒野は、ノートパソコンから顔を上げて、頷く。茅が荒野に髪の手入れをさせるのは、いつものことだ。
「何か服着ないと、風邪引くぞ……」
「いいの」
 茅は、荒野の言葉には従わず、椅子から立ち上がらなかった。
「今、体が火照っているから……荒野が髪の手入れをしている間、冷ますの」
 荒野がブラシとドライヤーを手にして、茅の髪をいじりはじめると、今度は茅の方が、荒野のノートパソコンに向かいはじめる。
「……何?」
 荒野が、茅に尋ねると、
「今日の、ボランティア。
 この雪だから……放置ゴミよりは、雪かきでもする方が、みんなの役に立つと思うの……」
 茅は、自分たちで構築したボランティア活動のサイトを開いて、管理画面にログイン、関係者各位に「雪かきに予定変更した方がいいのではないか?」という提案同報メールを送った。




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