第六章 「血と技」(175)
「もちろん、この推測は……判断材料となるデータが大きく不足しているから、まるっきり的外れ、という可能性も高いけど……。
例えば、東雲が、茅が知らないような特殊な技能の持ち主で、その気になれば、小埜澪をいいようにあしらえるのかも知れないけど……でも、暗示や洗脳など、人の意識を操作することに長けた佐久間の者なら……二宮の上位者がどれほど驚異的な戦闘能力を持っていたとしても、さして苦にはならない筈なの……」
茅は、そう続けた。
「……ま、辻褄は、合ってはいるね……」
そういって荒野は、肩を竦める。
その態度からは、茅の判断を指示するのか、それとも否定しているのか、判断がつけられなかった。
と、いうより……当の本人である東雲目白が目の前にいるから、あえて意見を保留している。
東雲当人が茅の説を認めるのなら、相応のリアクションを行うだろう……と。
それに、特に敵対もしていないのに、当人が秘匿している能力や技能を暴き立てる、ということは、一族の規範に照らしても、不作法でマナー違反とされている。茅があれこれいう分には非難されることはないだろうが、荒野自身がその尻馬に乗って騒ぎ立てると、後々、一族内での荒野の立場や印象が、悪くなるおそれがあった。
酒見姉妹と甲府太介は、荒野ほど泰然していられなかった。
酒見姉妹でさえ、驚愕の表情で眼を見開いているし、甲府太介に至っては、反射的に立ち上がり、座っていた椅子を倒していた。しかも本人は、そのことに気づいていない。いや、椅子のことなど意識できないほどに、驚いている。
『……無理もないか……』
と、荒野は思う。
荒野にしてからが、「佐久間の実物」を実際に眼にしたのは、この土地で暮らしはじめてからだ。
源吉を皮切りに、一度、出合いはじめると、現象、静寂、と、立て続けにさらに二人の「佐久間」と顔を合わせることになったが……一般的に「佐久間」は、一族内での影響力が巨大な割に、実態の判然としない集団で、「佐久間」以外の者が、「佐久間」と直接接触することは、かなり珍しい。
「ここで答え合わせをすることは、止めにしておきましょう……」
当の東雲目白は、周囲の反応を見渡して、にやにやと笑っている。
「……ま……。
姫様が予測した通り、わたしゃ、うちの嬢ちゃんのようなパワーファイターではありませんが、今、この場にいる皆様全員を相手にしても、互角以上にやり合える能力を持っている、と、自負しております。
今朝のように、お嬢ちゃんの火遊びにいちいちつき合わないのは……不用意にわたしが参加すると、こっちに有利になりすぎて、面白くない結果になることがわかりきっているからで……」
東雲のにやにや笑いは、絶対の自信を含んでいるからこその余裕の笑い、とも受け取れ……「茅がいうような可能性も、ありだろうな」と軽く受け止められる荒野はともかく、こうした場の雰囲気に慣れてさえいない、甲府太介などは、緊張で顔からすっかり血の気が引いていた。
酒見姉妹は、時折荒野に目配せをして、荒野の指示を仰ぐような挙動を見せている。荒野の号令一つで、いつでも東雲に襲いかかりますよ……というジェスチャーを、酒見姉妹は、荒野と東雲に、見せつけていた。
荒野自身は……そもそも、東雲とか小埜澪と敵対しなければならない理由がない。
だから、酒見姉妹の「荒野に対する提案」兼「東雲に対する牽制」は、見て見ぬふりを決め込んでスルーした。
「……では、その件については、それまで、ということで……」
……こいつらも、たいがい、血の気が多いよな……と、酒見姉妹のことを思いながら、荒野は、話題を変える。
「……後もう一つ、東雲さんがいう、先代、という人についてですか……これ、おれが茅に解説しちゃっても、いいですか?」
荒野が、東雲に確認する。
東雲は、にやにや笑いを浮かべながら、「どうぞ、どうぞ」と軽く荒野に頷いてみせた。
酒見姉妹と甲府太介は、「東雲=佐久間」説が荒野によって「保留」扱いされた時点で、ほっとしたような残念がっているような、複雑な表情を浮かべながらも、椅子に座り直していた。
「おれも、小埜さんの身元に関して、詳しい話しを聞いているわけではないけどさ……。
先代……それも、二宮の第三位に近い人で、先代、といったら……自ずと、特定の人が思い浮かぶ。
酒見たちも太介も、二宮の縁者だから、それなりに想像がついていると思うし……ついこの間まで海外にいて、国内の術者の消息に詳しくないおれより、詳細な情報を握っていてもおかしくないけど……」
荒野がそう続けると、酒見姉妹と太介は、一様に頷く。
してみると……小埜澪の存在と出自は、少なくとも二宮系の術者の間では、知れ渡っている情報なのかな? と、荒野は思う。
荒野は、ふと、「なら、こいつらに説明させようかな」とも思ったが、すぐに、「まあ、おれが間違ったことをいったら……こいつらが、訂正してくれるだろう」と思い直して、先を続ける。
「……代々の二宮の長は……一種の名誉職で、いわば飾りだ。
二宮の長になる、二宮の頂点に立つ、ということは、一族でもっとも強い者であることが要求されるわけで……その時々で、もっとも強い二宮が務めることになっている。
世襲ではなく、若い挑戦者が、その時々の長に挑戦して、その時の長を破れば、挑戦者が長になって、荒神、という名を受け継ぐ。
東雲さんに、小埜澪の後見を頼んだ先代、というのは……今の荒神の前に、二宮の長をやっていた人のことだと思う……」
「「……その通りなのです……」」
酒見姉妹が、声を揃えて荒野の言葉を首肯した。
荒野自身は、「先代の荒神=二宮の長」には、面識がない。
荒野が物心ついた時には、「現在の荒神」が、すでに「荒神」だった。
そこでまで推測を述べて、荒野は、ある事実に気づいた。
「……でも……先代の荒神って……。
確か、今の荒神の、実の、親父さんだったよな……」
「……左様で……」
東雲目白は、相変わらずにやにや笑いを浮かべながら、荒野の言葉に頷いた。
「つまり、うちの嬢ちゃん……小埜澪は……今の荒神様の、年齢が離れた実の妹、ということになりますな……。
まあ、腹違い、なんですが……。
先代は、そっちの方は、かなりお盛んな方でしたし……」
強い血を残す、ということに執着する二宮の者は、その血が濃くなればなるほど、多くの子を残すことに執着する。必ずしも婚姻関係には拘らないし、性的なモラルは、ほどんどないに等しい。
もちろん、例外もあって、少数派ながら、そうした噂がまるで立たない人物も、いることはいるのだが……。
『……だから、困る……ということも、あるんだけど……』
と、荒野は、「今の荒神」を思い浮かべながら、そう思う。
「今の荒神」は、二宮の頂点に立つ者としては例外的に、異性関係の噂が、まるでない。ストイック……を、通り越して、異常に思えるほど、「今の荒神」の身の回りには、性的な要素が欠落していた。
そのせいか……「今の荒神」は、男色家ではないのか、という噂も、ちらほらと流布している。もっとも噂だけで、異性にせよ同性にせよ、「今の荒神」と性的な関係を持った者は、今までに発見されていないのだが……。
だからこそ、荒野は……「今の荒神」に抱きつかれると、非常に、困る……の、だった。
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つづき]
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