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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(177)

第六章 「血と技」 (177)

「メイドール3」が終わると、床の上にぺたんと座り込んでいた茅は起き出してシンクにむかい、そこに積んであった汚れた食器類を洗いだす。酒見姉妹は、そんな茅をみて慌てて手伝おうとするが、「みんなでやるほどの量でもないから」と、茅に断られる。
「……今ので、いかにお前らが、普段なにもやっていないのか分かるな……」
 と、荒野は酒見姉妹のことを評した。
 おそらく二人は、自分で汚した食器を自分で洗う、という習慣もなかったのだろう。この間いっていた、「食事は外食とコンビニ」というのは、おそらく誇張でもなんでもなかったのだろう。
「……りょ、料理は……」
「……学習中なのです……」
 酒見姉妹は荒野にそう抗弁したが、果てしなくいいわけに近い……と、荒野は思う。
 第一……料理の作り方だけ覚えて、もっと簡単な食器洗い一つ出来ないようでは、日常生活を送る上で支障が多すぎるように思う。
「……若が手ほどきしてやったらどうっすか?」
 そのやりとりをにやにや笑いながら見ていた東雲目白が、からかうような口調で荒野にそういう。
「冗談」
 荒野はにべもなく東雲の提案を拒絶した。
「精神的にも、物理的にも、そんな余裕はありませんよ……」
 荒野のその言葉を聞いて、酒見姉妹が露骨に落胆するのを、甲府太介は興味深い表情で観察していた。
「……さすがは、荒野さん。
 もてるなぁ……」
「……おれの知り合いほどじゃないさ……」
 荒野としては珍しく、この場にいない人物をねたにする。
「それはともかく……太介、それと、酒見たち。
 今日、これから、時間あるか?」
「……わたしたちは……」
「……加納様の御意のままに……」
 酒見姉妹は即答した。
「おれも、今日一日は自由にしていいっていわれてます……」
「……そうか、そうか」
 荒野は満足げに頷いた。
「茅。今日の人手、三名追加な」
「わかったの」
 食器を洗い終えた茅が、手を拭きながら振り返った。
「酒見たち……その格好だと不自由するから、着替えを貸すの……」
 ちょいちょい、と、茅は、酒見姉妹を手招きする。手招きされた酒見姉妹は、顔を見合わせた。
「……着替え、はいいですけど……」
「……一体、何が……」
「これから、総出で雪かきなの」
 茅が、説明する。
「人数は多ければ多いほど、いいの。
 まさか、そのドレス姿で雪かきを……」
「……着替えます……」
「……着替え、お借りします……」
 ほぼ同時に、酒見姉妹はそういった。

「おいおい、若……」
 茅の後を追って酒見姉妹の姿が隣室に消えると、東雲が荒野に尋ねる。
「なんだよ……。
 その……総出で雪かきってのは……」
 東雲の横で、太介もうんうんと頷いている。
「……ええっと、いろいろあって、ボランティアってのをやることになりましてね……」
 荒野は、自分のノートパソコンを引っ張りだしながら、説明しはじめる。具体的なことは、ネットに接続して、アップされている情報を参照しながらするのが早かった。
「……もともと、おれたちの正体がバレてもここに留まれるように、この付近の住人にいい印象を与えようってことで立ち上げたんですが……そう決めた直後に、例の襲撃事件があって……今では、移住組と地域住民を繋ぐための方策、という位置づけに変わっていますね……。
 融和策の一環と考えれば、規模が大きくなっただけで意義自体に変化はない、ともいえますが……」
「……一般人社会に公然と溶け込むための方策……であることには、変わらないわけか……」
 一通り、荒野の説明を聞いた東雲は、複雑な表情で嘆息する。
「ええ。
 基本のコンセプト自体は変化してませんが、周囲の環境自体が急激に変化して、おかげでかなりおかしなことになっています……」
 荒野も頷く。
「……加納の後継ぎが一般人との共存実験をおっぱじめた……って噂は、表面的な部分しか伝えてないな……」
「……噂なんて、そんなもんでしょ……」
 荒野は、肩を竦める。
 いつの間にか、東雲と太介以外に、茅のジャケットとジーンズに着替えた酒見姉妹までもが、真剣な面もちで荒野の説明を聞いていた。
 茅は、自分のノートパソコンを開いて、なにやらタイピングしている。
「……荒野」
 荒野の話しがひと段落した、と思ったのか、茅が顔をあげて荒野に告げた。
「人数に比べて、道具が不足しているの。
 玉木が、商店街とか付近の学校に掛け合って、スコップとかをかき集めているけど……」
「……そっか……」
 荒野も、思わずそんな気の抜けた声をだした。
「……いきなり、だったもんなぁ……。
 徳川の所で、なんか用意できるかな……」
 そういって荒野は、携帯を取り出す。
 徳川の工場には、金属屑や溶接に必要な道具もあるから、多少は用意できるかも知れない。あるいは、相談さえすればもっといい方法を考えてくれるかも知れない。
「……自宅にスコップとかある人は、それを使って自宅の周囲からはじめるようにメールを出したの」
 キーを忙しくたいぷしていた茅が、荒野に告げた。
「……道具より人が多いなら、ブロックごとにわけて人集めて、交代しながらやってもらった方がいいんじゃないか?」
 呼び出し音が鳴っている間に、荒野は茅に向かって、話す。
「……あっ。出た……。
 って、あれ? そっち、徳川君の携帯ですよね?」
 疑問の声を上げたのは、出てきたのが女性の声だったからだ。
『……やだなあ、若。
 わたくし、敷島丁児ですよ……』
 徳川の携帯にでた女性の声が、そう答える。
『……わたくしども、徳川さんの工場をここでの根城にしていますから、その恩返しに、秘書代わりをやらせてもらっています。
 徳川さん、基本的にルーチンな事務仕事、お嫌いですから。おかげさまで喜んで頂いております……』
 性別不詳の人物が、電話を通じて、意味ありげに笑う。
「あいつ……自分の興味がある事以外、全然、無頓着だもんなぁ……」
 荒野は、徳川の性格を思い返して、ため息をついた。
「……まあ、いいや。
 そっちの工場にたむろしている連中で、溶接とか出来るの、何人かいないか?
 それが出来ない奴らは、手が空いていれば、雪かきを手伝って欲しい……」
『……例のボランティアですね。
 わかりました。この土地にいる一族の者に、その旨、通達します』
 徳川の工場に居着いているだけあって、こちらの内情もかなり詳しく知っているらしい。荒野としては、その方がありがたかったが……。
「……なんだ、仁木田さん。
 さっそくこっちに流入してきた連中、組織化しているのか……」
 仁木田の動きは、対応が素早くて、同時に抜け目ない。
『……組織化なんて、そんな大げさなものではないですよ……。
 あちこちから流れてきた寄せ集めですし……。
 ただ、連絡先をまとめておいただけで……だから、こちらの意志を伝えることは出来ますが、それ以上は、保証できませんよ……』
「それでいい。声をかけてくれるだけで十分だ。
 一応、人手だけならこっちも相応に集まりそうなんで……」
『……手よりも道具の方が足りない感じですか……』
 敷島丁児は、それなりに頭が切れるらしい。受け答えが素早く、いちいちしっくりとくる。
「そういうこと。
 徳川に、手伝う気があったら、知恵を借りたいと伝言しておいて……」
『……了解しました。
 一族の関係者には、手伝う気があったら、ボランティアのサイトに登録して、一市民として参加するよう通達します。
 もっとも……今更いうまでもなく、登録している者は多そうですが……』
 荒野が通話を切ると、全員が荒野の顔を見つめていた。
「道具については、どれだけ集まるか分からないけど、できるだけの手配はしておいた」
 荒野はその場にいる全員に向けて、そう告げる。
「あと、一族の者も、すでにかなりボランティアに登録しているそうだ。
 人員の配置やなんかは、茅、任せたからな……」




[つづき]
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