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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(211)

第六章 「血と技」(211)

 マンションに帰ってくると疲れがどっと襲ってきた。
 荒野はソファにどっかりと腰を下ろし、茅はその荒野の膝の上にちょこんと座って背を荒野の胸に預ける。
「茅も疲れた?」
「気疲れなの」
 茅は神妙な声で答える。
「人に指示を与えるのが、あんなに神経を使うものだとは、思わなかったの」
「……あー……」
 荒野は天井に視線を向ける。
「……責任、ってやつだな……。
 他人にやらせるより、自分で動いた方が、精神的には楽かも……」
 荒野の本音だった。
 荒野自身、「他人に指示する」側に立ったのは、この土地に来てからのことであり、「慣れている」という実感が持てるほど、自信を持てないでいる。
 荒野は茅の頭の上に掌を乗せ、軽く撫でた。
「いい子いい子?」
「いい子いい子、だ」
 茅の疑問形に、荒野は真面目な口調で頷いて、茅の頭を撫で続ける。
「ただ……茅は……数量とかデータの処理は強いけど、人間相手の予測というのは、弱いからな……。
 あんま、無理しないでもいいぞ……。
 前線の判断が必要な時は、どんどん、おれとか楓、才賀あたりに回してくれ……」
 孫子は自称「兵法家」であり、古今の戦術、戦略論を読破しているし、楓は楓で、大局的なことはともかく、「現場の判断」レベルについては、十分に信頼できる判断力を持ち合わせている。
 戦闘時の指揮、ということでいえば、その手の教育も受けていなければ、実戦経験にも乏しい茅が、無理に前に出る必要もないのだった。
『……茅の資質だと……』
 一番ぴったり来るのは、決定権を持つ指揮官、というよりは、その指揮官を情報でサポートする参謀役、なんだろうな……とか、荒野は思う。
「……荒野……」
 茅が、小さな声を出した。
「今日、急いで荒野を呼ばなかったの……駄目だった?」
「駄目、というわけではないけど……」
 荒野は、慎重に答える。
「……前にもいった通り、おれを現場に呼んだ方が、もっと手っ取り早く片付いたと思う……」
 いいながらも、荒野は茅の頭を撫で続ける。
「……そう……」
 茅は、頭の上の荒野の手をゆっくりとした動作でどけ、向き直って荒野の胸に抱きついた。
「茅は、荒野のそういうところが、心配……。
 荒野……他人のことばかり優先して、自分のことはいつも後回し……」
「うーん……。
 そう……なのかな?」
 荒野には、自分に茅がいうような傾向がある、という自覚はない。
「おれ……他人でも出来るそうなことは、率先してそいつにやらせているぞ?」
 そこで荒野は、弱々しく抗議してみる。
 事実、荒野は、ここ最近、楓やテン、ガクの後に控えて、成り行きを見守っていることが多い。彼女らの能力を見極めるべく、活躍の場を譲っている、という理由もあったが……荒野が手を抜いている、という見方もできた。
「だから、無理している」
 茅は断定する。
「荒野……いつも、自分がやれば、もっと上手に出来ると思いながら、我慢して手を出さない。
 それって……かえって、ストレスになるの」
 荒野は、しばらく何も言わなかった。
「……読んだ?」
「読まなくても、わかるの」
 茅は、荒野の胸にゆっくりと頬ずりをする。
「茅……荒野のこと、いつも見ているから……」
「……そっか……」
 荒野が返答をするまで、また少し間が空いた。
「確かに、今のような境遇に慣れていない……っていうのは大きいけど……。
 だけど、だからといって……おれの代わりを誰かに押しつけるわけにも、いかないだろう?」
 いざという時に、最悪の事態を回避する……それが不可能であったら、せめても、責任を取る……と、いうことを、この綱渡り的な平穏の中で、いつしか荒野は決意していた。
「……だから……茅も、少しは荒野の荷物を持ちたかったの……」
 荒野はソファの背もたれに背中と頭を預けて、天井に向かって「……そっかぁ……」と、小さく呟く。
 ぐったりとソファにもたれかかった荒野の頭に、茅が掌を置いて、そっと動かした。
「いい子、いい子」
「いや、それはいいから……」
 荒野は苦笑いをする。
 どうも、茅には……荒野が、かなり無理をしているように見えるらしい……と、今更ながらに気づく。
「……それより、茅も、今日は、朝早くからばたばたしてて、疲れただろう?
 明日、学校だし、今夜は早めに寝よう」
「……ん」
 茅は、小さく頷いて、荒野から身を離す。
「お風呂、湧かしてくるの」
 一旦、荒野から離れてバスルームに向かった茅は、風呂に火を入れて洗濯機を動かしてから、すぐに戻ってくて、荒野の上に覆い被さる。
 そして、長々と、口をつけた。
 茅の舌が荒野の口を割り、ゆっくりと口内に入ってくる。茅の唾液が、重力に従って荒野の内部にしたたり落ちた。
 しばらくして口を離すと、茅は荒野の上に覆い被さったまま、ソファの上に膝を置き、荒野の首を自分の胸にかき抱く。
「荒野は……何でも、一人で抱え込まないで、いいの」
 茅は、優しい口調で、そう囁く。
「茅も、他のみんなも、いるの……。
 もっと、みんなを頼っても、いいの……」
 茅にぎゅっと抱きしめられながら、荒野は、
「……そうだね……」
 と、小さく答えた。




[つづき]
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