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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(219)

第六章 「血と技」(219)

 ランニングから帰ってざっとシャワーを浴び、トーストとサラダに玉子料理、といういつもとさして変わらない朝食を平らげて、登校。
 いつもと違うのは、テン、ガク、ノリの三人が、狩野家の玄関前まで見送りに出ていたことだった。
「……昨日、あれから……なんか、あったのか?」
 不審に思った荒野がそう尋ねても、楓は、
「……さ、さぁ……」
 とわざとらしく視線を反らせるだけだっし、孫子は孫子で、
「プライベートな事柄ですので……」
 と短く返答するだけ。
「いわゆる、家庭内の問題だから、部外者には、ちょっと……」
 三人組を代表して、テンはそんな生意気な口をきいた。
「……ちょっと……」
 ……ますます不安になってきた荒野は、香也の腕を引いて、二人してみんなから少し離れた場所に移動する。
「本当に、なんにもなかった?
 あの……あいつらが迷惑をかけているようだったら、遠慮なくおれに相談してもらえれば……」
 などと耳打ちする。
「……んー……」
 しかし、香也の返答は、ますます荒野の気分を落ち着かないものにした。
「……特に、何も……。
 みんな、いい人だし……昨日も、みんなで一緒にお風呂に入っただけで、それ以外のことは、なにも……」
 その朝の通学時、荒野は「お隣の家庭の事情」に想像を逞しくし、しかし、まさか朝の往来で荒野が想像しているような内容を誰彼構わず相談するわけにもいかず、一人、悶々としながら登校した。

「……あっ!」
 楓が、校門前にできた人だかりを眼にして、小さく叫んだ。
「また、持ち物検査、です……」
 前回の検査では、楓も大量の武装を没収されていた。
「もうバレンタインだし……今年は、今回の最後でしょう」
 飯島舞花がそう付け加えた。
「お前、まさか……また、やばいブツ持ってきているんじゃないだろうな?」
 荒野は念のため、楓に確認する。
「……流石に、それはないですけど……」
 楓は、軽く首を振った。
「でも……何にも持たないで出歩く、というのも、それなりに不安で……。
 それに……もし本当に、何かがあった時……丸腰だと、やれることに限りがありますし……」
 昨日、小埜澪との接触時に、冷や汗をかいたことは、楓にとっても鮮明な記憶であった。
「そう……だな……」
 少し考えてから、楓の言葉に、荒野は軽く頷いて見せた。
「そのことについては、後で具体的に検討してみよう……」
 いつ、どこで、どのような襲撃が行われるのか、まるで予測がつかない現状では……できる限りの準備を怠らないでおこう……と、荒野は考える。
 徳川に相談すれば、携帯しても怪しまれない形のものを考案してくれるかも知れないし……普段、持ち歩くのが無理なら……学校内の目立たない場所にキープしておく、という手もある。
 とにかく、有事の際、楓をはじめたした手持ちの戦力が、全力で事にあたることができる体勢を作る……ところまでは、荒野自身の仕事だ……と、改めて、そう思った。
「それから、楓。
 ……あと……別の件で、話しておきたいことがあるんだけど……。
 そう、だな……。
 昼休み、人気のない場所……そうだ。
 樋口……と、それに香也君、か。
 美術室の、あの……準備室、っていったのか。
 あそこ、昼休みに借りられるかな?」
 荒野にしてみれば、「狩野家の人間関係」についても無関心ではいられないわけで……本当に、「何にもない」のなら、それに越したことはないのだが……そういう判断は、詳しい事情を楓の口から確認してから、下すべきだろう。
 もちろん、その場には茅も、同席させるつもりだった。
「……昼休み、は……予鈴が鳴るまでは、先生も生徒も、誰もいないと思うから、大丈夫だと思うけど……」
 樋口明日樹は、考えながら、そう答えた。
「……確かに、鍵は借りられると思うけど……。
 変なこと、しないでよ……」
 一応、「美術部長」の肩書きを持つ明日樹は、荒野にそう答えた。
「そんな、へんなことは、しないよ……」
 荒野は苦笑いしながら、首を振った。
「ただ、ちょっと……内緒の話しをしたいだけだ……」
 昼休み、荒野は楓の口から、荒野が予測したのとは違った意味での「他人の耳には入れられない」情報を耳にすることになるのだが……この時点では、もちろん、予想できるわけもない。

 荒野と同じクラスである樋口明日樹は、教室に入るなり、コートを片づけ、自分の机の上に教科書を開きはじめる。真面目な性格である、ということの他に、明日樹は、荒野たちが走り回っていたこの週末も含めて、本格的に「受験の準備」を開始していた。
「……遊んでいて、いい成績がとれるほど頭良くないし……だとしたら、地道に時間をかける他、ないじゃない……」
 とは、本人の弁だった。
 面白味はない考え方であったが、地道で常識的な思考でもある。そんなわけで、二年の三学期も残り僅かになったこの時期、明日樹は寸暇を惜しんで受験勉強に勤しんでいた。
 荒野たちが駆けずり回っていたこの週末も、ずっと家に籠もって勉強していたそうだ。
「……おれも……そっちのことも、考えなくっちゃな……」
 と、荒野は思った。
 茅やテンほど極端な記憶力に恵まれているわけではないが、荒野だって、それなりの記憶力を持っている。
 無理のないカリキュラムを組んで、それを地道に消化していけば、なんとかなるとは思うが……。
『……あいつらだって、受かっているんだから……』
 荒野は、酒見姉妹の顔を思い浮かべる。
 あの二人は……あれで、佐久間先輩と同じ難関校を、実力で突破している、という話だった。
 あの二人が通った受験を、荒野が失敗したりしたら……それこそ、この土地に流れてきた一族の中で、いい噂話のタネを提供してしまう……。
『ここは、ひとつ……』
 意地でも、通ってやるからな……と、荒野は決意を固めた。
「……そういや……」
 荒野は、孫子の方に顔を向けて、尋ねた。
「才賀は、大丈夫なのか?
 いろいろ、忙しいみたいだけど……」
 ここ最近の孫子は、起業準備とかで忙しく飛び回っている。
 実際のその会社とやらが動き出したら、その時なりに、仕事は増えるだろうし……。
「想定の範囲内です」
 孫子は、毅然とした態度で即答した。
「その程度のマルチタスクをこなせなければ、才賀の事績を継ぐことはできません……」
 将来に備えて、スケジュールの調整や自己管理などもみっちりと仕込まれている……ということだった。
 孫子の実家である才賀衆は、現代では「表の顔」の方が、もう一つの顔よりよっぽど広く知られている。孫子も、才賀グループの次代を牽引する人材の一人として、英才教育を受けてきた口なのだろう……と、荒野は思った。
『……そこいくと……』
 荒野は、自分の手を見つめる。
 一族の資質は……どう考えても、「一般人社会」の中では、無用の長物だよな……。
 とか、荒野は思う。
「優れた身体能力」とか「体術」など……見せ物になるか、無用に一般人の不信感を煽るぐらいにしか、役に立たない。
 戦闘能力はいうに及ばず、潜入、潜伏、ストーキング、流言飛語を利用した大衆操作なども……どう考えても、堂々と他人に誇れる類の「特技」では、ない。
『こうしてみると……一族って……ツブシが、効かなねーなぁ……』
 などと、荒野は思った。





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