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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(221)

第六章 「血と技」(221)

「……大丈夫、ねぇ……」
 荒野はため息をついた。
 楓は……どうおいう状態をもって、「大丈夫」と見なしているのだろうか? 日常的に同居人たちによる逆レイプの危険にされている香也の現状は、荒野の目には、とても「大丈夫」とは見えないのだが……。
「まあ、いいたいことは、なんとなく想像つくけど……。
 ……でもな……楓。
 よーく、想像してみてくれ。
 おれたちが来る前も、香也君は、それなりに……というか、今よりもずっと平穏に、何不自由なく暮らしてきていたわけだ」
 荒野は、ここで一旦言葉を切り、楓が「それ以前の香也」の生活を想像する時間を与えた。
 それから、楓の目をまっすぐにみて、切り出す。
「こういっちゃあ、なんだけど……おれたちが来る前の状態っていうのが……香也君にとっては、一番……大丈夫な状態だったんじゃないのか?」
 荒野も以前から、時折、考えていたことだった。
 香也は……今まで見聞してきた事物を総合して考えると……少しづつ、ではあるが、着実に変わってきていっている。ごくゆっくりとしたペースではあるが、まず、真理や羽生、それから、樋口明日樹、と……徐々に心を開いた人間は、増えているのだ。
 荒野は、荒野や楓たちが姿を現さなくとも、あと数年もすれば、香也は多少風変わりではあっても、どこにでもいる普通の青年に成長したのではないか……と、想像することもあった。
 少なくとも香也の場合、「他人にあまり関心がない」だけであって、極端な人嫌い、というわけでもない。ことが「興味の有無」ということであれば、何かの契機で猛然と香也が「他人」に興味を示す可能性もあった筈で……だから、荒野は、楓が心配するほどには、香也のことを心配していない。
 それよりも、荒野は……例え、その動機が悪意ではなく好意から発しているにせよ、同居人たちによる、香也に対する度重なるセクハラの方を、心配している。
 日本では、女性による男性に対する性犯罪については、何故か話題に昇らないが、人権意識が高い国で、現在の香也のような目にあった人がいたら……下手をすれば、訴訟沙汰にも、なりかねない。
 荒野はゆっくりとした口調で、そんな意味のことを、楓に語った。
 最後に、
「あえて、いうんだが……」
 と前置きした上で、
「香也君にとっては……おれたちが来なかった方が、静かな自分の生活を維持できたんじゃないかな?」
 と、締めくくった。
 楓は真剣な顔をして荒野の話しを聞いていたが、荒野がそれ以上、何もいわないと分かると、
「では、加納様は……香也様にとっては、わたしたちは、いない方が良かった、と……おっしゃるんですか?」
 と、聞き返した。
「そういう問題は……設定すること自体が、無意味だよ。
 現に、おれたちはここにいるわけだし……、考えるだけ無駄というか……」
 荒野は、楓に、そのように答える。
 荒野は基本的にリアリストであり、「仮定の問題」を、本気で考えられる性質でない。
「それよりも、現在の、ここの地点からどうすれば、彼と……彼にとっていい環境を整えることができるか、何が最善の選択なのか、ということを……もっとよく、考えてみるべきではないかな?」
 ……そもそも、人間関係に、「模範解答」はないのではないか? と、荒野は思う。そこにあるのは、しがらみと妥協の末に到達する怠惰な結果論の世界。当事者が「よりよく」と思い、あがきまくって、その結果、なおさら、事態がややこしくこじれまくることさえ、別に珍しいことではない。
 人間同士の関係も国同士の関係も、その辺は大して代わりはないだろう……と、いくつかの泥沼をかいくぐってきた荒野は、そう思う。
 いや。
 荒野のこれまでの経験からいえば、個人の思惑や理想論が大勢に良い影響を与えた例をあまり知らず、逆に、拗らせた例の方は、際限なくみてきている。
 だから、楓の「香也をなんとかしよう」という気持ち自体を否定するつもりはないのだが……その楓の純粋さを、荒野はかえって危ぶんでしまう。
「香也様にとって……最善の、選択……ですか……」
 荒野の内心はともかく、多少は、荒野の言葉に感じるところがあったのか、楓は真剣な顔をして考え込みはじめた。
 しばらくして顔をあげ、楓は、再び荒野をみる。
「……でも……今の香也様の状態って、……やっぱり、健全とは、思えません……」
「うん。
 楓が、香也君のことを心配しているのは、よくわかった」
 荒野は、楓の言葉に、頷く。
「だけど……彼の問題を、楓、お前が背負い込む必要が、あるのか?
 それと……健全、ってことだけど……おれやお前が、何がノーマルで何がアブノーマルなのか……判断する資格が、あると思うのか?」
 荒野にそういわれて……楓は、室内にいる、荒野、茅、玉木の顔を、順番に見回す。
 ……確かに……いわれてみれば、この中には、あまり「ノーマルな」人は、いない……。
「……玉木さんは、香也様のことをどう思いますかっ!」
 そして、この中では一番、「ノーマル」なパーソナリティである玉木に向かって、勢い込んで尋ねた。
「……ええっ! わたしっ?」
 玉木は、楓の気迫に飲まれて背を反らした。
「そうくるかぁ……。
 ええっと、ねぇ……一年の、狩野君のこったよね……何故か、一部でモテモテの……。
 っていったも、わたし、あの子のこと、よく知らないからなぁ……。
 絵を描いてくれって、頼んだことは、何度かあったけど、用事がなければあんまり話したこととかなかったし……」
 玉木は楓から目線を逸らしてぶつくさいった後、
「……あんまり、お役に立つようなこと、いえないけど……。
 あの子については、物静かな子だなーっとか、絵がうまいなーってことしか、知らない。あの子が他の人としゃべらないことについても……まあ、そういう性格も、ありなんじゃないかなーって……。
 口数が少ないっていっても、根暗な感じではないし、必要なことはちゃんとしゃべってくれるし……。
 他人とまともにコミニケーションがとらないのなら、問題だけど……彼の場合は、そういうわけでも、ないし……
 あんまり心配する必要はないんじゃないかなぁー、って……」




[つづき]
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