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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(222)

第六章 「血と技」(222)

「……うーん……」
 玉木は一度、言葉を切って考え込んだ。
「あの……こういうこというの、なんだけど……。
 その、彼、香也君、さ……。
 そんなに、特別な子なんかなぁ……。
 いや、楓ちゃんとか才賀さんがどうこういうんじゃなくって、誰が誰を好きでも、それはどうでもいいんだけど、でも……。
 あの子、わたしなんかからみれば、かなり普通の……いや、どちらかというと普通よりももっと地味で目立たないくらいの子でさぁ……。
 少なくとも、そんな……腫れ物か壊れ物に触るような態度で接しなくとも、とは、思っちゃうんだよねー……」
 もっと、こう……普通に、ざっくばらんにつき合えないもんかなぁ……と、玉木は呟く。
「……あのー……。
 同級生でも、そうだけど……楓ちゃんなんか、一緒の家に住んでいる……家族同然の存在なわけなんでしょ?
 だったら、もっと……面倒くさい事はあんま考えず、自然体っつぅか、もっと気軽に、フランクに接していても、いいんじゃないかなぁ……って……」
「……ふ、ふらんく、ですか……」
 楓は、玉木にそんなことをいわれるのがかなり意外だったらしく、目を白黒させている。
「……そー、そー……」
 玉木はガクガクとかぶりを振った。
「君たちは、どう見ているかは、わからないけど……あれは、多少のことでは動じないっていうか、太い、っていうか、器が大きいっていうか……。
 どにかく、君たちの話しの中の彼の像と、自分の目で普段、みている彼の実物っていうのが……なんか、びみょーにズレているんだよねー……わたしにいわせると……」
 玉木は腕組みをして、うんうんと一人頷いている。
「……そういや……」
 荒野も、玉木の言葉に頷いた。
「彼だけではないけど……あの家の人たちは、たいていのことは、呑み込んじゃうな……。
 大して動揺も、みせず……」
 ……そーでしょ、そーでしょ……と、玉木も頷き返した。
「……だいたい、だね。
 君とかっ!(と、玉木は楓を指さした) 才賀さんとかっ! あの三人とかっ!
 その中の誰か一人にでも言い寄られたりしたら……うちの学校の男子なら、普通に舞い上がって、あっという間にのぼせ上がっちゃうよ……。
 それ、平然と受け流して……さっきの話しだと、体を差し出されても、我慢でいなくなるぎりぎりまで辞退するって……。
 それで……結局は、誰とも靡いてない、って……。
 よっぽど意志が強いか、欲望が薄いのか……。
 ともかく、本当に弱くて壊れやすい男の子は、強固に抵抗し続ける、ってそんな選択……できないと、思うけど……。
 だって、適当な所で手を打って誰かとくっついちゃえば、才色兼備の恋人と一つ屋根の下でいつでもうはうはっ! な、状態なんだよ、今の彼。
 それを、自分の意志で拒否し続ける、っていったら……彼の根性、っつうか、精神力、むしろ、並以上なんじゃないか?」
 長々と説明した後、玉木はチラリと荒野の方をみた。
「いや、まあ……。
 わたしは、男子のムラムラなんて、実の所、よくわからないんだけどさぁ……。
 聞くところによると、すごいんでしょ?」
「……なんでそこでおれの顔をみる……」
 荒野は半眼で玉木を見返した。
「なんでって……ここに男子、おにーさんしかいないし……って、あっ、そうかぁっ!
 カッコいいおにーさんは、もうムラムラ解消する相手、いたっけかっ!」
 玉木はわざとらしく大声を上げた。
「昨夜は、じっくりと時間をかけた前戯の後、激しいのを三回……」
 突如、それまで何もいわずに聞く方に回っていた茅が口を開くと、玉木の方が慌てはじめた。
「茅は毎日でもして欲しいけど、そういうのは普段の態度にまで影響を与えるから、平日は控えるようにいわれているの」
「わっ! たっ! たっ!」
 と、玉木は目前の何もない空間で無意味に手を踊らせる。
「眉一つ動かさず、そういうのろけを真っ正面からしますかぁ、この子はぁっ!」
 玉木のオーバーアクションは、明らかに「照れ隠し」であり、顔が真っ赤だった。
「ここには、事情を知っている人しかいないから、問題ないの」
 茅は、やはりポーカーフェイスを崩さずに続ける。
「他の場所では、こんなことはいなわないの。
 それに、荒野だけが例外ではなく、堺雅史や栗田精一の例からいっても、同年輩の性的な欲求は、平均的に、それなりに激しいものと推察される。
 そうする機会がふんだんにあたえられているのにも関わらず、自分からは求めない絵描きの方が……やはり、例外的だと思うの」
 理路整然と茅に説明され、玉木は、毒気の抜かれた表情で、
「……はぁ。
 そうっすか……」
 と返答し、がくりとうなだれた。
「欲求うんうんは、ともかく……」
 荒野が、咳払いを一つしてから、しきり直す。
「彼の内面が、見かけ以上に強い……という意見には、賛同したいな。
 それに……楓は、彼が、他人との接触を恐れているように感じているようだが……その見方には、おれ、かなり違和感を感じている……」
 ……だって、彼……あんなに、一生懸命、絵を描き続けているじゃないか……と、荒野は続けた。
「おれ……アートとか、そっち方面は、どちらかといえば疎い方なんだけど……。
 それでも、彼の、絵に賭ける情熱が並じゃあないことくらいは、わかるよ……。
 何か、誰かに伝えたいことがなければ……あんなに何年もの間、一生懸命には、なれないんじゃないか?」
 楓は……どうやら、香也のことを、「他人との接触を忌避する、ダメージに弱い人格」と規定しているようだが……それは、荒野の見方とは、異なる。
 荒野は、むしろ香也は……内部に、他人にぶつけたい想いを膨大に抱え込んでいる、そして、その想いを表現する術を、何年かがかりでずっと探り続けている、強靱な人格なのではないか……とか、思いはじめている。
 相手が誰であれ、対面しての会話には、確かにあまり関心はないようだが……そのかわり、あれだけ多大な時間を費やして絵を描いている、ということは、いいかえれば、不特定多数の、未知の人々に何かしら伝えたいメッセージなりヴィジョンなりが、あるからではないのか……という「仮説」を、荒野は披露した。
「……本人は、技術だけ、みたいな言い方をしているけどさ……」
 荒野は、誰もいないプレハブの中で、香也の絵をはじめて見たときの印象を思い出しながら、語る。
「……あれは……今でも、小手先だけ、なんてレベルのもんじゃあ、ないと思う……。
 本人が習作だ、っていっているのでも、あれだけ迫ってくるものがあったし……。
 なあ、玉木。
 それとも、彼だけが特別ってことはなくて……日本の学生は、あれだけ絵を描けるやつが、そこいらにごろごろいたりするの?」
「……まっさかぁ……」
 玉木は、顔の前で平手を振った。
「マンガとかイラスト、うまい人は、それなりにいるけど……デッサンとかの基礎も含めて、きちんとした絵が描ける人って、やはり珍しいと思うよ……。
 それこそ、数万人に一人とか、数十万に一人って割合でしょう。
 ああいうの、楽器の演奏とかクラシック・バレイとか同じく、才能やセンスだけでなく、かなり長い時間をかけないと身に付かない技術でさ……。
 彼本人がどう認識し、どう名乗ろうが……客観的にみて、あの年齢であそこまで描ける人、そんなに多くないっす。
 裏返していうと……そんだけ、膨大な時間を、絵につぎ込んできたわけね、彼。他のことは、そっちのけで……。
 だから、経験してきていることに、それなりに偏りはあるとは思うんだけど……」
 ……そういうのは、玉木よりは香也と近い関係にある、荒野や楓の方が、よく理解している筈でしょ……といった意味のことを、玉木はいった。
 こうして話してみると……香也という人格は、決して弱くも傷つきやすいわけでもなく、多少の偏重がみられるだけ……というのが、玉木と荒野に共通する観測だった。
 それだけ、一つのことに打ち込み続けられるのだから、むしろ、人格の根底に強靱な部分を秘めている、と。




[つづき]
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