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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(223)

第六章 「血と技」(223)

「……例えば、さぁ……。
 去年の一学期……連休あけて、少しした頃、かな? まだ六月には、なっていなかったと思うけど……。
 わたし、たまたま、彼を、何度か見かけたんだけど……」
 玉木が続けるのを、荒野が遮った。
「彼って……香也君のことか?」
「そう、彼」
 玉木が頷く。
「その頃は、まだ名前も知らなかったけど……。
 うち、駅の近くだから……同じ年頃の子が、平日の朝とかに駅に向かってくと……顔、覚えるよね……」
 玉木の話しによると、「平日の朝早く、バックパックを背負った香也が、出勤客に混じって駅の方に向かう」所と、「数日後、かなり汚れた同じ服を着た、すっかり日焼けした香也が、商店街を通り抜けた」所を、玉木は目撃している。
 その頃は、香也が不登校気味だった時期だから……つじつまは、合うか……と、その話しを聞いた荒野は思った。
「……で、それからしばらくして、樋口のあすきーちゃんが、彼を美術部にひっぱってきて、そこでわたしは、はじめて彼の名前を知るわけだけどさぁ……。
 なんというか、ね。
 あすきーちゃん経由で彼のこと、知る前に……学校フケけて、自分一人でぽーんとどこかに放浪してくる子、ってイメージあったから……あんなひょりょひょろでも、逞しいところがあるんだなぁって、思ってたけど……」
 玉木が披露した思いがけぬエピソードに、荒野と楓が顔を見合わせる。
「……そういうの……知ってた?」
 荒野が確認すると、楓は、
「……いいえ……」
 と、一度首を振りかけ、それから、
「……あっ。でも……。
 真理さんが、前に一度……チラリと、うちの男たちは、ほっとくとすぐ、どこかに飛んでいっちゃうから…とか、何かの拍子に、そんな言い方をしたことがあったような……」
 と、以前、真理から聞いた話しを思い出す。
「……何となく、聞き流して、忘れかけてましたけど……」
「……いや、いわれてみれば……あの家、キャンプとかアウトドア用品、多いよな……香也君のスケッチも、ほとんど、風景画だったし……」
 荒野も、記憶の中から関連した事柄を引っ張りだしてくる。
「ただの風景画、ではなく……」
 茅も、口を挟む。
「プレハブの中にあったものは……山とか海とか……ここから数十キロ以上、離れた場所のスケッチが、九割以上を占めるの。
 この近辺の風景は、意外と少ない……」
「……同じ、不登校でも、さ……」
 玉木が、頷きながら、先を続けた。
「まず……学校に来るよりも、やりたいことがあってそっちを優先させているのと、特にやりたいことはないけど、なんとなくさぼっている、っていうのは、違うよね。後のは単なるダウナー系だけど、彼みたいな人たちは、ずっとポジティブに動いているわけだし……。
 それに、同じ絵を描くためにサボるのでも、一日中、家に籠もって絵を描いているのと、外に出て……それこそ、何日も一人で泊まり歩いてスケッチ旅行してくるとでは……かなり、イメージが違ってくるよね……。
 わたしが女子だからってわけではなく……保護者も同伴も抜きで、ひょいと、おそらくは、何の伝手もない場所を、何日も外泊する子、って……そういうことができる子って、そんなにいないと思うけど……。
 プチ家出とかで、近所の友達の家を泊まり歩いているのとは、わけが違うんだから……。
 彼と同学年の……いや、学校中の生徒、全部合わせても……同じ事してみろっていって、すっとやっちゃえる人、ほとんどいないんじゃないかな?」
 そんな場面を目撃したりしていたので、玉木の香也に対するイメージは、「みかけによらず、逞しい子」、というものであり……楓や荒野が語る人物像とは、かなりの「ズレ」がある。
「……スポーツができるとか、勉強ができるとかいう、分かりやすい強さじゃないけど……。
 彼、君たちに心配されるほどには、ヤワな人では、ないんとちゃう?」
 荒野や楓が返事をする前に、午後の授業の開始を告げる、予鈴のチャイムが鳴る。
「……玉木。
 情報提供に感謝する。
 楓。
 続き……詳しい話しは、また別の機会にな……」
 荒野は早口でそういって、席を立った。
 他の面子も、各自の教室に帰るために立ち上がる。

「……人のこと……あんまり、分かった気にならない方が、いいよ……」
 美術室の前で別れ際に、玉木は荒野に向かい、そんなことをいった。
「特に、身近な、近すぎる人ほど……特定の面しか目に入らないで、全体像がみえなくなるってこと、よくあるから……」
「……気をつける……」
 玉木の言葉に荒野は素直に頷き、自分の教室へと急いだ。

 午後の授業中、荒野は、昼休みに玉木にいわれたことを反芻する。
 確かに……自分は、楓や孫子も含め、自分たちは、実の所、香也のことなど何一つ、理解していないのではないか?
 などと、考え込んでしまった。
 この土地に来るまで、荒野とつきあいのあった人間は、おおよそ二種類に分類される。
 荒野と同じ世界……とは、つまるところ、一族と同じ世界、ということになるわけだが……の住人と、それ以外の、一般人。
 前者には、利害関係を前提として相手に接する態度を選択する、いいかえれば、ビジネスライクに接していれば良かったし、後者の一般人と接触する時は、例外なく任務に従事していたときだったので、その時々に与えられたパーソナリティを演じきるだけでよかった。
 だから、荒野は、今までに対人関係で悩んだことがない。
 あらかじめ、他人に教えられた通りのメソッドを忠実に実行するだけでいいのだから、荒野自身は、何も考える必要がなかった。
 しかし、ここでは……荒野は、荒野自身として、対面する人々、一人一人に対する態度を決しなければならない。
 一般人にとっては、それがごく当たり前のことなのだろうが……。
『……面倒といえば、やはり面倒だな……』
 と、荒野は思う。
 何しろ……人間一人を理解する、というのは、かなり難しい。
 年齢や社会的地位などの「役割」だけで機械的に判断する方が、よっぽど気が楽なのだが……対等の友人同士、となるど、そうした機械的な態度もとれない。目前の一人一人に対して、目の前の人物の人となりや性格、価値観などを類推し、自分の態度を決定づけなければ、ならない……。
 ……などということを考えているうちに、荒野は目眩を感じてきた。
 そして、ぐるりと教室内の生徒たちを見渡す。
 この一般人たちは……全員、そんな面倒くさい事を、しているのか?
『……なるほど……』
 荒野は、かなり腑に落ちる感覚を味わった。
 これは……実際に社会にでる前に、若年者を一カ所に集めて集団生活を体験させる施設……すなわち、学校……が、必要となるわけだ、と。
 荒野は、一般人社会の複雑さや多様さについては、相応の知識を持っている。
 あんな複雑怪奇な「社会」にいきなり放り出されるよりは……あらかじめ、そのミニチュアで予行練習をして置いた方が、なにかと耐性は修養できるだろう。
 以前、大清水先生もいっていたことだが……学校の役割は、学科の勉強を学習するだけにとどまらず、生徒たちに社会性を身につけさせる、というのも重要な役割で……だから、一見無意味な規則も生徒たちに強要するし、そこそこ抑圧的な性格も、本質的な部分に、秘めているのだろう。
 こうして、よくよく考えてみると……。
 と、荒野は、思う。
 普段、通っている学校という施設も、なかなかに不思議な場所だという気がしてきた……。
 そう思っている荒野自身が、一生徒として通っているという事実にも……荒野は、未だに、なじめずにいるのだが。




[つづき]
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