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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(224)

第六章 「血と技」(224)

「……業者の試験、来週……」
 放課後、クラスメイト経由でその情報を耳に入れた荒野は、小さく呟く。
「そう。
 あれ、一月に一度、やることになっているから
……」
 飯島舞花が、もっともらしい顔をして頷く。
「定期試験と違って、成績には直接、反映しないらしいけど……。
 偏差値はそっちの結果で集計するからなぁ……」
「……勉強、しなけりゃな……」
 荒野も、舞花に頷き返す。
 荒野の成績は、取り立てて悪いわけではない。科目によりバラツキがあるが、中の下から中の上をさまよっている感じだ。
 しかし、荒野たちが二年生でいられる期間も、残り少ない、この時期は……樋口明日樹がそうしているように、本気で受験に取り組みはじめる生徒が多くなる時期でもある。
「偏差値」とは文字通り、試験を受けた全生徒の成績を偏差として集計したものだから、仮に、同じ点数を取ったとしても、他の生徒たちの点数の方が底上げされていれば、それだけ低くなる。
「……今日は、直帰して勉強しよう……」
 誰にともなく、そう呟く荒野だった。
 自称、「いつまでも場慣れしない学生」である所の荒野も、本人が自覚している以上に順応している。
 何しろ、いつどんな事件が起こるのか、予測がつかない。そして荒野は、何事か起きれば、真っ先に駆けつけなければならない境遇だった。
 だから、学校の勉強もできる時に、できるだけやっておくに限る……。
 ……などということを思いながら、荒野は帰り支度をしはじめた。
「……参考書かノート、お貸ししましょうか?」
 いつの間にか荒野の背後に近づいていた孫子も、意味ありげな笑顔を浮かべて、そう声をかけてきた。
「……遠慮しとく。
 できる限り、自力でやっときたい……」
 孫子に借りを作りたくない荒野は、ぶっきらぼうな口調でそう答える。
 荒野が勉強関係で、本当に手助けが必要な時は、茅とか佐久間先輩を頼るだろう。
 なに。
 孫子の方も、純粋に好意でいってくれているわけではなく、今まで何かと世話をかけている荒野に恩を売って、少しでも精神的な優位を保ちたいだけなのだ……と、荒野は予想する。

 掃除当番も部活もない日だったので、ちゃっちゃと帰り支度を済ませて帰路につく。
 この日は、今のところ、これといったトラブルも起こらず、平穏に推移している。
 この平和がいつまでも続くように、と祈りながら家路を急いでいると、途中の商店街はずれ、つまり、例の、マンドゴドラの前あたりで、荒野は、とんでもないものを見つけてしまった。
「……何やっているんだ、お前ら……」
 まさか、無視して通過するわけにもいかず……いや、仮に、何もいわずに通過したとしたら、向こうからユニゾンで声をかけられ、かえって目立つ結果になったろう……荒野は、仕方はなしに酒見姉妹に向かって、声をかける。
「「……あっ。
 荒野様……」」
 酒見姉妹は、同時に振り返って荒野の姿を確認した。
「「……みての通り、ビラ配りのバイトです……。
 学校に行きながらでもできる、時間の融通が利くバイトを、才賀さんが紹介してくださいまして……」」
 そういいながら、双子が差し出してきたチラシを、荒野は受け取る。
 案の定、「登録制スタッフ募集!」うんうんとか印字してある、孫子の会社のチラシだった。
「……お前らが、どんなバイトをしようが、干渉するつもりはないけどな……」
 そういう荒野は、かなりうろんな目つきになっていた。
「……お前らのその服は……いったい、何なんだ?」
「「……似合いませんか?」」
 二人は、声を揃えて首を傾げた。
「似合う、似合わないはともかく……町中で着る服では、ないだろう……それ……」
「「……これ……茅様と、お揃いですが……」」
 そのことにも……茅につき合って、毎週のようにあの番組をみている荒野は気づいていた。
 二人が着ているのは、デザイン的には茅のと同一、ただし、色違いで……。
「……あの番組、来週で最終回だぞ……」
 二人が着ているのは、赤と黄色を基調とした、けばけばしい色調のメイド服で……今の荒野には、それぞれ、「メイドレッド」と「メイドイエロー」が変身する前のコスチュームだということが、判別できるようになっている。
「「……番組は、どうでもいいのですが……」」
 酒見姉妹は、ユニゾンで答えた。
「「……茅様に教えてもらったお店に、この色しか残っていませんでしたので……」」
 ……どうやら、茅から、あのマニアックな店の所在を聞き出して、わざわざ買いにいったらしい……。
「いや……。
 どんなに目立つ格好するのも、お前らの自由だけどな……。
 茅が下校する時は、迎えにいってやってくれよ……」
「「……それは、もう……」」
 双子が、荒野の言葉に頷く。
「「……それに、目立つ服装をした方が、チラシを効率よく受け取ってもらえる、とアドバイスしてくれたのは、才賀さんで……」」
「ああ……そう」
 荒野は、「あいつ自身の、経験から出たアドバイスかな?」とか思いつつ、かなり投げやりな返答をした。
 孫子は、年末にチラシ配りのバイトをしていたことがある。
「まあ……適当に、がんばれや……」
 そういって荒野は、酒見姉妹と別れた。
 ……あいつらはあいつらなりに、この環境に適合しようとしているんだな……と。
 商店街で買い物をしていくことも考えたが、冷蔵庫の中身を思い返すと、昨夜の夕食を狩野家でご馳走になったおかげで、食材には余裕がある。あまり余らせても、材料が痛むだけなので、この日は買い物をせず、まっすぐに帰ることにした。

 マンションに到着する前に、携帯の着信音が鳴った。
 液晶を確認すると、登録していない、見慣れない番号で、訝しく思いながら出てみると……。
『もしもし?
 ……荒野さんっすか?』
 何のことはない。
 甲府太介だった。
「そうだけど……何か、あったか?」
 荒野は即座に表情を引き締める。
『いえ、特に、ないですけど……』
 太介は、声に少し焦りを滲ませて返答した。
『だた、自分用の携帯がゲットできたんで、番号を教えておきたかったのと……。
 それから、おれがお世話になっている家の人たちが、今日か明日あたり、ご挨拶に行きたいっていうんで、そちらの都合をお聞きしたくて……』
 太介の話しだと、向こうの家の人が気を効かせて、太介用のプリペイド携帯を都合してくれたらしい。
 荒野は少し考えて、「例によって、急用ができなければ」という条件をつけた上で、「……今日の夜、の方が、いいな……」と返答した。
 太介は、すぐさま、
『……それでは、今夜八時過ぎにお邪魔しても、いいですか?』
 と、時刻を指定してくる。
 おそらく、「向こうさん」が気を効かせて、荒野たちが食事などを済ませていて、しかし、寝るには早すぎる時間を、指定して来たのだろう。
 また、荒野のマンションに訪れる側にとっても、夜間に忙しい仕事でなければ、そのくらいの時間の方が、都合がいいはずだった。
 荒野は歩きながら、太介と二、三、簡単な連絡を済ませてから帰宅した。




[つづき]
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