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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(225)

第六章 「血と技」(225)

 マンションに戻った荒野は、制服を着替え、ノートや教科書、筆記用具などをダイニングのテーブルに持ち出し、茅に「今夜、甲府太介が世話になっている家の人たちが挨拶に来る」旨をメールで打ち、自分用のコーヒーをいれはじめる。
 茅が帰宅するまでまだ間があり、その間に自分の勉強を少しでも進めておきたかった。今日のように、「何も起きない一日」というのは、最近の荒野にとってはとても貴重であり、この静かな時間を無駄にしたくはなかった。
 実際にこうして、コーヒーの入ったマグカップを片手に、課題や授業の復習などをしてみると、思いの外、はかどるし、内容が頭に入る。
 これは、荒野が「真面目である」、とか、「勉強が好きである」、ということよりも、ひとりで集中して何かをやる、という時間を最近、まるで持てないでいたことから来る反動も、あった。もともと、荒野は、短時間に大量の情報を頭にたたき込む訓練は受けているわけだし、時間と精神的余裕さえあれば、教科書の内容を丸暗記すること自体は、さほど苦痛ではなかった。
 当初、予備知識が乏しかったため、荒野が苦手としていた古文や日本史などの科目も、この国に来てから疑問に思ったことを解決するための知識を得る教科として認識してからは、かなり興味が出てきている。
 特に、「外来の文物を吸収したり選択したりする」ストーリーとしてこれらの教科を履修すると、ユーラシアの東の外れに位置するこの列島の、地政学的な意味を知識としてあらかじめ知っている荒野であればこそ、頷ける点が多く、現代日本の文化や言語などにも直結している科目でもあり、このごろでは、荒野自身が、これらの科目に対して、かなり強い興味を持ちはじめていた。
 この国が、この国になっていく課程は、面白い……。
 そう、一族、という特殊な出自を持ち、それまでの生涯のほとんどを海外で過ごしてきた荒野は、思う。
 原住民と、複数の経路から断続的に流れ込んだ異民族が混合し、列島という、比較的閉鎖的な環境下で積んできた歴史は、なるほど、「一族」という特殊な集団を育み、現在に至るまで存続させていただけの要件を満たしている……と。

 すっかり日が暮れてから、茅は酒見姉妹を伴って帰宅した。
 酒見姉妹は、例によってマンドゴドラのロゴが入った箱を抱えている。来客用のお茶請けをメールで頼んでおいたのは荒野だが、箱の大きさをみると、酒見姉妹もちゃっかりと自分たちの分を確保しておいたのだろう。
 荒野は勉強道具をしまいながら、茅と簡単な情報交換を行う。少しでも離れている時間があれば、その間の出来事を伝え合うのが、この頃には二人の習慣になっていた。安全保障、という意味が強いのだが、それ以外にも、共通の友人の動向について話し合うのが、日課となっている。
 茅の話しによると、やはりガクが、香也が帰る時間に合わせて迎えに来たという。
 それ自体は、昼休みに楓に聞いた話しを裏付けるもので、特に不審な点もなかったが……。
「……楓、複雑な表情をしていたろ?」
 荒野は、別室で着替えている茅に、そう尋ねてみる。
「楓よりも、絵描きが……」
 制服をメイド服に着替え、エプロン姿かけながら出てきた茅が、そう答えた。
「……なんか、疲れた表情をしていた……」
 ……だろう、な……と、荒野も納得する。
 不審な顔をしている酒見姉妹に、荒野は昼休みに楓から聞いた、「香也を巡る取り決め」とやらについて、かいつまんで説明する。
 荒野の説明を一通り聞いた後、姉妹は、
「「それ……本当ですか?」」
 と口を揃えて疑問を発した。
「こんなことで、おれや茅が、お前たちに嘘をついて……どういうメリットがある?」
 荒野は、淡々とした口調で念を押した。
 どうやらこの二人にとっては、「狩野香也」という少年は、あまり魅力的ではないらしい。
「なんなら……楓や才賀のヤツあたりに、確認してみるといい。
 あいつらなら、とうとうと彼の魅力を語ってくれるだろうから……」
 荒野の返答を聞くと、酒見姉妹は、「……うーん」と唸って黙り込んでしまった。
「双子は、こっちに来て手を洗うの」
 そんな姉妹に、茅が声をかける。
「今日は、野菜の切り方を教えるの……」
 茅の声を聞くと、酒見姉妹はいそいそと流しの方に歩いていく。
 茅の護衛をして一緒に下校、そのまま、茅に料理の基本を教えて貰いながら、夕食の仕度、それで、ここで夕食を食べてから帰宅……というのが、何もイベントが起きない日の、この姉妹のルーチンとして定着しつつある。二人には茅の護衛とか買い物の荷物持ちとかやって貰っているので、荒野としても文句はいわなかった。
 それにしても……と、荒野は三人のカラフルな背中をみて、思う……この二人、あんなにゴツい山刀は軽々と振り回す癖に、包丁を扱うとなると、途端に危なっかしい手つきになるのは、何故だろう……と。

「……流入組の大半は、学校なり職場なりを見つけ、周囲に不審をもたれることなく、潜入することに成功していまいす……」
「……若干名、無職とか負傷療養中の者もおりますが……。
 こちらには、加納様の息がかかった病院が多く、無職の者も、フリーターとして才賀さんの会社の設立に尽力している次第です……」
 夕食時に、双子の方から自然にそんな話しがでてくる。
 この姉妹も同じ流入組だから、それなりにコネクションがあって、そっちの動向は把握しやすいのだろう、と、荒野は予測する。
 また、学生という立場を崩すつもりがない荒野も、そういう情報を定期的に流してくれる存在があれば、それなりに重宝する、という計算も、もちろんある。二人にとって、荒野に自分たちの利用価値をアピールすることは、意味があることだった。
「……竜齋が、きちゃったからなぁ……。
 これ以上、新種への挑戦は、ないと思うけど……」
 荒野は、念のため、二人に尋ねる。
「そういう動きとか、新しくこっちに来たので、注意が必要なヤツがいたら、それとなくチェックしておいてくれ……」
 竜齋の一件が一応の決着をみたことで、「一族に対する、新種の実力考査」は終わったものと荒野は見ている。
 荒野の言葉を聞くと、酒見姉妹は顔を見合わせて、頷き、
「……流入組の動きと、関連あるのですが……」
「工場の方で、新しい動きが出はじめています。
 いずれ、加納様のお耳にも入ると思いますが……」
 そう、続けた。




[つづき]
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