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彼女はくノ一! 第五話(310)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(310)

 香也たちが登校するために玄関に出た時、今日に限って三人が家の前まで送り出してきた。
「……えっ……とぉ……」
 先に来て待っていた樋口明日樹が、ノリの顔をみて考え込む表情になる。
「……あっ、あっ……。
 ノリちゃんっ!」
「……ええっ! あの、ちっこいのがっ!
 これ……じゃなくって、この人っ!」
 樋口大樹も、姉とミニスカ姿のノリを見比べて、叫ぶ。
「……そーでぇーすっ!」 
 昨日、雪かきにもその後の騒動にも顔を見せなかったこの二人は、帰還したノリと顔を合わせるのはこれが初めてである。
「……なんかまぁ……しばらく会わない間に、ずいぶんと成長しちゃって……」
 明日樹は、目を見開いて呆然としている。
「……んー……うちの大樹より、大きくなっちゃったんじゃない?」
 ノリの頭の高さに平手をかざして、自分の弟と比べてみる。
「……あっ。
 やっぱ、大樹追い越している……」
 もともと大樹は、その名に反してかなり小柄な体格をしている。そして、そのことを本人もかなり気にしている。 
「っるせーな、ねーちゃん……」
 大樹は姉の手を、乱暴な動作ではねのけた。
「お、おれだって、まだまだ、成長期だし……」
「でも、お父さんも小さいよね。
 大樹、お父さん似だし……」
 明日樹が追い打ちをかける。
「……大丈夫だ、樋口……」
 一応、幼い頃からの顔見知りである栗田精一は、ぽん、と大樹の肩に手をかけた。
「……背が小さくても、そういうの気にしない人もいるから……」
「もう相手をみつけているお前にそういわれても、ちっとも嬉しくねぇっ!」
 栗田も、大樹とたいして変わらない身長だった。
「……そうだよっ! 背だせっ!」
 一方、ガクはテンに向かって、早速確認をしていた。
「ガクっ!
 ボク、延びたっ!?」
「……一晩や二晩で、そんなに変化が……」
 と、いいかけ……言葉を途中で止め、テンは、まじまじとガクの顔をみる。
「……延びてる……」
「マジっ?
 やったぁっ! やっぱ牛乳だよ、カルシウムだよっ!」
 ガクは、周辺をぴゅんぴょん飛び跳ねて喜びを表現した。
「……本当か?」
 マンションから出てきたばかりの荒野も、近寄ってきてテンに確認する。
「……うん。
 ほんの、一センチくらい、だけど……」
 テンも狐につままれたような顔をしている。
「……寝ている間に、脊椎も若干、緩んで背筋が伸びるんだけど……その誤差以上に、延びている……。
 って、いうか、ガクの場合、手足が……ちょっとずつ長くなっている。身体各部の比率が、昨日とは微妙に変わってきているから……成長期に入ったのは、確実だと思う……」
「……ノリも、まだ……なんだよな……」
 荒野が、重ねて確認した。
「そう。
 成長は、まだ止まってない……。
 これ、どれくらい続くの?」
 今度は逆に、テンが荒野に聞き返す。
「個人差があるから何ともいえないけど……だいたい、数ヶ月から半年くらい。長い者でも、せいぜい一年前後。
 それくらいの期間でかなり大きくなって、それから後は、ゆっくりになる……。
 でも、おれもそうだったけど、大多数の者は、だいたい三ヶ月程度で終わるな……」
「……そっか……」
 テンが、思案顔で頷いた。
「体の中が……それくらいの期間で、造り変わるんだね、たぶん……。
 その、急激な成長期って……やはり、加納の?」 
「そう。
 加納の特性だ」
 荒野も、テンに頷く。
 二人とも、直接言葉には出さなかったが、ノリとガクが長命種としての特性を引き継いでいる可能性が高い……と、思い、この会話でその可能性を、確認しあっていた。
「……こうなると、テンも時間の問題だな……」
「それは、どうかな?」
 テンは首を捻った。
「ボクらは、試作品だからね。
 全く同じコンセプトで製造されたとも、思わないけど……」

 学生たちが三人に見送られて登校すると、三人はどっと家の中に入り、手分けして手際よく家事を片づけていく。
 三人の少女たちは、この世界の中で、自分たちが異質な存在であることをよく自覚していた。
 そして、ノリが帰還した今、この世界に、異質な自分たちの存在を受け入れさせるための努力をしなければならない、ということも、心得ていた。
「世間の偏見」とか「いつ、無差別攻撃を仕掛けてくるかわからない、正体不明の敵」とか、障害は多そうだったが……それを撃破するための準備を、全力で遂行する必要も、自覚していた。
 だから三人は、これから全力を尽くさなければならない。
 この穏やかな世界を、穏やかなままでしておくためにも……やるべきことは、いくらでもあるのであった。
 例えば、炊事、洗濯とか、買い物とか……それに、彼女たちが、いざというときに全力を尽くせるようにしておくための、下準備とかが。
 
「大丈夫?」
 登校中、香也は樋口明日樹に心配されてしまった。
「顔色……少し良くないようだけど……」
「……んー……」
 香也は、できるだけ何気ない風を装う。
「何でもない。
 いつもと同じ……」
 明日樹だけではなく、他の人たちにも、現在の香也の境遇を知られてはならない。例えば、昨夜のような酒池肉林な出来事を夜な夜なやっていると思われたら、まず確実に、学校やら世間やらから問題視されるだろう。
 香也だけならまだしも、楓やあの三人があの家から追い出されるようなことがあってはいけない……と、香也は思う。
 そのためにも、醜聞は避けなければならない……。
「……そう……。
 なら、いいけど……」
 樋口明日樹は、香也の様子がいつもと少し違いことに気づいたが、その違いがどこに由来するかまでは、流石に分からなかった。
 だから、「香也自身が大丈夫だというのなら、おそらく大丈夫なのだろう」と納得する。

 そうしたやりとりを、楓と孫子は居心地が悪い思いをしながら間近に聞いていた。
 孫子は動じることなく聞き流すことはできたが、精神的な動揺が表に出やすい楓は、若干、顔が強ばっていた。
 この二人にしても、現在の狩野家内の状況が周知のものになれば、自分たちは香也と離れて暮らすより他ない、ということはわきまえている。しかし、他の競争相手の手前、香也に対するアプローチの手を緩める、といったことも、できない。

 この時点で香也を取り巻く状況は、奇妙な緊張をはらんだ、微妙な均衡状態を保っていた。




[つづき]
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