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彼女はくノ一! 第五話(311)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(311)

 所で、学校で、あるいはクラスでの香也のポジションは、依然としてたいした変化があるわけではなく、「おとなしくて目立たない生徒」のままであった。誰よりも本人が、そのままでいることを望んでいる。香也は、注目を集めること……というより、無用に人間関係を増やすこと自体を、忌避している……
ように、楓には、見える。
 煩わしいとか、面倒くさい、とかいう以前に……同じクラスに通う生徒たちに、まるで関心がないように、思える。
 そして、そうした香也の様子は、楓には、健全にはみえなかった。
 だから楓は、休み時間はできる限り、香也のそばにいるようにした。そうすると、楓と知り合った友人たちが、自然と香也にも声をかけてくれる。それを覗いても、同居している競争相手の中で、香也と同じクラスにいるのは楓だけだった。その特権を、楓は十分に享受した。
 香也もそうした楓の態度を嫌がる風でもなく、また、二人が「一つ屋根の下」に同居していることも広く知れ渡っており、少なくともクラス内において、楓と香也の関係は、「公認」という扱いになっていた。何しろ、同じクラスに自分たちの関係をあっけらかんと肯定している柏あんなという実例があるので、他のクラスメイトたちも比較的冷静に、そうした関係を認知できる。

「……で、実際の所……」
 その「前例」である柏あんなは、体育の授業前後の着替えの時など、こっそりと楓に確認を求めてくることが、何度かあった。
「……どうなっているの?
 彼とは?」
 他のクラスメイトよりは近い距離で狩野家と加納兄弟周辺の状況を見る機会が多い柏あんなは、他のクラスメイトとは違い、香也周辺の人間関係が安定しているとは、全然、信じていない。
「……えっとぉ……」
 聞かれるたびに、楓は言葉に詰まる。
「どう、って……前と、あまり変わりありませんけど……」
 そうとしか、答えられない。
 あんなに、孫子と香也と三人でやったことがあるとか、昨夜の乱痴気騒ぎのことを伝えたらどういう反応を示すのだろうか、という好奇心がチラリと脳裏をかすめはしたが……それを実地に試してみるのは、流石にリスクが大きすぎる。
 楓の答えを聞くと、あんなは、すっきりしない顔で「……そう……」と、低く呟くのだった。
 そして、その後、
「……彼……狩野君、あんまり強く自己主張するタイプでないから、てっきりいいように回りに流されているかと思ったけど……」
 などと、意外と的を射ていることをいったりする……。
 そんなやりとりを、転校してきてから今まで、何度となく繰り返してきた。
 この日も同じような問答があったわけだが、あんなは楓の表情から何か読みとったのか、いつもとは違い、最後に楓に、
「……本当につらいことがあったら、相談しにきてね……」
 と、軽い口調で付け加えた。
「……鋭いな……」と、楓は思い、その後、すぐに「多少なりとも観察力がある人ならば、楓の変化に気づくのかも知れない」、と、思い直す。
 なにしろ、楓は……自分の気持ちを表に出さないでいることが、圧倒的に不得手だった。
 そして楓は、現在の香也と自分とを取り巻く環境の変化に、正直な話し、かなり混乱していた。
 孫子一人でも持て余し気味だというのに……なんだって、こんなに……ややこしいことになってしまったのだろう?

 心理的な混乱をなかなか解消できない楓とは違い、香也の方は、いつもと同じように、落ち着き払っているようにみえた。少なくとも、外見上は。それはもう、見ていて小憎らしくなるほどに、「いつもと同じ」だった。
 あるいは、楓と同じく、心理的な混乱を表に出すまいと努力しているだけなのかもしれないが……楓は、自分だけが思い悩んで、香也が平然としていることに、不公平さというか、理不尽な思いを抱いた。

 内心での混乱に収まりをつけられないまま、昼休みとなり、給食を終えた後、楓は茅と連れだって、美術室に向かった。
 登校してくる時、荒野も、柏あんなと同様に、楓の様子がおかしい……と、思ったらしい。
 その場で、半ば強引に、昼休みにそこにくるように、と約束させられたのだった。
「……茅様……」
 連れだって美術室に向かう途中で、楓は、茅に尋ねた。
「今日のわたし……そんなに、変ですか?」
「……変、というより……」
 茅は、楓の目を見据えて答える。
「今日の楓、とても、心細い顔をしている……。
 無理をしなくても、いいの」
 静かにそういわれただけで、楓はその場で泣きたい気分になった。
「……なんだって、こう……うまくいかないんでしょうねぇ……。
 わたしって……」
 茅から目を反らし、歩きながら、うつむいて、楓は答える。
「楓は、失うことを恐れすぎるの」
 茅は、そっと隣を歩く楓の手を握った。
「でも……怖がりすぎてばかりだと、かえってすべてを失ってしまうの。
 だから、楓は、もっと貪欲になるといいの。
 欲しいものは欲しいって、はっきりいって……与えてくれない人なら、どんどん振ってしまえばいいの」
「……わたしが、ですか……」
 楓が、戸惑った声で、茅に応じる。
「……そう」
 茅は、頷いた。
「楓は、とても強いのに、同時に弱い。
 何故かといったら……楓は、失敗を自分に許していないから……。
 失敗してはいけないと、頑なに思いすぎるから……足がすくむの。
 怖い時は怖いといい、イヤなものはイヤだといえばいいと思うの。
 昔はどうっだったか知れないけど……今の楓には、茅がいる。荒野がいる。才賀も、他のみんなもいる。
 大勢の、友達がいるの……」

 楓は、美術準備室で合流した後、荒野と、それに途中から乱入してきた玉木に向かって、今、自分が抱えているモヤモヤを、盛大にぶちまけた。
 玉木は楓の話す内容がかなり具体的な肉体関係にまで及んでいたため、若干引き気味になっていたが、荒野は泰然とした態度を崩さずに楓の話しを最後まで聞いてくれた。
 どちらも、真剣に聞いてくれた……と、思う。
 それだけでも、楓の心は、かなり軽くなった。




[つづき]
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