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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(228)

第六章 「血と技」(228)

 食事が終わり、情報交換とも雑談ともつかない談義もひと段落すると、ちょうど甲府太介と約束していた時間に近づいた。約束の八時より五分ほど前に、インターフォンが鳴り響き、甲府太介に伴われたスーツ姿の中年男性が玄関先に姿を現した。
 気慣れていないのか、スーツがまるで似合っていない中年男性は、出迎えた双子のメイド服にひどく驚いた顔をしていたが、荒野が顔をみせるととたんにほっとした表情になる。
 中に招き入れ、椅子を勧めると、中年男性は持参した菓子折りをテーブルの上に差し出しながら、荒野をみて、
「……涼治さんに似ていますな」
 と目を細めた。
 中年男性は、「村越」と名乗った。
 荒野自身に自覚はないが、涼治と荒野の両方を知るものは、たいてい「似ている」と口を揃えるのだった。そして、そのようにいわれるたびに、荒野はどこかくすぐったい思いを感じる。
 血縁者、というのは、とかくそんなもんなんだろうな……と、どちらかというと、肉親というものの縁が薄くい環境に育った荒野は、そのように思う。
 涼治とは、今、住んでいる家と土地を、親の代から涼治から借りている関係……涼治には、長年、借家を借りているだけの関係ではなく、困窮した時、過去に何度か相談にも乗ってもらい、一家ぐるみで世話になっている、とのことで、二つ返事で太介を預かったのも、涼治への信頼が大きな動機になっているようだった。村越家では、太介を預かることを、涼治への恩返しとも感じているらしい。
 太介が、荒野たちを順番に紹介していく。とはいっても、深いところまで及んだ説明はせず、茅については「荒野の妹」、酒見姉妹については「荒野の家に手伝いに来ている」という風に、意図的にぼかした説明を行っていたが、村越氏とはさほど深いつき合いになるも思えず、この土地で使用する姓名を名乗っておけば必要十二分なのであった。
 一族のことについて、村越氏がどこまで知っているのかも判然としないので、会話は当然当たり障りのないものになった。話題としては、当然のことながら、太介や村越氏の一家のことが中心となる。
 最初のうち、双子と茅の三人のメイド服にかなりビビリが入っていた村越氏も、穏やかな荒野の物腰や茅がいれた紅茶を飲むうちにうち解けてきて、柔和な顔つきになってきた。
 冷蔵庫に放り込んであるケーキはおみやげに持って帰って貰うことにして、村越氏が持参した和菓子をお茶請けにさせて貰った。

 村越氏は小さいながらも自動車の修理工場を経営していて、一家も工場と同じ敷地内の家屋に住んでいる。夫妻と、長く病床についている村越氏の実母、高校生と大学生の娘が二人。家業の経営は、そこそこ順調だったが、教育費と医療費とが家計を圧迫していた、という事情もあり、毎月まとまった金額が振り込まれる上、病人の介護も親身になってしてくれる、という条件で、太介を預かったことを、むしろ喜んでいた。
 着用しているスーツが今一つしっくり来ていないのは、普段、作業着姿で過ごすことが多いからかな、と、村越氏について、荒野は思った。
 村越氏について、荒野は、「実直そうな人だな」という印象を受ける。
 家に空き部屋がない、ということで、かいがいしく老人の面倒を見ている太介を、工場内の詰め所に寝泊まりさせていることをしきりに謝罪していた。
 当の太介は、介護のこともまともな居室を与えられていないことも、特に意に介することもなく、
「……おばあさんのお世話は奥さんやおねーさんたちと交代でしているから、思ったほど大変ではないし……寝泊まりができるできるだけでも、上等です」
 と、けろりとした顔をしている。
 生まれついて頑強にできている太介にしてみれば、その程度のことはなんでもないのであった。
「……うちは、わたし以外は全員女性でして、肩身が狭い思いをしていました。
 そういう意味でも、太介君に来て貰ってよかったですよ……」
 村越氏は、そんな太介をみて、目を細めるのであった。
『……こっちは、放っておいても、問題はないようだな……』
 と、荒野は安心する。
 どちらにも感傷的な甘えがなく、利害を考慮した上でビジネスライクにつき合っているから、かえってうまくいっているのかも知れない……とも、思った。 涼治の口利きで太介が下宿したことは、村越家にとっても太介にとっても利害が一致しており、「取引」としてみると、双方ともが喜び、良い結果しか遺していない。
 涼治がどこまでを見越して村越氏に太介を預けのか、までは、荒野には判然としなかったが……仮に、村越家の家族構成や経済状況、その他の要素まで含めて計算はしていたのだとすれば……やはり、涼治と荒野とでは、人脈や配慮の仕方などの点で、まだまだ雲泥の差がある。
 キャリアの積み方が桁違い……ということを荒野が思い知らされるのは、こんな時なのであった。
 そんなことも考え、荒野は人知れず心中で嘆息した。

 村越氏と太介は、四十分ほど荒野たちと談笑してから帰っていった。
 村越家の家族のことを一通り話したら、後は他愛ない世間話しをしていただけで、話題が途切れがちになったところで、「あまり遅くなっても、家の者が心配しますので……」と村越氏が腰をあげた。
 いい時間になっていたので、酒見姉妹も、帰り仕度をはじめる。とはいっても、ハンドバック程度の軽い手荷物を持つだけだったが。
 村越氏と太介、それに酒見姉妹をマンション前まで見送り、太介にはマンドゴドラの箱を持たせて、荒野と茅は四人を見送る。

 来客を送り出し、二人でマンションに戻ると、室内がやけに静かに感じられた。
 ……先週が、騒がしすぎたから、なおさらそう思うのかな……と、荒野は思う。
 つい最近まで、この部屋には、荒野と茅、それに、たまに狩野家の人々が来る程度だった。
 それが、いつの間にか、毎日のように多種多様な「お客さん」を迎えるようになっている。
 渦中にある間は、ひたすら慌ただしくて、感慨に浸っている余裕などないのだが……こうして、ふと、静かな時間が出来ると……周囲の変化の速さに、とまどいを感じる。
「……静か……だな……」
 口に出して、いってみる。
 荒野がこのマンションに住みだしたのは、昨年の十月末。
 あれから、まだ半年も経っていないのに……荒野自身も、荒野を取り巻く環境も、急速に変わってきている。
『……おれは……おれたちは……』
 この先……どこまで、行ってしまうのだろうか……と、荒野は思った。




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