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彼女はくノ一! 第五話(312)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(312)

 家での時間が徐々に賑やかになっていくにつれ、最近の香也にとって、学校にいる時間は安心して過ごせる期間として機能していた。家での賑やかさも決して嫌いではないのだが、静かに絵に取り組めないことと、何かというと「誰を選ぶのか」と決断を迫られることだけは、どうにも煩わしい。学校にいる限り、それらのプレッシャーとは無縁であり、なおかつ、放課後になれば好きなだけ絵に集中できる。
 だから、ここ最近の香也は、放課後、美術室にいる間だけ、以前にもまして穏やか、かつ、満ち足りた表情をしていた。
 そんな香也をみて、
『……最近、張り切っているなぁ……』
 と、樋口明日樹は思う。
 以前から香也のことをよく観察していた明日樹は、一見して変化に乏しく、見分けにくい香也の微妙な表情を、ある程度読めるようになっていた。
 その明日樹自身は、こうして毎日のように部活に出るのも、あと僅かにという時期になっている。三年生になったら、受験勉強に専念するため、部活への参加は控えるつもりだった。週に一日か二日、顔を出して、三年生の期間をかけて、一枚の完成品を仕上げて、卒業するつもりでいた。時期が遅くなると受験の準備も追い込みに入るから、そうして回数を減らしても、実質的に参加できるのは、前半の半年くらいのものだろう。
 こうして香也と共有する時間が残り僅かになってきた最近になって、明日樹は香也の変化を感じていた。
 以前より、多くの人と交わるようになったせいか、香也は……以前より、自分の殻を固持しないようになってきている……ように、明日樹には、思える。
 同年輩の同居人たちの押しが強い、どのみち香也を放置しておかない……というのが、一番大きい、と、明日樹は思う。
 そして、香也の方も、アグレッシブな彼女たちに若干辟易しながらも、その実、本気で嫌がっている風でもない。
 自分には、あれほどの強固に自分の意志を香也に押しつける、積極性は持てないし……それに、彼女たちの存在が香也にいい影響を与えていることも、認めないわけにはいかなかった。
 日常の、ちょいとした時の、香也の挙動もそうだが……香也の描く絵が、彼女たちが来る前と今のとでは、全然、違ってきている。
 技術的な部分も、時間相応に上達していると思うが……以前の香也の絵には、どこか冷たさやそよそよしさが漂い、どことなく、見る人を拒絶するような距離感を、感じさせてた。しかし、今の香也の絵は、どことなく暖かく、血が通っていて、見る人を和ませるようになってきている。
 そうした香也の変化をもたらしたのは、自分ではなく彼女たちの存在なのだ……ということを考えると、明日樹は複雑な心境になる。明日樹の目の届かないところで、どんなことが起こっているのか、明日樹には想像もできなかったが……彼女たちと香也の距離が、日を追うごとに確実に縮まっているのは、見ていれば感じ取れる。
 そうした変化は、あくまで、「彼女たち」という複数形で起こっており、その中の特定の一人が香也と親密になった様子もないから、明日樹も、まだしも平静でいられるが……それにしても、彼女たちが、明日樹の知らないところで香也と時間を共有し、親密さを増している……という事実は、明日樹の気分を落ち着かなくさせる。
 彼女たちのように、同居しているわけでもなく、また、必ずしも自分の容姿に自信を持っているわけではない明日樹は、「落ち着かなくなったから」といって、自分から積極的に香也にどうこうしよう、とは思わなかったが……。
 いや。
 より正確にいえば、仮に思ったところで、明日樹には、自分から香也に働きかけるほどの勇気も、なかったわけだが……。
『……そこも……』
 彼女たちとの、大きな差、だよな……と、明日樹は思う。
 以前に孫子が、クラスメイトが注視する中で、「片思いの相手がいる」と堂々と宣言した場面を目撃しているからこそ……。
 なおさら、あそこまで堂々とできないよな……と、思ってしまう。
 良くも悪くも樋口明日樹は、その内面も容姿も気標準的な、年齢相応の平凡な少女であり……また、本人も、そのことを、ともすれば必要以上に自覚する傾向が、あった。

 最終下校時刻が近づいたことを告げる放送があり、画材を片づけている最中に、楓と茅が迎えに来た。
 楓は、一応、下校時の茅の護衛役の任を荒野から解かれているのだが、楓も茅も、自分たちの用事で、毎日のようにギリギリまで居残りしているので、結局、みんなで一緒に帰る形になる。
『……こうして、みんなと一緒に帰ることも……』
 あと、いくらもないんだな……と、帰り支度をしながら、明日樹は少し感傷的になる。

 校門前に、奇妙な人だかりができていた。
 下校するために、そこのそばを通りすぎようとすると、
「……おにーちゃんっ!」
「「……茅様っ!」」
 人混みを割って、ガクとカラフルなメイド服を着た双子が、香也たちの一団に近寄ってきた。
「……迎えに来たよっ!」
「「……お迎えにあがりましたっ!」」
 近寄ってきた三人のうち、メイド服を着た双子をみた明日樹は、その場で回れ右をして逃げ出したくなったが、自制心を総動員して、なんとか踏みとどまる。顔から血の気が引き、強ばってしまうのは、自分の意志では止めようもなかったが。
 彼女ら、三人を取り囲んでいた生徒たちが、軽くどよめいていた。
「……ボク、来年からここに通うから、先輩たち、よろしくねーっ!」
 ガクが、どよめいている野次馬な生徒たちに向かって、元気よく手を振る。
「……おい、糸目……」
 いつの間にか、香也の背後に近づいていた男子生徒が、香也の首に腕を回していた。
「……たった今、聞いたぞっ!
 お前の家、くノ一ちゃんや才賀さんだけでは飽きたらず、こんなに可愛いシルバーちゃんまで同居だってなっ!
 なんだそれはっ!
 どこをどうしたら、そんな不公平なことが起こり得るんだ……」
 ……明日樹は名前までは記憶していなかったが、たしか、香也と同じクラスの……。
「柊」
 茅が、香也の首に腕をかけようとしていた一年男子に、声をかけた。
「それ以上、すると……楓が、黙っていないの」
 決して、大きな声ではなかったが……逆らいがたい、威厳を備えた声だった。
 茅に「柊」と呼ばれた生徒は、茅と、凍りついた笑顔を浮かべた楓とを、交互に見る。
「知らないかも、しれないけど……怒った楓は、最強なの」
 メイド服の双子が、茅のすぐ後ろで、ぶんぶんと首を縦に振っている。
「……あっ。あっ。あっ」
 訳が分からないながらも、彼女たちの態度から、自分が何かとんでもない失態をしでかしかけた……ということを、何とか悟った柊は、香也の首に回していた腕を解いた。
「わ、悪い……そんな、つもりじゃ……」
「……んー……。
 いい」
 当の香也だけが、いつもの通りにマイペースだった。
「みんな……大袈裟すぎ……」




[つづき]
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