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彼女はくノ一! 第五話(313)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(313)

 香也の言葉を聞いた柊誠二は、目を見開いた。
「……おま……。
 それ、本気でいってるのか!?」
 柊は思わず香也につかみかかろうとして、楓の視線に気づき、あやういところで自制。
 声を低くして、香也に尋ねる。
「……ほんとに……。
 こんな子たちに囲まれて暮らしてて……お前、なんとも感じないのかよっ! 健全な野郎なら、我が生涯に一遍の悔いなぁーしっ! とかいって、狂喜するシュチュだろ、ここはぁっ!
 その年齢で枯れてんのかっ!
 悟りかっ! 悟りを開いたのか、お前はっ!
 末はブッダか、仙人かっ!」
 最初のうちこそ声をひそめていたが、柊はすぐに自分自身の声にヒートアップし激していく。
「……お馬鹿……」
 少し離れたところで成り行きを見守っていた樋口明日樹が、他人事のような口調で率直な感想を口にした。
 それがきっかけとなって、
「やーねー、男子って……」
「柊君、さいてー」
 などの声が人だかりの中から聞こえてくる。声の主は、主として女子だった。
「……んー……」
 香也は少し考えた後、
「別に悟っているわけではないけど、この生活は、これでなかなか大変だし……」
 香也の本音だった。
 香也は面倒くさい、という理由で人付き合いを避ける傾向があるが、だからといって取り立てて無愛想だというわけでもない。
 むしろ、明確に自分に向けられた言葉にたいしては、律儀に答えようとする。
「……たい、へん……」
 しかし、香也の返答を聞いた柊は、愕然とした表情をしていた。 
「そうっすか……。
 それはもう、大変なことになっているんですか……」
 柊は、「……負けた……糸目に負けた……」とかぶつぶつと小声で呟きながら、よろよろとした足取りで何処かへと去っていった。
 柊は香也が口にした「大変」という単語から、瞬時にとんでもない想像力を駆使して勝手に敗北感に包まれて打ちひしがれている……らしい。
 まあ、実体の方も、柊の想像とさして変わりはなかったりするのだが……。

「……なんか、変な人だったね。
 学校って、ああいう人が、いっぱいいるの?」
 帰路、ガクが無邪気な声で、誰にともなくそう尋ねる。
「さっきの人、待ち合わせをしているからって何度断っても、ボクとか双子のおねーさんをしつこくお茶に誘ってきたてたんだけど……」
 紛れもなく、ユニークな存在であるガクに「変な人」呼ばわりされた柊という一年生の顔を思い浮かべながら、明日樹は、
「……彼はまた、特別っていうか……ああいう人、そんなにいないよ……」
 と、いっておく。
 そういってガクの顔をみた明日樹は、「……あれ?」と小さな違和感を覚えた。
 なんか……ノリほど極端に、ではないけど……この子……少し前より、雰囲気がしっとりとしてきていないか?
 挙動や言葉遣いは、いつもと変わらないのだが……なんとなく、大人っぽくなったような……。
 そのガクは、荒野の腕に縋りながら、無邪気な笑顔を見せている。
 少し前なら、子供がじゃれついているようにしか見えなかったけど……今は、なんか、「女性の媚態」のように感じるのは……気のせいだろうか?
 明日樹は横目でちらりと視線を送り、楓が複雑な表情で、香也の腕を抱いているガクを見ているのを確認した。孫子の場合はそうでもないのだが、楓は、自分の感情を隠すことが下手で、思っていることが顔に出やすい。
 楓の表情を確認した上で、
「……やはり、自分の錯覚ではないらしい……」
 と、明日樹は確信する。
 どうも、狩野家の内部で、人間関係を変化させる、何事かのイベントが起こったことは確実らしい……と。
 楓がこんな複雑な表情をしながらも、ガクを香也から引き離そうとしない……というのは、これまでのことを考えると、やはり「なんらかの理由」があるとしか思えないのであった。
 でも……まさか、学校からの帰り道で込み入ったことを問いつめるわけにもいかず、明日樹も楓と同様に複雑な表情をして、歩いていく。
 マンションの前で茅と酒見姉妹と別れる。
 普段の通りなら、狩野家の前で楓とも別れ、そこから明日樹の家までの短い距離を歩く間、香也と二人きりになる筈だったが……何故か、この日に限って、明日樹を送っていく香也に、ガクもついてきた。
 そのため、結局、明日樹はこの日、香也を問いつめる機会を得ることはなかった。

「……おにーちゃーんっ!
 来週、学校でテストあるんだってねっ! 勉強しよう、勉強っ!」
 一方、明日樹を送った後、香也とともに帰宅したガクは、相変わらず香也にまとわりついていた。
「……ご飯できるまでの間っ!
 ボク、おにーちゃんの学校で教える程度のことなら、知ってるからっ、おにーちゃんにも教えられるよっ!」
 ガクだけではなく、テンやノリも、島で暮らしている時に、じっちゃんなる人物により、義務教育レベルから分野によっては高校卒業レベルまでの知識を、徹底的に「基礎知識」として叩き込まれている。ペーパーテストで計測できるタイプの知識の量、ということでいえば、決して成績が良いわけではない香也の比ではないであろう。
 また、そのようにいわれると、香也の方にも断る理由が思いつかない。孫子や楓に勉強を見て貰うのはよくて、ガクに同じ事をされるのが駄目だとかいうわけにもいかなかった。
 しかたがなく香也は、少々ハイになっているガクを警戒して自室で二人きりになることは避け、ガクを居間で待たせておいて、一旦、自室に入って制服を着替え、勉強道具を持って居間に引き返した。
 すぐそこの台所では、テンとノリ、それに楓の三人が夕食の支度をしており、居間にいる限り、無用のトラブルは回避できる筈であった。仮に、何かの間違いでガクがその気になっても、他の少女たちが香也を救援にかけつけてくれる筈……である。
『……だけど……』
 炬燵に入ってノートを広げながら、香也は思う。
 昨夜、急遽決定した「当番制」とやらが実施された初日から、この状態である。
 この日の香也の心労は、従来の比ではない。
 ガクと一緒にいたのは登下校時のごく短い時間だったが、「一対一で他人とつき合う」、ということが、香也にとってどれほどの心理的負担をもたらすのか、改めて香也に認識させる一日となった。
 ガクは、そんな香也の心証など汲むこともなく、無邪気に香也のそばにいることを喜んで、体をすり寄せてくる。 




[つづき]
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