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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(230)

第六章 「血と技」(230)

「……武器……だって?」
 荒野は反射的に茅の言葉を鸚鵡返しにする。
 どうみても……茅の、それは……肘から先をすっぽり覆う、ゴムか何かの長手袋にしか、見えない。
「……見てれば、分かるの」
 茅はそう答えるだけで、荒野の不審そうな声には答えず、テンの前まで歩いていった。

 五メートルほどの距離を置いて、茅がテンの前に立ち止まると、完全武装のテンが、
「……はじめる?」
 と、茅に声をかける。
「いつでも、いいの」
 茅も、静かな口調で頷いた。
「最初にいっておくけど……やるからには、手加減をするつもり、ないから……」
 テンは、茅に向けていった。
「手加減をする必要は、ないの」
 茅が、平静な声で答える。
「それに……油断をしていると、怪我をするのは、テンなの」
 茅の言葉を聞いて、テンは、首を傾げた。
 茅の性格を考慮すると、このような場面で、意味のないはったりをかますとは思えない。
『……まあ、いいや……』
 やってみれば、わかるや……と思い、テンは油断することなく、六節棍を構える。
「……行きます」
 一応、宣言して、茅に向かって殺到した。
 無言で打ちかかっても良かったのだが、茅は、テンと同じく「完璧な記憶力」を持っている。テンが次のモーションに移る時の微妙な前兆は、すべて記憶しているとみていて、まず間違いはない。
 案の定、特に手加減したつもりはないのに、テンの第一撃目は茅に軽くかわされた。
 テンの一撃を避けた……というよりは、攻撃を先読みして、体を捌いていた……といった態の、動きだった。これだと、驚異的な速度とかは必要がない。
『……こういうの、敵に回すと……』
 やっかいなものだな、と、テンは思う。
 少し先を読んで動く、というのは、いつもなら、テン自身が相手にしかける側なのだが……。
『でも……』
 それでも、茅とテンでは、身体能力が圧倒的に違う。速度も体力も、テンの方が茅を軽く凌駕している。
 茅に肉薄した状態で、テンは、一度振り切った六節棍を、素早く反対側に返した。
 距離を詰めた状態で、攻撃を連発すれば、多少動きを先読みされても、回避のしようがない……。
 第二撃目も、茅は姿勢を低くして、かわす。六節棍は、轟音をたてて、しゃがみこんだ茅の頭上を通過した。
 まだまだ、茅の動きに、余裕があった。
『……まだまだっ!』
 テンは、休む間もなく茅を攻撃した。
 当たらないからムキになっているわけではなく、攻撃を連続することで、回避し続ける茅の体力を奪う作戦だった。
 五回、六回……とテンが六節棍を振り回しても、むなしく宙を切るだけで、すぐそこにいる茅の体には当たらない。
 しかし、対戦を開始して二分とたたない短い間に、茅の息は明らかに荒くなっている。
『……いけるっ!』
 と、テンは思った。
 今度は棍だけではなく、手足も使用した連携技を試してみよう……と、テンは判断し、即、実行に移した。
 そして、次の瞬間……。
 テンは姿勢を崩し、無様に転倒した。

「……えっ? あれ?」
 玉木が、間の抜けた声をあげる。
 その他の、大勢のギャラリーと同じく……玉木には、「何で、テンがあそこで転ぶのか」、まるで理解できていなかった。
「……今の、何?
 わたしには……連チャンで攻撃してたテンちゃんが、勝手に転んだように見えたけど……」
 玉木は、傍らにいた荒野に、もの問いたげな顔を向ける。
「……おれに聞くなよ。
 おれも、何がなにやらわからないんだから……。
 あのグローブに秘密があることは、まず確実だろうけど……」
 荒野は、徳川に視線を向ける。
 徳川は、したり顔でにやにや笑いを顔に張り付けていた。
「タネを知っていそうな奴は、どうやら解説したくはないらしいし……。
 才賀か楓、何かわかるか? あれ……」

 転倒したテンは、何がどうなったのか、まるで分かっていなかった。分からないながらに、必死に頭を回転させ、状況の分析を試みる。
 そうしながら、油断することなく、周囲に目配せをする。
『……さっきは……』
 軸足に、抵抗を感じた。
 足首を引っ張られる感触があって、気がついたら転倒していた。
 問題は……その時の茅は、テンの攻撃を避けるのが精一杯の様子で、テンに何かを仕掛ける余裕があるようには見えなかったことだ。
 テンは、ついさっきの出来事を振り返りながら、身を起こそうとする。
 そして……愕然とした。

「……今、テンの体は、細くて頑丈な繊維で幾重にも戒められているの……」
 茅の声が聞こえる。
 確かに……起きあがろうとしたところ、テンの手足は自由に動かなかった。
 六節棍と、手と、足とが……複雑に、目に見えない力によって、結びつけられている。
 右足を動かすと、左手が、背中に引っ張られる。
 六節棍の一端が、左手首にくくりつけられ、さらに、右の腿あたりにも、固定されている。
 茅がいうとおり、細くて頑丈な繊維……視認しにくいほど細くて、強度のあるワイヤーで、縛られている……と考えると、確かに、現在の茅の状態の説明には、なった。
 手の内のさらした茅は、苦労して上体を起こしたテンの周囲を、距離を取りながら、ぐるぐると回っている。
 テンは、目を凝らす。
 注意深くみてみると……確かに、茅の手元から自分に向かって、細長い「何か」が延びている。
 時折、光線の加減で、その「何か」がキラリと反射した。
『……そういう、ことか……』
 テンは、納得する。
 テンの一方的な攻撃から逃げる一方に見えた茅が、テンの周囲をぐるぐると回っていたことも、茅がしていた奇妙なグローブも……タネが分かってしまえば……実に単純なことに思えた。
 テンがそんなことを考えている間にも、茅は腕をかざして、ぐるぐるとテンの周囲を回っている。
 この方法なら……攻撃を避ける能力さえあれば、極端に強靱な肉体は必要ない。
 相手に何を仕掛けているのか、気取られることなく、近寄って……体か持ち物のどこかにワイヤーを引っかけ、後は相手に暴れさせておけばいいのだ。
 それだけで、相手は、文字通り「自縄自縛」の状態になる。
『……しかも……』
 テンの力でも、用意に引きちぎれない強度を持つ、ということは……。
『……プロテクタがなければ、血だらけになっているな……』
 茅のワイヤーは、使いようによっては、立派な武器になる。
 いや。
 今回のような近接戦闘だけではなく、トラップを仕掛けるのにも、都合がいい。汎用性、ということでいえば、六節棍よりも上なのかも知れなかった……。
「……いいですっ!
 負け、負けましたっ!」
 テンが、相変わらずぐるぐるとテンの周囲を回り続ける茅に、そう宣言した。
 まったく……なんで自分は、この手の「絡め手」について、警戒しなかったのだろう?
 身体能力については、圧倒的な各差があることは、テンも茅も「前提」として認識していた筈だ。
 だから、茅は……そのような不利な前提をものともせず、それでも「勝てる」方法を考案し、準備し、実行した。
『……それに、引き替え……』
 自分は、何の準備も、警戒もしていなかった。
 これは……能力の差を自明視した慢心だ……と、テンは、自分の心に刻み込む。
 そう。
「身体能力」などという直線的なパラメータによる優位など、ちょういとした創意工夫によって覆せる程度の、脆い優位なのだ、と……。 




[つづき]
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