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彼女はくノ一! 第五話(314)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(314)

 狩野家のその日の夕食は、重苦しい雰囲気に包まれていた。
「……おにーちゃん。
 はいっ。
 あーんして……」
「……んー……。
 いい。
 一人で、食べられるし……」
 帰宅後の香也に、ガクがべったりとくっついて離れないため、他の少女たちの顔が、軒並みひきつっている。
 当番制、とかいうのを決めた場に羽生も居合わせたわけだが、その後、籤引きで、よりにもよってガクが、最初の「香也番」ということになったらしい。
 よりにもよって……というのは、この中でガクが、一番「限度」とか「加減」というものを知らない性格だったからだ。よくいえば純粋で天真爛漫、悪くいえば自分の欲求を追求することに忠実で、場の空気を読まないというガクの性格は、「当番制」が本質的にはらんでいるいびつさを浮き彫りにした。
 つまり……いかに、他の少女に不服があろうとも、 香也自身が嫌がらない限り、香也番に当たった少女の増長を止める術がない。
 かくて、ご満悦のガクと、ガクの密着ぶりを受け流している香也、重苦しい雰囲気に耐えかねている羽生の三人を除く全員が、ひたすら不機嫌そーな表情をして黙々と箸を動かし続ける。
 はしゃいでいるのはガク一人であり、いつもは普通に存在する会話というものが、その日に限って一切なかった。
『……こんなんが……』
 これから当分続くのか……と、羽生は内心でげんなりとする。
 それから、
『いや……それでも……』
 ガク以外の少女たちの反応をみていると、この不自然な当番制とやらも、あまり長続きはしないのではないか……と、思えてくる。
 この分だと、当番制を決めた当事者たちの間に不満や鬱憤が溜まって、数日と持たずに瓦解する……という可能性も、十分にありえた。初日の今日でさえ、ガク以外の全員にかなりのストレスが溜まっている。羽生の目には、これが決壊するのも、時間の問題……のようにも、見えた。
『……どうせ、駄目になるんなら……』
 早く駄目になって欲しい、と、羽生は切実に思う。
 こういう重苦しい雰囲気は、羽生が苦手とするところだったし……遅くとも真理が帰ってくる前に、この不自然な状態にケリをつけて欲しい……と、羽生は願った。

 夕食が終わると、いつもなら夕食後の日課である勉強を先にすませていたので、香也はそのまま庭のプレハブに向かった。
 当然のような顔をして、ガクも香也の後についてくる。
「……んー……」
 プレハブの中に入る直前に、香也はガクに向き直り、あえて注意した。
「……来るのは、いいけど……絵を描いている時は、静かにしてて……」
 ガクとて、悪気があるわけではないし、たいていのことには拘らない香也にしてみても、譲れない一線というのはある。
 香也に念を押されると、ガクは「わかっているよぉ。おにーちゃんの邪魔はしないって……」と、口をとがらせる。
 一抹の不安は感じたが、まだ何もしていないガクをプレハブから閉め出すわけにもいかず、香也とガクは一緒に中に入った。
 いつもの手順でストーブに灯油をいれ、火をつけ、香也は少し考えて、描きかけのキャンバスの中から一枚を取り出し、イーゼルに立てかける。
「……わっ……」
 キャンバスに描きかけの絵をみて、ガクが小さく声をあげた。
「これ……ゴミ捨て場の……」
「……んー……。
 そう。
 学校の人に頼まれて描きはじめたけど、なんか、描いているうちにおもしろくなってきて……。
 もう、八割くらいは、できてるんだけど……」
 ボランティア関係のポスターに使用するため、有働経由で依頼され、描きはじめたのだが……今では、香也の方がこのモチーフに夢中になっている。
 有働と相談した結果、ボランティアのサイト向けには軽く彩色した「現場」のイラストを何枚か渡し、それとは別に、ポスターに使用するために、大判の絵を用意することにした。
 それが、今、香也とガクが目にしている「これ」なのだが……。
「……これ……写真みたいにリアルだけど……なんか……実物よりも、迫力があるというか……みていて、もの悲しい気持ちになってくる……」
「……んー……。
 そう?
 ぼくは、これ、見たままを描いているだけだから……」
 筆の準備をしつつ、香也はガクの感想を軽く受け流す。
 今回、香也は完成品をイメージしながら、数種類のパターンを検討してみたのだが、いくつかあった案の中から、写実的な、あまり描いた者の意図を表面に出さないタッチを採用した。
 画面内に、大小さまざまなモノが溢れかえっていて、あまりタッチをくどくすると、息苦しい印象を与えるということもあったし、それ以外にも、このモチーフの場合、変に香也の主観を強調しないほうが、かえっていい結果を生むような気がしたので、香也は、できるだけ写実的なタッチをこころがけた。
「じゃあ……はじめるけど、描いている時は、集中したいから、なるべく話しかけないで……」
 香也はガクにそう前置きして、絵の具を絞りはじめる。

 ガクが、香也が絵を描くのをじっくりとみるのは、実はこれがはじめてのことだった。もちろん、完成品や未完成品の絵は、かなりの目にしている。しかし、描いている最中の香也を、じっくりと見るのは、確かにこれがはじめてだ。
 最初のうち、少し離れたところから香也の背中をみていたガクは、次第に背中だけでは満足できなくなり、香也の邪魔をしないように足音を忍ばせて、徐々に距離を詰めていく。
 絵を描いている時の香也の肩や腕の動きは、リズミカルで、動きに迷いや「止め」がない。
 あくまで、なめらかで……自分も体術を仕込まれてきたガクは、その熟練した無駄のない動きに、「洗練」をみた。
 そう。
 今の香也の動きは、何年も、何千何万回も反復練習をしてようやく到達する、武術のフォームと同じくらいに「仕上がっている」。
 ノリとは違い、ガクは、完成品の絵そのものにはあまり興味を持てなかったが……それでも、今の香也のように動けるようになるのなら、絵を描くのもおもしろいかも知れない……と、思いはじめる。




[つづき]
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