第六章 「血と技」(229)
翌朝、ランニング時に、茅とテンはいつものコースから外れ、徳川の工場に向かった。その他の連中も、ぞろぞろとその後ろをついていく。
茅が、本格的に体術を修養する条件として、荒野が出した条件……テンとの模擬戦を、登校前にすましておく……と、いうことだった。
茅とテンの話しによると、「派手なことになりそうだから」人目を避けておいたほうがいい、ということだった。
徳川の工場に到着すると、白衣姿の徳川はとともに、野呂静流や仁木田の一党、佐藤、田中、鈴木、高橋の四人組も含めた一族の者たちが勢ぞろいしていた。
この土地に流れてきた一族の関係者が、総出で見物に来ているのではないか……という、人数だった。
「……仁木田さんや、静流さんまで……」
「こんな好ガード、見逃すかよ。
三人はともかく、お前ら加納が抱えている姫さんのデータは、極端に少ないんだ……」
仁木田は口の端をつり上げて、荒野に答えた。
「お、同じく……の、野呂としても、実地に確認しておかなければならない、一戦なのです……」
静流も、真面目な表情で答える。
そんな会話を続けているうちに、
「……やっ、はぁっ、はぁっ!」
ずさーっ、と、玉木が自転車のまま工場内まで駆け込んできた。
「おおっ!
カッコいいこーや君っ!
まだ始まってない? 間に合った?」
挨拶も抜きにして、息を切らしながら、玉木が叫んだ。
「……茅たちなら、準備があるとかで奥に引っ込んでいるけど……。
玉木、寝ぐせ……」
荒野は玉木に向かって、自分の後頭部を指さしてみせた。
「……やっ、いや、これは……。
あはははははっ!
いや、滅多にしない早起きなんかしちゃって、そのままソッコーで来たからさぁっ!」
玉木は、手を後頭部に当てて髪を押さえつけながら、ことさらに大声をだして誤魔化した。
「……ところで……その、勝負っての、すぐ終わるの?
あんま、長引くと、学校が……」
……こいつが来た、ということは、放送部の撮影舞台もおっつけ集合するんだろうな……と予測しながら、荒野は、
「テンはともかく、茅はそんなにスタミナないから、長引くことはないよ……」
と、いっておく。
常識的に考えれば、一対一で茅とテンが勝負した場合、茅が勝つ可能性は万に一つもない。身体能力の基本性能が、土台からして違いすぎる。
普通に考えれば、一瞬で茅がテンに叩き伏せられて、終わりなんだが……。
『……でも……茅、妙に、自信ありげだったんだよな……』
荒野が見落としているところで、茅なりに、成算があるのか……。
『まあ、実際に見てみればわかるか……』
玉木に続いて、顔見知りの放送部員たちがわらわらと集合してきて、持参したり工場内に保管しているカメラをあちこちに設置しはじめる。
この頃には放送部員たちも、被写体の機動力についての予備知識を持つようになってきているため、かなり広範囲に多数のカメラを分散して設置するようになっている。この手の記録作業に関しては、徳川が理解のあるスポンサーになっていて、高感度のカメラを率先して調達してきている。どうも徳川は、玉木のそれとは微妙に方向性の違った、「好奇心」を一族や新種たちに抱いているらしい。生体は専門ではない、という徳川の興味は、もっぱら「性能」の方に向かっている。一族や荒野のそれにも興味はあるのだろうが、今の時点では、その徳川の好奇心は、速度や筋力などにおいて、他の一族を大きく引き離す、新種たちの性能に注目している。
まとめたデータをどこかに公表しようとしているわけではなく、純粋に好奇心を満たそうとしているだけであることを理解しているので、荒野は徳川の記録行為をあえて黙認している。
将来、今のところはその必要を感じていないが、荒野が必要を感じれば、徳川が収集したデータをコピーして貰うことも、一応は考慮はしていた。荒野がその必要を感じるよりは、涼治をはじめとする一族の上層部が、そうしたデータを欲しがりそうな気もするのだが、今のところ、徳川や放送部にその手の交渉を目的に接触してきている形跡は見られない。
『……やつらを、本気で一般人にするつもりなのか……それとも、十分に成長するのを待っているのか……』
あるいは、荒野が想像できないような思惑があるのか……今の時点では、荒野には何ともいえなかった。
確かな事実としては、荒野も茅も新種も、今のところは、完全に行動の自由を保証されて……別の言い方をすれば、泳がされている。
荒野にとっては、そうした現在の状況は、心地よかったりするのだが、涼治の本当の思惑について、なかなか予測がつかなくて、困惑している部分もある。荒野が何を聞いても涼治は、「好きに楽しめ」としか返答してこない。
都合がいい、と思う反面、ここまで好き放題にしても特に諫められることもなく放置されている現状に、「気味が悪い」という気持ちも、拭いきれなかった。
何しろ、香也は一族最大のタブーである「秘匿性の意図的な暴露」を行っているのにも関わらず、とがめられるどころか、妙に協力的な反応があったりもする。
たまたま、一族がそうした変質を必要としていた時期に、茅たち新種が現れたとみるべきか、それとも、他の思惑があって、荒野たちの行動と存在が黙認されているのか……荒野の立場では、見極めることがかなり困難であった。
このあたりのことについては、とやかく考えても仕方がない側面もあるので、普段、意識に昇らせないようにしているのだが……そうした大状況について、正確な判断をすることを望むのなら……。
『……もっと、外部へのコネクション……信頼性の高い情報網が、必要だ……』
と、荒野は判断する。
今まで、障害のほとんどを海外で過ごしてきた荒野は、「加納本家の直系」という名望とはうらはらに、国内には、これといった故知をほとんど持っていない。幼少時に涼治の引き合わせで顔を合わせた者、海外での仕事絡みで知り合った者などが多少いる程度だったが、それだけでは量的にも足りないし、また、人材的にも偏りがあるため、多角的な視点からみた情報評価ということが、事実上不可能なのであった。
『……これも、今後の課題だな……』
荒野は脳裏に書き留める。
六主家と一般人社会、それに悪餓鬼ども……などの間を縫って、長期的なサバイバルを行うとなると、その手のマクロな視点で物事を判断する役目は必要不可欠だ。
そして、資質とポジジョン的なことを考慮すると、その仕事をするのに一番適しているのは、荒野自身なのだった。
荒野がそんなことを考えているうちに、準備を終えた茅とテンが、姿を現した。
テンは、ヘルメットにプロテクタ、それに六節棍を手にしたシルバーガールズの完全装備。
茅の方は……。
「……どうしたんだ、茅……。
その格好は……」
荒野が、尋ねる。
茅も、長い髪をうなじのあたりでまとめ、ヘルメットをかぶり、ゴーグルで目の周辺を隠していた。
その程度の用心ならば、荒野にしても、まだしも納得ができる。
テンの相手をする……ということは、生半可な事ではない。防護策を講じておく用心くらいは、必要となるだろう。
不可解なのは……それ以外にも、茅は……スポーツウェアの上から、奇妙なグローブをはめていることだった。
シルバーガールズのプロテクタほどの嵩はないから、耐衝撃などの「防護」を目的としたものではないのだろう。茅の肘から指先までが、ゴムかプラスチックのような、光沢のある、質感の布状の材質ですっぽりと覆われている。
「これは、茅の特性を最大限に生かす武器。
徳川に発注して、作らせておいたの……」
[
つづき]
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