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第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(316)
「……あの……。
ノリちゃん、もうちょっと、離れてくれると……」
「駄目。
今日は、ボクの日……」
翌日はノリの「当番」だった。
ノリは、ガク以上に積極的であり、登校の時にも香也の腕を抱いて離さなかった。昨日のガクが無邪気にじゃれついてくる感じだったのに対し、今日のノリの様子は、明らかに第三者の目を意識し、周囲に香也と自分の関係をアピールしようという意志が働いていた。
「ノリちゃん……なんか、背が伸びただけではなく、めっきり女の子らしくなって帰ってきたな……」
そう呟いたのは、いつも一緒に登校する生徒の一人、飯島舞花であった。
「……それで……今日は、ノリちゃんの番って、なんなの?」
舞花は、ふと思いついた疑問を口にする。
「……そ、それは……」
楓は、覿面にうろたえて口ごもった。
「最近では、みな、多忙になってきましたので……」
取り乱した楓があらぬことを口走らないように、と、孫子がすぐに口を挟む。
「……香也様のお世話を、順番にすることにしたのです……」
「ああ。なる」
舞花はあっさりと頷いた。
「ノリちゃん、きれいになって帰ってきたし、特定の誰かが絵描きさん、独占するといろいろやばいわけだ……」
飄々とした口調で、舞花は孫子があえてぼかした部分をあっさりと言い当てた。
「……狩野君……」
樋口明日樹が、なんともいいがたい顔をして、香也の顔をみた。
「……あっ。いや。
たぶん、想像しているのと、違うから……」
あわてて、香也はそんなことを口走る。
なにがどう違うのかというと、この時に明日樹が漠然と想像したことよりは、香也を取り巻く現実の方が遙かに過激だったりするのだが……。
「……そう」
決まり悪げに、明日樹は香也から顔を逸らした。
明日樹は明日樹で、香也の慌てぶりをみて、思わずいかがわしい想像をしてしまった自分を恥いっている。
ノリは香也の腕を抱く力を少し強め、樋口大樹は、「なんで、こんなやつばっかり……」とかなんとか、ぶつくさいっている。
「……そういや、ノリちゃん。
明日のバレンタイン、なんか用意してる?」
そうとは知らずに修羅場を呼び込む寸前だった舞花は、あっさりと別の話題をだした。
「他のみんなは、ノリちゃんがいない間に手作りチョコ、用意してたけど……」
「……ばれんたいん?」
ノリは、キョトンとした顔をした。
「何、それ?
あ。
そういう行事っていうか、習慣のことは聞いているけど……。
用意とか手作りとか、聞いてない……」
「……あれ?」
今度は荒野が声をあげる。
「お前ら、仲いいから、てっきりその話し聞いていると思ったけど……」
「先週の土曜日に、荒野がみんなにチョコの作り方、教えたの」
茅がノリに説明をはじめる。
「部活の一環として、学校の生徒たち向けのものだったけど……テンとガクも、紛れ込んで一緒に作ったの……」
「それ……ボク、聞いていない……」
ノリが、一瞬、口惜しそうな顔をした。
「かのうこうやっ! 今日の放課後、時間あるっ!」
可愛い顔に迫力をみなぎらせ、ノリは荒野に向かって、吠えた。
「……あるっていえば、あるけど……」
荒野は、必死になって頭を回転させて逃げ道を探した。
「チョコの作り方なんて……図書館とかネットとかで、簡単に調べられるぞ……」
「みんなと同じでなけりゃ、意味がないのっ!」
「……そ、そういう、もんなのか……」
珍しく、荒野が気圧されている。
「まあ……今日は予定ないから、協力してもいいけど……」
「よしっ!
じゃあ、放課後に、うちに来てねっ!
あとっ! 必要なものはっ!」
語気の一つ一つに、気合いが入っていた。
「……はよっーすっ!」
ちょうどこの時、玉木が合流した。
「って、何、この雰囲気は?」
「……ノリが、自分の分だけ手作りチョコがないから、今日中に作るといっているの」
「ああ。なる……。
週末のあれ、ノリちゃんがいない時だったもんな……」
玉木が納得した表情で頷いた。
「じゃあ、わたしもそれに便乗しようかな……。
何? 場所は、絵描き君の家でいいの?」
「わ、わたしも、一緒にっ!」
がっ!、と勢いよく、樋口明日樹が玉木に便乗した。
「いや……一人教えるのと、三人に教えるのとでは、あんま変わらないから……おれの方はどうでもいいけど……」
投げやりな口調で、荒野が返答する。
ここまで勢いづいたら、多少のことでは止められないだろうな……と、荒野は思った。
「……材料っ!」
ノリが、そんな荒野に催促する。
荒野は暗記していたレピシを思い出しながら、必要な材料を口頭で伝える。ノリは、自分の携帯を取り出して、荒野がしゃべった材料を書き留めた。
「……ノリちゃん、放課後待ち合わせて、必要なもの、一緒に買いに行こう……」
樋口明日樹が、がしっ、とノリの肩に手を置く。
「……めがねっこすりーっ!」
ノリと明日樹の肩に手を回して、玉木がわけのわからないことを叫んだ。
「……はぁーい!
なに?
朝から往来の真ん中で叫んだりして。
それって最近の日本でのはやりなの?
世界の中心で愛を叫んだり……」
「……ヴィ……」
荒野がこめかみを指でマッサージしながら、諦観のこもった声をあげる。
どこかで監視していて、声をかけるタイミングを見計らっていた……としか思えないタイミングだった。
突如現れたシルヴィに向かって、玉木とノリがかくかくしかじかと「放課後、狩野家で荒野が手作りチョコ講習を開く」という情報を伝える。
シルヴィ・姉崎は、「おぅ!」とかなんとか、いかにも芝居がかった仕草で声をあげながら、荒野が予測していたとおりに、
「……そういうことなら、ヴィもご一緒させていただいて……。
日本の風習を体験するのも、一興ね……」
などと言い出す。
『……どうか、これ以上ややこしいことになりませんように……』
と、祈らずにはいられない荒野だったが……。
その祈りは、結局聞き届けられることはなかった。
すぐに、彼らの背後から、車のクラクションが聞こえる。
「……朝っぱら、なに道の真ん中でたむろっているんだ、お前ら……。
ん?」
三島百合香が、愛車の窓から身を乗り出して、そんな挨拶をかました。
『……これで……今日も一騒動は確実だな……』
と、荒野は思った。
[
つづき]
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