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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(233)

第六章 「血と技」(233)

 孫子の会社は、事実上、予定されているうちの一部の機能がすでに稼働を開始している。顔見知りになった一族の者のうち、希望者に対し、試験的に仕事を与えている段階だった。また、孫子は昨夜のうちに、楓にも事務処理用のソフトを、より業務の実態に即した形にカスタマイズする仕事を依頼した、という。
「楓が承知した上でやっているんなら、とやかく言うつもりはないけど……。
 その、負担的には、大丈夫なのか? 楓の方は?」
 荒野は、そこを心配する。
 下校時の茅の護衛から解放されたとはいえ、楓もまだまだ多忙な身だった。
「……学校の方も、かなり落ち着いてきましたし……」
 と、楓は頷く。
 まだまだ、楓以外のパソコン部員だけでは、あまり戦力になっていないのが現実だったが……それでも、ボランティア活動に必要なシステムの、主要な部分は、かなりのところ茅と楓が仕上げてしまった。細かい手直しとか、変更はまだまだ必要だった。が、それはできる限り、パソコン部員にやってもらう。楓は、今後はできるだけ手を出さずに、部員たちの手に余る時にだけ、手を貸すつもりだった。最近めっきりやる気を出してきたパソコン部員たちに経験を積ませるためにも、そうするべきだ……と、そのように考えている事を、楓はその場にいた荒野たちに伝えた。
「……それで、放課後は、実習室に詰めて、そこのマシンを使って才賀さんのお仕事をすればいいかなぁっ、て……」
「勉強会の方は?」
 荒野はすかさず、確認する。
「そっちは、もう、プログラム的な作業はほとんど終わっているの。
 残っているデータの入力作業は茅が中心となって、進行している最中……」
 楓の代わりに、茅が答える。
「……確かに量的には多いけど、OCMソフトで問題集や教科書を丸ごと読み込ませて、それに説明や解説を加えて……という作業が残っている程度だから、楓の手はもう必要ないの。先生方も協力的だし、後は、計画的に残りの仕事を片づけていくだけ……」
「……つまり、楓に関しては、問題はないということですわね……。
 少なくとも、オーバーフローするような状態にはない、と……」
「……楓は、ともかく……」
 荒野は、なおも慎重な口振りを崩さない。
「おれたち、四月から三年生だろ?
 勉強の方、大丈夫なのか?」
 ここに集まった連中のうち、玉木、有働、徳川に関しては、荒野たちの事情につき合わせてしまっている……という負い目を、荒野は感じている。自分たちのせいで彼らの進学が失敗してしまうのは、荒野にしてみても不本意だった。
「そもそも、進学の必要もあまり感じていないのだが……」
 徳川は、そう答えた。
「もし必要を感じたら、スキップして海外に高飛びでもするのだ」
「ぼくは……今のところ、不安はありません。
 やるべきことを、しっかりやっていますから……」
 有働の余裕ある返答は、なかなか優等生っぽかった。
「……え、ええっとぉ……」
 全員の視線が、残る玉木に集中すると、とたんに玉木は視線を泳がせた。
「わはっ。わはははははっ。
 だ、大丈夫だってっ! これまでも、何とかなってきたし、これでも本番には強いし……」
「……茅……」
 玉木の狼狽ぶりを確認した荒野は、茅の方に顔を向ける。
「……勉強会の資料整理がひと段落したら、是非とも玉木の奴をしごいてやってくれ……」
「わかったの」
 茅も頷く。
「二度と忘れないようになるまで、玉木に必要な知識を叩き込むの」
「じゃあ、ぼくは……その時は、玉木さんに逃げられないように、捕まえておきます」
 有働が、さりげなく過激な約束を口にすると、玉木は、「うひっ」というしゃっくりのような短い悲鳴をあげ、その後、椅子から立ち上がって、「うどーくんのうらぎりものーっ!」と叫んだ。
「あの……」
 楓も、おずおずと片手をあげる。
「その時は、香也様も一緒に面倒を見てもらえませんでしょうか?
 わたしが見るより、茅様が見た方が、確実だと思いますので……」
「わかったの」
 茅は短く即答した。
「絵描きにも、二度と忘れられなくなるまで、叩き込むの」
「わたくしも、及ばずながら協力させていただきますわ……」
 うっそりとした口調で、孫子も賛同の意を表した。
 この短い問答で、香也本人の意志を確認することもなく、香也の将来がある程度決定してしまう。
「……せっかく、勉強のための資料を整理しているんだ。自分たちでも活用しないと損だよな……」
 と、荒野も頷く。
 ……などと、雑談に流れそうになった時、昼休みの終わりが近づいたことを告げる予鈴のチャイムが鳴った。

 放課後になると、荒野はいそいそと帰宅の準備を整え、脇目も振らずに帰路についた。今日の放課後は、今朝、無理矢理約束させられたある用事あったのだ。
『……ノリとか玉木だけだったら、まだしも……』
 ヴィとか先生とも約束した以上、すっぽかしたら、後々どんなペナルティがあるのか、分かったもんじゃない……。
 無理矢理、迫られた約束ではあっても、無碍にできない理由は、この二人の年上の女性にあった。どちらも、どちらかというと、荒野が苦手意識を持っている女性だった。もっと砕けたいいかたをすると、「頭が上がらない」存在である、ともいえる。
 もともと荒野は、その外見に似ず、異性に対しては奥手で、若干の気後れを感じているところがある。そういった部分は、年齢相応といっていいのだが……よりにもよって、シルヴィと三島は、荒野がイメージする、女性の不可解な部分を具現化したような存在でもある。
 今朝、週末に不在だったノリに強くせがまれ、手作りチョコ講習の再演を、狩野家ですることを約束したのだが……。
『……あの面子で、無事済んだら、そっちの方が奇跡だよな……』
 と、荒野が思う。
 第一、料理のことで荒野が三島に教えることなんて、あるとも思えない……。
 今日の登校中(三島にとっては、通勤中)、即座に参加を表明した時の表情からいっても、三島の場合は、荒野への嫌がらせとしか思えなかった。
 シルヴィは、三島のパターンとは違って、荒野を揶揄する感情があるとも思えないのだが……それとは別の意味で、今回のような状況を楽しんでいる……ような、気がした……。
 シルヴィは姉崎の一員として、荒野以外の一族の術者とは、一線を画して距離を置いているように見えたが……楓や孫子に対しては、妙な親近感を抱いているらしい。
 特に孫子に肩入れしているようにみえるのは、荒神が楓を弟子として認めたことへの対抗意識、故なのか……とか、思うこともある。
 そうした事を除いても、シルヴィは年下の同性に対しては親身に接することが多く、現在の、この土地でのポジションも、楽しみはじめているらしい……と、荒野は観測している。
『……万が一、あの三人が、姉崎に取り込まれたりしたら……』
 それ以外の六主家にあの三人が取り込まれた場合以上に、従来のパワーバランスが、大きく崩れるだろう……と、荒野は予測する。
 母であり、女性である……ということを、アイデンティティの拠り所にする姉崎と、あまりにも人為的なあの三人の出自とは、あまり相性がよくないのだが……彼女らの生まれは、彼女ら自身が選択した結果ではない。
 また、本草学、博物学、錬金術……などの知の体系を受け継ぎ、独自に自然科学系の知識を収集し続けて数百年の伝統を誇る姉崎が、三人というサンプルを入手したら、その応用に関しては、他の六主家の及ぶところではないだろう。
 荒野個人としては、実のところ、六主家間のパワーゲームにはあまり関心はないのだが……あまり極端に、現在の均衡が崩れても、あまりいいことはない……と、考えている。
 この間の竜斎への対応を思い返しても、三人が直ちに姉崎に靡くとも思わないのだが……注意は、必要だろう、と、荒野は思った。




[つづき]
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