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彼女はくノ一! 第五話(327)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(327)

 楓も孫子も、妙にねっとりとした視線で香也をみている、と、明日樹は観察した。それが、二人の内的な願望や欲求からくるものなのか、それとも、薬物が影響もたらした変化なのか、明日樹にはにわかに判断できなかったが……おそらく、その両方だろう、と、明日樹は判断する。ここ最近、この二人の香也への接近ぶりは傍目からも明らかで、今現在、楓が当然のように香也に迫り、孫子もそれを不当とはみなしていないことからも、「この人たちは、何度かこういうことを経験している」と、明日樹は結論づける。そうでなければ、このなれなれしさは発生しえない、と。
 三人の関係を知って明日樹が気落ちしたかというと、実は、そうでもない。薄々、雰囲気からそんなことではないかとは感じていたので、「意外に思った」というよりは、「……やっぱり、そうだったんだ」という「腑に落ちた」感じの方が強かったし……それに、楓と孫子はともかく、香也の方は、この期に及んでもなお、いやがって抵抗している。明日樹にとっては、既成事実が存在する、ということよりも、香也が望んでそうなっているのかどうか、ということが、大事だった。それに、明日樹にはひとつ下の弟が存在し、その大樹をみていれば、同じくらいの年頃の男の子の性欲がどれほどのものか、容易に想像がつく。これほど「恵まれた」環境下にあって、未だ「流されていない」香也の意志と自制心は、実はすごいのではないか……などと、明日樹は思う。そのような思索を重ねることで、今、目の前で進行している現実から目を逸らそう、という逃避的な心理的バイアスは、当然かかっているわけだが……。
 明日樹が、そんなことを考えている間にも、香也は楓と孫子に押し倒されて身動きを封じられ、服を脱がされはじめている。手足を拘束され、服を脱がされている香也はともかく、楓と孫子の方は、ゆっくりと香也の着衣をはだけながら、指や口を露出した香也の肌に押しつけて愛撫したりしていて、すっかり「その気」になっているようだった。二人とも、顔中を紅潮させ、うっとりとした表情をして、香也の肌を愛撫している。普段の様子とはまったく違う同性の友人の顔を目の当たりにし、明日樹はどきりとする。
「……ほら……香也様のここも……すっかり、元気に……」
 孫子がコワク的な微笑みを浮かべながら、香也のジッパーを降ろしてその中に手をいれていた。
「……香也、さまぁ……」
 楓は楓で、香也の手を、はだけた自分のシャツの中に導きながら、香也の耳のあたりを舌や口で愛撫していた。
「……いろいろ……愛してくだらさないとぉ……わたし、死んじゃうんですよぉ……。
 わたしが、死んじゃっても、いいんですかぁ……。
 この間、わたしが香也様の毒抜きをして差し上げたのに……」
 楓は、そんなことを囁きながら、香也のジーパンの中に入れた手を蠢かせる。明日樹の目にも、香也の股間は、楓の手の分以上に膨らんでいる……って、いや、それより、今、楓は、「わたしが香也様の毒抜きをして」うんぬんとかいっていなかったか? それってやっぱり、あれ、この薬とかやらを狩野君が飲んで(飲まされて?)今、まさにそうなりかけているように、あーんなことやこーんなことをやってしまった、ということなのだろうか? ん? ん?
 ……などと、外見的にはそのまま凍り付いている明日樹も、頭の中では立派にぱにくっているのであった。
「……わたしくも……」
 孫子が、香也の上半身の服を脱がしながら、香也の首筋にねっとりと口唇を這わせる。楓と孫子の二人がかりで押さえつけられたら、別に香也でなくとも抵抗は出来ない。二人は、白兵戦や格闘戦についても一通り以上の訓練を受けている、いわばエキスパートであり、加えて、反目することが多い割には、こういう時に限ってぴったりと息を合わせて手際よく香也の服を脱がしていく。手慣れているっつーか、まるで、あらかじめ打ち合わせでもして計画的に香也を襲っているように感じるほどの手際の良さ。明日樹の内心は、「とんでもないところに居合わせてしまった……」という焦りや他人の秘め事を見せつけられている恥ずかしさといたたまれなさ、それに、他ならぬ香也が明らかに望んでいない関係を迫られていることに対する怒りなどが内心で入り混じってぐだぐだになっている。思考が混濁して動けない明日樹の耳に、ことさらゆっくりとした口調の、よく通る孫子の声が入ってくる。
「……先ほど、チョコを食べましたから……わたくしも、毒に犯されております……。
 香也様ぁ……助けてください……」
 この時、孫子は確かに、明日樹の方をちらりと横目で見た。
『……挑発っ!』
 瞬間的に、明日樹の頭に血が昇る。
 楓の方はともかく……孫子は、明日樹の気持ちを知りながら……気づいていながら……わざわざ逆撫でするような……見せつけるような……。
 明日樹は、むーっとした顔で、何気なく炬燵の上をみる。
 放置されたチョコの箱が、視界に入った。蓋は開いたままで、中身はまだまだ残っている。
 明日樹は、固唾を飲み込む。
『……これを、口にすれば……』
 正直……えっちすれば、うんぬんという話しはかなり眉唾だとは思うが……少なくとも、これを食べてしまえば……楓や孫子と同じく、今、ここで、そういうことをする口実が、できる。
 そういうのが明日樹の本望なのか……といえば、決してそんなことはないのだが……指をくわえてみているよりは、自分の意志で仲間に入った方が、遙かにマシなのではないか?
 あはんうふんと楓と孫子の嬌声が次第次第に大きくなる中、明日樹が、複雑な心境のまま、そろーっと手を炬燵の上に伸ばす。
 その時、
「「「……たっだいまっー!」」」
 玄関の方から、聞き覚えのある声が三人分、響いた。
 明日樹はぎくりとしてのばしかけた手をさっと引っ込める。
「……あっ! この匂い……。
 誰かがえっちな気分になった時の匂いだっ!」
 ガクの声がまず聞こえ、その直後、どたどたと三人分の足音がして、三人がどたどたと慌てた様子で居間に入ってくる。
「「「……あーっ!
 やっぱり、みんなでえっちなことやってるーっ!」」」
 入って来るなり、三人は声を揃えた。
「……わっ……わたしっ!
 やってないっ! まだ、全然、何もやってないからっ!」
 明日樹が、目を点にして、顔の前でぶんぶんと掌を振る。
「「「……あーっ!
 あの、えっちな気分になるチョコ、本当に使ってるっー!」」」
 三人は、明日樹の横を素通りして、すでに絡み合っている香也、楓、孫子の方に駆け寄る。
「……これは……」
「うんっ!」
「出遅れたけどっ!」
 テン、ガク、ノリの三人は、一斉に炬燵の上のチョコに手を延ばす。
 明日樹も、勢いにつられてチョコに手を延ばした。




[つづき]
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