2ntブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(250)

第六章 「血と技」(250)

「……荒野さんは、いっぱい貰いそうだな……」
 樋口大樹が、そう断言する。
「あんたは、全然駄目そうだけどね」
 大樹の姉である明日樹が、にべもない口調で続けた。明日樹は、身内である大樹には、意外にきつい。
「わたしと未樹ねーからの義理チョコだけだと思うよ、今年も……」
「……未樹ねーといえば……」
 大樹は、鞄の中からラッピングされた包みを荒野に差し出す。
「これ、預かってました。
 またお店に来てくださいね、って伝言つき……」
「……お礼、いっておいてくれ……」
 荒野は、自分の鞄の中にその包みをしまう。
 それから、誰にともなく、
「……あっ。
 これ、学校に持ち込んでも、大丈夫かな?」
 とか、言い出した。
「……もう今日は、持ち物検査ないよ。例年の調子だと……」
 飯島舞花が、請け負った。
「学校側も、本気でチョコ没収したいわけではなく……一種の、ポーズだな。
 あんまり浮かれるな、っていう……。
 先生の眼に止まるようなことがあれば、別だけど、普通に隠し持っているだけなら、わざわざ検査されたりしないから……」
「……そんなもんか」
 荒野は、なんの気なしに頷く。
 もとより、何気なく尋ねてみただけであり、本気で疑問に思ったわけでもなかった。
「そういや……そっちは、学校が引けてから?」
「そう」
 舞花は頷いて、栗田精一を指さす。
「チョコ渡すだけではつまらないから、これ、うちに泊まらせる」
「まーねーが何か言いだしたら、おれには拒否権ないんです」
 栗田もそういって頷いた。
「……ほとんど毎週末、舞花のマンションに泊まりにきているのに、よく飽きないな……」と、荒野は内心で思い、それから、「いや、それがつき合うということか」と、思い直す。
「……わたしらよりも、一年の堺と柏の方がすごいよ」
 荒野の顔に考えていたことが幾分なりともでていたのか、舞花がそんなことを言いだした。
「向こうは、家がお隣り同士で、ほとんど生まれた時から、ずーっと一緒にいるわけだし……」
 ……これでなかなか、飯島は人の表情を読むのが巧いし、細かいところに気がつく性格だよな……と、荒野は思う。
 少し離れたところでは、孫子と玉木が、「義理チョコ不合理論」で意気投合していた。この二人は、こと、経済的なことが絡む事柄については、よく意見が一致する。規模としては雲泥の差があるとはいえ、自宅が商売をしているので、自然とそういう方面に、敏くなってしまうのだろう……。
 荒野たちにとって、一晩中乱痴気騒ぎを経由しての朝だったわけだが、他の連中にとっては普段と何らかわることのない、ありふれた普通の朝だった。ただひとつ、いつもとの違いがあるとするのなら、その日が二月十四日、すなわち、聖バレンタインデーに当たっていたことだろう。一緒に登校する連中も、しきりにそのことを話題にしていた。
 荒野自身といえば、「……所詮、自分には縁遠い世界の話題だな……」とかいう認識で、適当に同行者たちの話しを聞き流したり口を挟んだりしている。
 もちろん、この荒野の認識は、間違いだった。そのことは、登校してすぐから思い知らされる。
 荒野には、どちらかというと、周囲に目を配ることに夢中になって、自分自身のことを意識からはずす、という奇妙な習性があった。
 知力体力、ともに、一般人はもとより、一族の水準からみても、かなり上回る潜在能力を持つ荒野は、たいていの窮地は、その場の判断で切り抜けられる、という、見ようによってはかなり傲岸不遜な自負を、ごく自然に保持している。だから、「自分の為に用心をする」という習性がない。また、荒野の前半生、つまり、荒野が、「この土地に来る前」の経歴も、その荒野の自負が正しいということを、証明してしまっている。
 しかし、従来の荒野の経験や判断力がまるで役に立たないタイプの危機があることを、荒野はすっかり失念していた。

 まず、学校に到着し、靴をはきかえようとして下駄箱を開けると、どさどさと色とりどりの包装紙やリボンに包まれた包みが、荒野の下駄箱の中から降ってきた。
 不意を突かれた荒野は、その場で硬直する。
「……わぁ……」
 樋口明日樹が、呆れたような声をあげる。
「すごいね、これ……。
 ええっと、ざっと一ダース以上、あるんじゃないかな?
 これ……」
 そんなことをいいながら、床に落ちたチョコを拾い集めにかかる。
「……茅ちゃんには、いわない方がいいな……」
 小声で硬直したままの荒野に囁いてから、舞花も明日樹の後を追うようにして、チョコを拾い集める。
「でも、人目というものがありますから……」
 そんなことをいいながら、孫子もチョコ拾いに参加した。
「……遅いか早いかの別はあっても、いずれ、あの子の耳に入ると思いますが……」
 ボランティアや自主勉強会の関係で、人前にでる機会が増えているため、今では茅も、全校規模の有名人だった。いや、知り合いの人数でいったら、今では荒野よりも茅の方が多いくらいだろう。
 ここで荒野は、ようやく硬直を解いて周囲を見渡した。荒野と目が合いそうになり慌てて視線を逸らした生徒たちが、二十名前後。
 二年生の下駄箱の前だったので、茅に直接、目撃されることはなかったものの……噂が流布するのをくい止めることは、事実上、不可能だろう……。
 古人曰く、「他人の口に、戸は建てられない」。
「……まあ、後で考えて、何とかするよ……」
 荒野はそういって鞄の口を開き、その中に、拾い集めたチョコを入れて貰った。
 鈍感というか、不用心というか、この時まで荒野は、「バレンタイン」なる行事に、自分自身が深く関わる可能性を、これっぽっちも想定していなかった。

 下駄箱での一件はまだまだ皮切りに過ぎず、荒野の受難はまだまだ続く。
 まず、教室に入って、鞄の中の教科書やノートを写そうと机の中を探ると、そこにもラッピングされたチョコが一ダースばかり入っていた。隠して持ち歩ける量でもなく、荒野は周囲の同級生たちの好奇の目に晒されながら、机の中のチョコを教室後部に設置されている、私物入れのロッカーへと移送する。その際、「……ここまで来ると、隠しても無駄だな……」と判断し、鞄の中のチョコもロッカーの中に放り込む。
 徹夜明けのせいだけでもなく、がっくりと疲れはてて自分の席に着くと、今度は「……他のクラスの女子が呼んでるぞ……」と、クラスメイトに声をかけられた。
 荒野がのろのろとした歩みで廊下にでると、三人組の女子が、きゃーきゃー黄色い声を発しながら荒野を出迎え、ひとしきり騒いだ後にようやく、三人同時に、きれいに包装された小さな包みを荒野の胸元に押しつけて逃走した。三人とも、クラスが別、ということ以上に、荒野とはあまり交渉を持つ機会がほとんどない生徒たちだった。小さな学校だから、流石に顔くらいは見覚えがあったが、その彼女たちとまともに口をきいた記憶というのが、荒野にはまるでない。
『……バレンタインって、確か、好意を持った異性にチョコをあげる行事では……』
 と、荒野は首をひねった。
 荒野の感覚でいえば、ろくに口を聞いたことがないのに、わざわざ手渡しにくる……という事実が、よく理解できない。
 荒野が苦笑いを浮かべながら、その包みもロッカーに放り込もうときびすを返すと、その背中に、声がかけられる。
 今度は、三年生の女子、五人組だった。その子たちは、
「……わたしたち、もう卒業だけど……」
 などといいながら、やはり荒野にチョコを押しつけて、キャーキャー騒ぎながら去っていった……。

 そんなことが、その日一日、ほとんど休み時間のたびに繰り返され……荒野は、その日、精神的に疲弊しきった。
 しまいには、昼休みに校内放送で保健室に呼び出され、そこで三島とシルヴィから特大チョコを押しつけられたりもした。

 そんなわけで、荒野にとって、その日、聖バレンタインデーとやらは、厄日というか天災というか……ともかく、非常に疲れる一日となった。




[つづき]
目次

有名ブログランキング

↓作品単位のランキングです。よろしければどうぞ。
newvel ranking  HONなび




Comments

Post your comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

このページのトップへ