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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(251)

第六章 「血と技」(251)

「才賀、頼みがある」
 放課後になると、荒野は真っ先に孫子に声をかけた。
「持ちきれないチョコ、囲碁将棋部の部室に保管させてくれ」
 帰り支度をしていた孫子は、たっぷり三十秒、荒野の顔をまじまじとみつめる。
「……そんなに……」
 ……いっぱい貰ったのか?
 という後半部を省略して、孫子は眉間に皺を寄せた。
「……少なくとも、おれのロッカーと机の中には、はいりきらなくなってきた……」
 荒野は、真面目くさった顔をして答えた。
「……あれだな。
 たぶん、おれという存在の物珍しさもとか、面白半分でくれた人が多いんだろうけど……。
 あと、この手のものって、包装紙とかが、意外にかさばるのな……。
 こういうもんは、くれた人の気持ちが籠もっているわけだから、気軽に捨てたり人にやったりするわけにもいかないし……」
「……それこそ……」
 孫子は軽くため息をついた。
「……手持ちの子分どもを呼びつければ済むのではなくて?
 一声、声をかければ、荷物持ちの程度の雑用、喜んでやるような手下には事欠かないでしょうに……」
「いや、おれ、必然性がないのに人に命令すんの、嫌いだし……」
 荒野は、ゆっくりと首を振る。
「……それに、こんな私用で他人を使う、っていうのもなぁ……」
 非常時ならともかく、平時に他人に命令をする、ということに、荒野はいつまでも馴染むことが出来ないでいる。
「……ねー、加納君……」
 自分の携帯をチェックしていた樋口明日樹が、荒野の方に振り向いた。
「それじゃあ、わたしも荷物持ちしようか?
 どうせ、帰り道、一緒だし……」
「……え?
 そうして貰えると、助かるけど……」
 予想外のところから援助の手を差し伸べられて、荒野は、今度は明日樹の顔をしげしげと見つめる。
「樋口……今日、部活は?」
「……んー……もう一人の方の狩野君が、体調悪いから直帰するっていうから、今日はお休み。
 一人で美術室いってもつまらないし……。
 あ。どうせなら、大樹も呼んで荷物持ちさせよう……」
 明日樹は、携帯に向かってメールを打ちはじめる。
「どうやら、その案件は片付いたようですわね……」
 孫子は、そういって自分の鞄を持って教室から出て行こうとした。
「わたくし、これから商店街の方で所用がありますの。
 いくらあなたでも、三人で持ちきれないほどのチョコは貰っていないでしょう?」
「……おっ、おう……」
 荒野は、曖昧に頷く。
「バラのままだと持ちにくければ、三島先生にでも相談すれば、ありあわせの紙袋くらい分けて貰えると思いますわ。
 それでは、ご機嫌よう……」

 孫子のアドバイスに従って、荒野は保健室に赴いて三島に適当な紙袋を分けて貰ってから、教室に戻る。その往復の間も、何度か女生徒(必ず、単独ではなく二名から数名の小集団だった)に呼び止められ、チョコを渡される。荒野はこの学校での自分の心証を好くしておきたかったので、にこやかに礼をいって受け取ると、三島から分けて貰ったばかりの紙袋の中に落とした。
 そんな感じで教室に着くと、
「……また、貰ったの……」
 と、樋口明日樹が、呆れた顔で出迎えてくれる。
「……あと、加納君がいない間に、義理チョコ、何人か置いていったから……」
 と、荒野の机の上の指さす。
「……荒野さん。おれの予想以上にもてますねぇ……」
 荒野がいない間にこの教室に来ていた樋口大樹が、感心した声を出した。
「まあ、目立つからな、おれ……」
 荒野は軽くいないして、樋口大樹に紙袋を渡す。
「そういうわけで、お前にもチョコを持たせてあげよう……」
 三島に貰った大きめの紙袋、五つを使って、なんとか全てのチョコを持ち運べる形にする。明日樹に一つだけ持たせ、荒野と大樹が両手にひとつづつ持った。重量的にはたいした荷物でもなく、いざとなれば荒野一人で軽々と持てるくらいなのだが、目立つ荷物を山盛りにして下校すれば、間違いなく見せ物状態になるので、樋口兄弟が自発的に協力してくれたことは、素直にありがたいと思った。

「……しかし、すごいっすね……」
 よほど驚いたのか、下校中も、大樹はしきりにそういっていた。
「どれくらい集まったんすか?」
「いちいち、数えてない。途中から、数えるのやめた」
 荒野は、憮然とした顔で答える。
「でも、ほとんど義理だよ。
 例の手作り講習に来た人たちが、お礼がてらにくれたのもあるし……」
「……ほとんどが義理にしたって、数が多すぎると思うけど……」
 明日樹は、曖昧に言葉を濁す。
「これ、ホワイト・デー、大変だね……」
「……ホワイト・デー?」
 荒野は、首を捻る。
「……あっ。知らない……っか……」
 明日樹はそういった後、大樹と顔を見合わせ、簡単に説明した。

「……なるほど……そういう日もあるのか……」
 一通りの説明を聞いた後、「……奥が深いぞ、日本文化……」と思いながら、しきりに頷く。
「わかった。
 そっちの始末は、その時に考えよう……」
「いや、でも……そのあたりは、学校休みだし……先輩たちは卒業しちゃっているし……そんなに真面目に考えなくてもいいかなぁーって気はするけど……」
 明日樹が慌てて付け加えた。
「全部義理なら、それでもいいんだけど……」
 荒野は、紙袋を両手に提げたまま、軽く肩を竦めた。
「ラブレターとか入ってたら、それなりに誠意のある対応しなけりゃ、やばいだろ……」
 妙なところで義理堅いところがある、荒野だった。

 マンション前で「コーヒーでも」と誘ったが、明日樹は何やら用事があるとかいって、そのまま紙袋を大樹に押しつけて帰って行き、残った大樹と荒野とで、マンションに入った。
 荒野にしても、昨夜のことがあったので、第三者がマンションにいてくれると何かと安心ができるのであった。





[つづき]
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