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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(252)

第六章 「血と技」(252)

 樋口大樹をリビングに通すと、荒野はチョコのはいった紙袋をテーブルの上に置き、コーヒーメーカーをセットしてから別室に引き上げ、手早く着替えてからリビングに戻った。
 リビングでは、大樹がチョコを紙袋からだ出してテーブルの上に並べ、数えている最中だった。
「……これ、全部食うんですか?」
 着替えてきた荒野に気づくと、大樹は顔をあげてそう尋ねる。
「食べるしか、ないだろう」
 荒野はそう答えてから、
「……これだけの量だと、いっぺんに、っていうのは、無理だけどな……。
 まあ、少しづつでも……」
 と、付け加える。
 荒野は、甘い物は好きな方だが、血糖値が急激に上がりすぎるのは、実はかなり危険だったりする。
 そんなことをいいあいながら、ちょうどできあがったコーヒーを二人分、マグカップに注ぎ、大樹と自分の前に置いてから、荒野は持参したレポート用紙に、今日、チョコをくれた女生徒たちの中で、名前を知っている者のリストを書き出しはじめる。一年生と二年生に関しては、かなりの人数、学校に転入前にチュエックしているので、顔と名前程度を覚えている生徒は、多かった。それにくわえて、チョコ講習に参加した生徒についても、だいたい名前を覚えている。荒野は、一度でも面識がある人物については、出来る限り、顔と名前を記憶するようにしていた。
「……こんなに……」
 荒野の手元をのぞき込んで、荒野が何をしているのか察した大樹が、そういって絶句している。
「……お返しをする習慣があるとは思わなかったんで……こんなことなら、名前を知らない子は、貰う時に確認しておくんだったな……」
 荒野は、なんでもない口調でそんなことをぼやきながら、カリカリとレポート用紙を埋めていく。
 しばらくその作業に没頭して、不明分が多少残ったとはいえ、大部分のチョコの送り主を特定することができた。
「……だけど、本当に、すごい数っすねぇ……」
 荒野がその作業をしている間にも、大樹は、リストとチョコの山とを見比べて、何度も同じことをいって感心している。
「この人数だと……うちの女子の、七割以上じゃないっすか……」
「大部分は、義理とかその場のノリとか……流行に乗り遅れまいって、感じじゃないのか?」
 荒野は、冷静にそう分析する。
「おれ、目立つし……玉木経由で、いろいろやったし……」
 あんな目立ち方は、もう二度したくはない……と、荒野は思っているわけだが。
「……そういや、未樹ねーのチョコには気をつけた方がいいっすよ」
 大樹が、不意に真面目な顔をしていった。
「去年、おれが貰ったチョコには、唐辛子と豆板醤が練り込まれてて、ひどい目にあいましたから……」
 ……未樹がそんないたずらをするのは、弟相手の時に限るのではないか……と、荒野は思ったが、賢明にも、この件については何もコメントしなかった。

 そんなことをしているうちに、インターフォンが鳴る。
 荒野が玄関で確認すると、犬を連れた野呂静流が一人で立っていた。
「……よかったら、そのワンちゃんも一緒にどうぞ……」
 荒野はすぐにドアを開け、静流を中に招き入れる。
「その子に、ミルクでも持ってきましょうか?」
「お、お構いなく、です……」
 静流は呼嵐を玄関に置いて、「お、おじゃまします……」と一礼してから、室内に入っていった。

「……こ、コーヒーの香り……で、でも……冷めかけているのです……」
 荒野がサングラスをかけて白い杖をついた若い女性を伴ってリビングに帰ってきたので、大樹が立ち上がりかける。それを手で制して、荒野は静流にいった。
「そうです。
 お湯を用意しますか?」
 荒野は、静流がいいそうなことを予測し、先回りをして、そういった。
「お、お願いします……。
 そ、それから、そこの、お、お友達も、よかったら一緒に……」
「本当に、お邪魔じゃないっすか?」
 静流にもそういわれ、一度立ち上がりかけた大樹は、複雑な表情で座り直す。
「まあ、お茶くらい、飲んでいけ」
 荒野は、お湯を沸かす準備をしながら、大樹に向かって、そういった。
「きっと、びっくりするから……」

「……えっ!」
 静流が慣れた手つきで用意したお茶を一口、口に含んだ途端、大樹は、椅子の上で数センチほど飛び上がった。
「……これ……本当に、お茶なんですか?」
 目を見開いて、本気で驚いていた。
「……こ、今度、お店を出すのです……。
 よかったら、どうぞ……」
 静流は、すかさず大樹の前に、ポケットから出したチラシを置く。
「もうそろそろ、開店ですか?」
 荒野が、静流に聞いた。
「お、おかげさまで……」
 静流が、頷く。
「さ、才賀さんが、いろいろ動いてくれたおかげで、じゅ、準備も、だいぶん、はかどりました……」
 孫子は、近郊の料亭や茶道家元、少し高級な客層の料理店などを静流に紹介し、結果として静流はかなりの固定客を掴むことになった、と話した。
「て、店頭売りは、ゆっくり時間をかけて、客層を開拓していくしかないですが、そ、その前に、いくらかの収入源を確保できたのは、お、大きいのです……」
「いや、いくら才賀でも、扱っている品物がよくなければ、口利きもできないでしょうから……半分以上、そこまで準備をしていた静流さん自身の功績ですよ……」
 荒野は、謙遜する静流にそう答えた。
「お店は……商店街の、ちょっと裏にいったところっすね……」
 大樹が、たった今、貰ったばかりのチラシを見ながら、確認する。
「……は、はい……。
 つ、都合よく、空いているお店がありましたので……。
 しょ、商店街のイベントも、今日までだそうなので……明日から、か、開店にむけて、ほ、本格的な改装工事に、入ります……」
 吃音はあるものの、静流は流暢に答える。
「商店街、今まで騒がしかったでしょ?」
 荒野が、そんなことをいう。
 荒野は以前、静流が、「店の二階が住宅になっている、古い建物を借りた」と聞いていた。犬もいることだし、その方がなにかと都合がいいのだろう。
「……は、はい……。
 で、でも……ああいう賑やかさは、嫌いでは、ないのです……」
 静流は、そういって、頷く。
「そ、それに……お店をはじめる以上、そ、そういうのには、な、慣れないといけませんから……」

 静流のお茶を飲み終え、大樹が、
「……それじゃあ、おれ、そろそろ帰ります……」
 と腰をあげる。
 遠慮している、というのも多少はあるのかもしれないが、大樹は大樹なりに、一族方面の人や出来事には、出来るだけ深入りしないように心がけている節がある。今までの大樹の挙動をみていれば、その程度のことは、容易に推測がついた。荒野の態度から静流も「そちら方面の人らしい」とあたりをつけて、早々に退去することにしたらしい……と、荒野は予想する。荒野は、そうした種類の慎重さを、むしろ好ましく思う方だったので、黙って大樹を見送った。

「……それで、ご用件は、なんなんです?」
 玄関まで大樹を見送って戻った荒野は、いよいよ本題を切り出す。
 静流がわざわざ足を運んだ以上、相応の用件がある、と考えるのが、普通だった。
「……そ、そう、畏まられても、こ、困るのですが……」
 荒野が改めて切り出すと、静流はせわしなくあたりを見渡し、挙動不審になった。もちろん、強度の弱視である静流が、何かを見るとか探すとかで首を巡らすことは、ない。
 つまり、静流は、珍しく動揺していた。
「……あ、あの……こ、これを、あげるのです……」
 静流は、腰のポーチから、ラッピングされた小箱を荒野の前に差し出す。
『……静流さん……も、か……』
 完全に虚をつかれた荒野は、その場でしばらく硬直した。
 まるで、予想していなかった展開だった。




[つづき]
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