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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(253)

第六章 「血と技」(253)

「……ええっと……」
 荒野は言葉を濁しながら、ちらりと壁に掛かった時計の針を読む。茅たちが帰宅する時刻まで、まだかなりの時間があった。
「いや……お気持ちは、うれしいっすけど……」
 荒野は、対面している静流の顔を見ながら、しどろもどろに答える。
 これが、例えば、荒野のことを「加納本家の跡継ぎ最有力候補」としか見ないような相手なら、あるいは、荒野の容姿だけをみて言い寄ってくるような女性なら、まだしも適当なあしらいようがある。
 しかし、静流は、現在、顔を赤くしながら荒野の返答を待って畏まっている様子をみても……そのどちらでもない、と断言できた。
 そもそも静流は、その出自こそ野呂本家、ではああるが、生まれながらの障害によって、最初から出世レース的には「番外」扱いになっている。また、視覚に障害がある静流が、荒野の「容姿」を気に入る可能性も、皆無に等しい。
 つまり……どうみても、静流は本気だった。
「……お、おれには……その、もう、茅がいるし……」
 荒野は、かろうじてそう続ける事が出来た。
 自分でいれたコーヒーと静流のお茶を立て続けに飲んだばかりだというのに、喉がからからだった。
 これまで、その手の、男女間の駆け引きについて、ほとんど経験らしい経験もない荒野は、こうした局面に極端に、弱い。
「そ、それは、知っていますが……」
 静流は、その程度では引かなかった。
「あ、姉崎さんや、酒見さんたちはよくって……な、何故、わ、わたしが、駄目なんでしょうか?」
『……もう、伝わっているしっ!』
 荒野は内心で絶叫する。
 シルヴィとのことはともかく、酒見姉妹との具体的に「関係」したのは、つい昨晩のことである。その「情報伝達速度」は、まさしく「驚異」の一言につきたが……荒野は、女性同士の噂話しネットワークの効率について、著しい過小評価をしていた。ましてや、「情報」を扱うのに長けているのは、一族共通の性質であり、さらにいうと、荒野は自分で意識している以上に、この土地に流れ込んできた一族の者の注目を浴びている……。
 じわり、と、荒野の額に、冷や汗が浮かんだ。
「……えっと、それは、その……」
 返答に詰まった荒野は、話題を変える。
「し、静流さん、さあ……。
 野呂の中で、縁組みとかそういう話しなかったの?
 例えば、ほら、のらさん……良太さん、なんて、年齢周りからいっても、実力からいっても、十分に野呂本家の跡継ぎになれると思うけど……」
 野呂良太は、早くに両親を亡くして以来、その素質を見込まれて、野呂の本家で育てられていた……と、荒野は、聞いている。
 おそらく、「将来的には」静流との縁組みも、考えていたのだろう。そこまで考えいなかったら、わざわざ本家で引き取る、ということもなかった筈だ。
 一族は多数の養成所を運用しており、甲府太介がそうであったように、一族の縁者で孤児になったものは、通常はそこに預けられるシステムになっている。その程度の厚生福利も整備できなければ、安心して危険な任務につけない。
「……に、にいさまは……き、嫌いではないですが、か、家族同然に育った間柄ですし……い、いまさら、そ、そういう気持ちにならないのです。
 そ、それ以前に、ああいう人ですから……しょ、しょっちゅう姿をくらましちゃう、ふ、風来坊ですし……」
 ……そういえば、あの人……この一ヶ月前後、全然、連絡つかないよな……と野呂良太の近況を、荒野は思い出す。
 例の三人組が来て以来、荒野は野呂良太に渡された連絡先に何度か接触を試みているのだが、今まで、まったく反応がなかった。
「……いわれてみれば……本家の跡取り、って柄ではないか……あの人……」
「……こ、困ったことに……に、にいさまみたいな人が、野呂の中では、デフォルトな多数派なのです……」
 独立独歩の気風が強い、といえば聞こえがいいが、ようするに「自分勝手で、組織への帰属意識が薄い」のが、大多数の野呂の心証だ。
 竜斎のような男が長をしていられるのも、実力があることは当然の条件にしても、あれで「長としての仕事」は恙無くこなしているから……という理由が大きい。
 個体数が絶対的に少ない加納や佐久間に比べ、潤沢な人員はいても、組織としてとりまとめる中枢の人材が極端に乏しい……というのが、野呂の、慢性的な「問題」だった。
「……か、茅様のことは、わ、弁えているのです……」
 静流は、どもりながらも、まっすぐに自分の意志を荒野に伝える。
「そ、それでも……は、半端な殿方よりは、こ、荒野様の方が、す、数倍ましなのです……。
 あ、姉崎さんと同じく……せ、せめて……こ、子供だけでも……」
「……あー……」
 荒野は、進退窮まった気分になった。
 実は、「血を残すための、より強い子孫を残すための、かりそめの縁組み」というのは、一族の中では、決して珍しい風習ではない。
 ことに、個体数が激減している「加納」という集団のことを考えると、荒野がタネをばらまいて、子供を作る機会を増やすことは、歓迎こそされ、非難されることはない、と、断言できる。そうまでしても、加納の因子を受け継ぐ子供ができる可能性は、かなり低いのであった。
 しかし、個人的な心証として、まったく納得のいかない荒野は、さんざん、断る理由を頭の中で探したあげく、
「……茅に相談してみます……」
 などと、尻切れトンボの結論しか出せないのであった。
 静流に女性としての魅力がない、ということではなく、荒野自身の気持ちでいえば、「……これ以上、ややこしい状態になりたくないぞ……」というところであった。

 そんなやりとりとしているうちに、インターフォンが鳴る。
 荒野は、どこか救われたような気分になって、玄関に向かった。
「……よう、荒野」
 荒野が玄関を開けると、三島とシルヴィが、各種食材の入ったビニール袋をぶら下げて、突っ立っていた。
「喜べ、感謝しろ。
 シルヴィに、昨日、ここの冷蔵庫を空にしたって聞いてな。気を効かせて買い出しに入ってきてやったぞ……」
 三島は、そんなことをまくし立てながら、荒野が招き入れたわけでもないのに、ずかずかと室内に入ってきた。
「……おやっ?」
 キッチンにまで侵入して、そこではじめて、ちょこんとテーブルについている静流を発見し、テーブルの上に置かれたチョコの包みと静流を等分に見る。
 三島は、ゆっくりと荒野を振り返り、意味ありげに「にひひいひひっ」っと、笑った。
 荒野は、これ見よがしにため息をついた。
「……先生が何を想像しているのか、かなり具体的に想像してますが……。
 ……いや、まあ……。
 その想像も、かなりのところ、当たっているのといえば、当たっているんですが……でも、それでも違っているところがあって、特に、おれ、疚しいことなんて一切してなくて……」
 途中でどう説明したらいいのか、混乱してきた荒野は、
「……ああっ!
 もうぅっ!」
 と叫んで、
「……そもそも最初から、詳しく説明します。
 ほら、食料冷蔵庫にしまって、席についてっ!」
 と、いった。

 一通りのことをシルヴィと三島に説明し終わった時、茅が酒見姉妹を伴って帰宅した。
「……久しぶりに、腕を振るってやっか……」
 と三島が立ち上がり、その場にいた全員で、その日の夕食を囲むことになる。
「……何が食いたい?」
 と三島がリクエストを求めた時、荒野は、
「超極辛のカレー以外なら、なんでも」
 と即答する。
 酒見姉妹が、荒野の言葉にこくこくと懸命に頷いていた。

 みんなで手分けして食事の支度をしながら、荒野は茅に向けて、三島とシルヴィにした説明を繰り返す。




[つづき]
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