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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(257)

第六章 「血と技」(257)

 その後の食卓は、割合に和気藹々としたものだった……と、思う。より正確にいうのならば、荒野を抜きにした女性陣が、勝手に盛り上がっていた。
 三島とシルヴィが盛り上げ役、茅と静流は聞き役で、酒見姉妹はその場の雰囲気を敏感に察知して柔軟に話題に乗る、といった感じで、あれこれと荒野には興味が持てない話題……例えば、ファッションとかメイクとか……に興じている。視覚に障害があるせいで、その手の知識に疎い静流や、現在の環境に移ってから日が浅い茅、それに、三島やシルヴィよりは年少の酒見姉妹などが、興味津々といった感じでかなり真剣に話し込んでいる。
 荒野を取り巻く女性たちが仲良くしてくれるのは、その逆にいがみ合っているよりは、よっぽどいい。実は、現在の荒野の生活は、微妙な均衡の上に成り立っており、その脆弱さを荒野も痛いほどに認識していたので、不安要素は少ない方がよかった。異性関係については経験の少ない荒野にしてみても、単一の男性が複数の女性と関係を持つことの微妙さ、難しさは、一般的な知識として知ってはいる。
 例えば、昔、仕事中に知り合ったあるムスリムの男性は、二人の妻と生活していたのだが、「……どうしても、若い方との回数が多くなっちゃってね。年上の妻から焼き餅を焼かれるんだ……」などと年若い荒野にまで愚痴っていたものだ。合法的に複数の女性と結婚できる文化圏でも、やはり人付き合いの難しさというのは変わらないわけで……荒野たち、一族の規範からいえば、当事者同士の承諾さえあれば、複数の異性と同時に関係を持つことも、特に忌避されることもないのだが……特に非難されないといっても、人間関係や男女間の微妙さが単純化するわけでもない。
 だから……たとえ、現時点での表面的な、部分だけの穏やかさ、ではあっても……女性たちが良好な関係を築きくことは、平和でいいことだ……と、荒野は思う。何せ荒野は、年始の初詣の時に「世界平和」をわざわざ祈願したほどの、自称平和主義者なのだから。
 荒野がそんな話題に入っていけるわけもなく、食事が終わると食器を集めて洗い物を済ませ、そそくさとキッチンから退出し、別室に籠もって教科書やらノートやらを開いた。茅ほど完璧な記憶力を持たない荒野は、こうして隙間の時間をみつけては学校の勉強をしておかないと不安になる。時間をかけさえすればそれなりに記憶できる……ということは、経験からいっても分かっているのだが、荒野の場合、いつ不測の事態が生じ、大幅に時間を取られるかわからないので、計画的に学習をする、ということが、事実上、許されない身である。だから、細切れの時間も出来るだけ有効活用するようにしている。

 そうして荒野が自分の勉強に集中していると、茅が、「みんなが、帰るの」と荒野を呼びに来た。時計を確認すると、すでに十時を回っている。荒野が熱中している間に、女性たちはおしゃべりに夢中だったっらしい。
 荒野は、茅と一緒に玄関まで行き、女性たちを送り出した。
 三島とシルヴィはいつもの通りだったが、普段は大人しい静流や、荒野の前ではかしこまっていることが多い酒見姉妹までもが実にリラックスした様子で機嫌良さそうに帰って行ったのは、荒野にとっても印象的だった。
 静流は、その生い立ちからいっても、あまり同性、同年配の人とつき合う機会が少なく、かりに接触があったとしても、それは一族の関係者であって、「野呂本家の娘」として静流に接していた……ということは、想像に難くない。酒見姉妹は、それこそ物心ついた時分から一族の「現場」で働いてきた少女たちだから、やるからられるか、騙すか騙されるかといった殺伐とした環境で育っている。三島やシルヴィの図々しさ……もとい、屈託のなさが、静流や酒見姉妹の緊張をほぐし、いい影響を与えているのかな……と、思いかけ、その後すぐ、「……あの二人に影響を受けすぎるのも、考えものなんじゃないか……」と、荒野は思い直す。特に三島。
 来客を送り出し、茅とともにそんなことを話しながら、一緒に風呂に入ると、すぐに就寝の時間だった。
 昨夜は寝ていなかったこともあり、荒野と茅は、その夜、ベッドの上で横になると、すぐに眠りに落ちた。

 翌朝の目覚めは、すっきりしたものだった。
 睡眠時間はいつもと同じだったが、おそらく、徹夜明けの翌日だったため、その分眠りが深くなったのだろう。あるいは、まだまだ安心はできないものの、荒野を取り巻く環境が、徐々に良い方向に向かっている……という手応えを感じてきているため、精神的な負荷もそれだけ軽くなっているのかも知れない……と、荒野は思った。
 茅と一緒に手早くトレーニングウェアに着替え、マンションの外に出て行く。
 バレンタイン・デーであった昨日、また何事か騒動が持ち上がったのではないのか、と、荒野は心配したのだが、楓、孫子、それに三人娘の狩野家の住人たちはいつも通りの様子だった。少なくとも表面的な態度に出てくるほどの出来事は、起こらなかったらしい……と、荒野は、とりあえず安心をする。孫子はテンともかく、その他の三人は、程度の差こそあれ、内面の動揺が表に現れやすい気質であり、その彼女らが平然としている。ということは、昨日のうちに何かが起こったのだとしても、少なくとも関係者に壊滅的な痛手を残すほどのことはなかった、と判断できた。
 代わりに、少し遅れて出てきた飯島舞花と栗田精一の顔色が、やけに優れていなかったが……これは、何か問題があった、というよりも、二人の中が良すぎて睡眠不足になった、とみていいだろう。こいつらに関しては、まあ、いつものことだ……と、荒野は考える。

 入念にストレッチを行った後、冷たい空気を切って、いつもの通りに河原へと向かう。目立ちすぎるのを懸念して、町中にいる時の合流を禁じたので、河原で流入組の一族の有志が合流してくることになっていた。荒野の許可が出たので、この日から茅の体術の指導が本格的にはじまることにもなっていた。基本的には、茅の指導は楓に任せるつもりだったが、初歩的な段階では誰が教えても大差はないので、酒見姉妹や河原に居合わせる一族の者も何かと口を出してくるかも知れない……と、荒野は予測している。そうなるにしても、まずは楓の教え方を確認してから、のことになるだろうが……とも、思っているが。
 楓は、「最強」の荒神のたった二人しかいない弟子の一人なわけで、そのステータスは、一族の中ではかなり強烈に意識される。その事実についてあまり頓着していないのは、当の楓本人だけだろう。本人はまるで意識していないが、楓は、三人組と並んで、流入組の注目を浴びる存在なのだった。
 河原につくと、二十人前後の一族の者に混ざって、野呂静流や酒見姉妹も来ていた。
「……わ、わたしも……」
 荒野が近づいていくと、静流はそういった。
「いい機会ですから……か、茅様と一緒に、基本から学びたいのです……」
 視覚に障害がある静流は、体系的に一族の体術を教えられていなかった。つまり、我流で「パーフェクト・キーパー」の異名を取る、特異なポジションを占めていられるほど、元の素質が高かったわけで、今更、体系的に再履修をする必要性などどこにもないような気もしたが……だからといって、荒野は、静流の行動を制限する気もなかった。




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