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第六章 「血と技」(258)
「……あのー……」
楓が荒野に近寄ってきて、確認してきた。
「……本当に、好きにやっちゃっていいんですか?」
茅の体術講習のことだ。
「……学校や日常生活に支障がでない程度になら、好きにやって構わない」
荒野は、そう条件をつけただけだった。というのも、荒野が他人にその手のことを習ったのは荒神に直接稽古をつけられた幼少時のことだけであり……その時の経験からいえば、この手の修練はしょっしゅう半死半生になるもの、という意識が、荒野の中に抜きがたく根付いているからだった。
まさか、荒神が昔、幼い荒野にしたような荒っぽい真似を、楓が茅にするとも思わなかったが……一応、注意だけはしておく。
「……あ、あの……」
静流が、荒野と茅に近づいて声をかける。
「で、できれば、わたしも、ご、ご一緒させて欲しいのですが……」
「……ええ、っとぉ……」
楓は、困った顔をして荒野の方をみた。
現状でも二つ名を持っている静流に、楓が教えることなど、もはや……というのが、楓の感覚である。
「……静流さんは、我流で……一度、基礎から学びたいそうだ……」
荒野が、軽くため息をついてから、そう補足した。
「まあ……茅のついでに、初歩の初歩から、教えてやれ……。
お前も、一応、最強の弟子なんだから……」
「……それでは、ついでに……わたくしも……」
今度は、孫子が名乗り出てきた。
「一族の体術に、興味があります。
シルヴィは、そちらの方は教えてくださらないので……」
楓がますます困惑顔になり、周囲に集まっていた流入組が、ざわめいてきた。
これは……少し整理しておかないと、楓の手には負えないか……と、荒野は判断し、
「……それじゃあ、こうしよう。
まず、静流さんと才賀に、軽く手合わせして貰おう。
まあ、お互いの自己紹介も兼ねて、ってことで……」
と、提案する。
静流と孫子は、荒野の提案に特に反対することなく、少し離れたところに移動して、向き合う。
「……あ、姉崎から、少し指南されているそうですが……見切りは、わ、わたしを相手にする場合、い、意味はないのです……」
静流が、白い杖の端でこつこつと自分のサングラスのフレームを軽く叩く。
「わ、わたし……これ、ですから……」
「……心配、ご無用……」
孫子は、構えながら余裕のある口ぶりで答える。
「才賀も、才賀なりの体術を伝えておりますので……。
こちらも、手加減をする気はありません……」
視覚障害者……という触れ込みの静流だが、孫子は、静流の障害がどの程度のものであるのか、聞いていない。
普段の態度からみても、日常生活にまるで支障がいないようだし、そもそも野呂は、時折、鋭敏な五感の持ち主が生まれることで知られている。視覚に多少の障害があっても、それを補って有り余るほど、他の感覚が鋭い、という可能性もある……と、孫子は予測している。
「……おいおい、おにーさん……」
今度は飯島舞花が、荒野に声をかけてきた。
「大丈夫なの? あの二人……」
「……二人とも、この程度のじゃれ合いでどうにかなるタマではないよ……」
荒野は、のんびりとした口調で答える。
「それに、なかなか、面白いガードだと思うよ。
ほとんど、その手のことを学習しないで、天然の素質だけでやってきた静流さんと、ああ見えて、努力の積み重ねでここまで来た才賀と……」
この組み合わせは……ぶつけてみれば、それなりに学び合うところがあるのではないか……と、荒野は思う。
例えば、楓は……努力の累積で現在の位置まで来た、という点では、孫子に似ている部分も、ある。しかし、静流は、真に「ユニーク」な人材だった。
実際に対戦する二人、だけではなく……この対戦をこの場でみる者にも、それなりに影響を与えるのではないだろうか……と、荒野は思い、茅の方をちらりと見た。
特に、見聞したことを、後で何度でも回想できる茅やテンにとっては……見ているだけでも、いい経験になるだろう。テンは、自分で咀嚼したことを、後でガクやノリにも伝えるに違いない。
「……そうか……。
天然と努力の対戦なのか……」
舞花が、そういって頷く。
以前、荒野と静流が対戦した時のことを、思い出しているのだろう。
一族の流入組は、「どちらが勝か?」で賭を開始していた。
当然のことながら、野呂系の術者は静流に賭けている。二宮系の術者は、対抗上、孫子に賭けている。野呂系、二宮系に限らず、バイトの世話をしている孫子は、流入組にも受けが良かった。
「……あっ」
と、舞花が驚きの声を上げた次の瞬間には、瞬時に間を詰めた静流が、孫子に投げ飛ばされている。そして、孫子に地面に叩きつけられたかに見えた静流は、次の瞬間には孫子の背後に立っていた。
「……この組み合わせだと……流石に、取っ組み合いにはならんか……」
荒野が、誰にともなく、そういう。
孫子の背後に回った静流は、杖を、孫子の背中に向かって突き入れる。
背中に手を回し、杖の先を掴む孫子。
杖を掴んだまま振り返り、回転する勢いを乗せて静流の手首を横に蹴る。
杖を放し、身をかがめ、孫子の軸足を払う静流。
孫子は綺麗に横転し、受け身と取ってすぐに身を起こす。
孫子の行動を予測したように、起き上がろうとする孫子の脳天に向け、静流は勢いをつけて、踵を振り下ろす。
孫子は二の腕を額の上に置き、頭骨に直撃する直前で、それを阻止する。孫子はそのまま静流の足首を掴み、自分の脇の下に引き込む。
そのまま、孫子が、静流の足首を極めるかに見えたが……次の瞬間、静流のもう一本の足が、孫子の水月に当たっていた。
静流の蹴りが本格的に入る寸前に、孫子は、持っていた静流の足を離して、背後に飛んでいる。
静流は、横になったまま地面に落ち、腕を地面についてすぐに身を起こす。
すぐに、二人は距離を置いて、向き合う形になった。
「……そこまでっ!」
これ以上、やる必要はないな……と、判断し、荒野はそう声をかける。
[
つづき]
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