第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(341)
その夜も、香也は明日樹を送っていった。遅くなる時や狩野家で明日樹が夕食をご馳走になった時はいつもそうしているので、二人には「この日だから、特別」という感情もない。
強いていえば、あんなことがあったばかりなので、二人とも口が重かった。
「……ねぇ……」
結局、しばらくして先に声をかけたのは、明日樹の方だった。どちらかといううと内向的な香也は口が重く、放置しておけばいくらでも黙りを続ける。
「さっき、の……いや、だった?」
「……んー……」
香也の第一声は、いつもと変わらなかった。
「いや……っていうよりも……その……先輩に、大変なことしちゃった、って……」
「……先輩、って……」
明日樹は足を止めて香也に向き直り……少しして、前に向き直った。
「……あの……あんな成り行きっていうのは、あれだったけど……。
わたし、後悔してないからっ!」
明日樹は少し強い語調で宣言して、ずんずんと大股で前に進みだす。
「……あの……」
いきなり歩速を増した明日樹を追いかけながら、香也が声をかけた。
「その……身体、大丈夫?」
香也が視線を下にむけたので、明日樹の頬が少し赤くなる。
「……大丈夫っ!」
と、叫んでから、少し声をひそめて、明日樹は付け加えた。
「その……まだなんか入っているみたいだけど……」
「……あっ……」
香也も、少し頬を赤くした。
「そ、そういうことじゃなくて……いや。そういうことも、大事なんだけど、その……。
あれ、中に出しちゃったし……」
「……あっ」
明日樹の頬が、ますます朱色を濃くした。
「……だ……。
その……もうすぐ生理だし……たぶん、大丈夫なんじゃないかな……って……」
「……そ、そう……」
そういうことに関する知識がほとんどない香也は、「明日樹がそういうのなら」と納得するしかない。
「その……勢いでやって、ごめん……」
「謝らないでよっ!」
再び、明日樹が声を大きくし、それから、すぐに声をひそめる。
「そんな風に謝られたら……わたしの主体性ってものが……。
第一、抱きついて離れなかったの、わたしの方だし……」
「……そ、そう……」
香也の方は、そんな風にしか答えられなかった。もともと、多弁でも機転が利く気質の持ち主でもない。
「それから……あ、あの……」
明日樹は、香也の腕を掴んで強引に引っ張り、自分の方に向き合わせた。
「……わたしは……これで、楓ちゃんたちとも対等だからっ!」
明日樹を送って帰ってくると、居間では楓と孫子がそれぞれのノートパソコンを開いて何やら熱心に打ち合わせをしており、その横で羽生が湯呑みを傾けていた。香也が居間に入っていくと、羽生が、「こーちゃん、ちょっと……」と手招きし、香也を自分の部屋に連れて行く。
「……あのー。
基本的に、こういうこと、あんまいいたくないんだけど……」
羽生の部屋につくと、羽生は香也に座布団を勧めてから、そう切り出した。
「……今日のアレは、ちょっと……やりすすぎだろ?
真理さんが帰ってきた時、今の状態じゃ……正直、やばいよ。
言い訳のしようがないし……」
羽生の諫言は、もっともだし、香也が予測した範囲内のことでもあった。
だから、申し開きも反論もするつもりはなかったのだが……。
「……んー……」
……そういう風に正論をいわれても、対処法を思いつかない香也は、困ってしまった。
「……それは、わかるけど……。
逆に……どうやったら、彼女たち、止められるのか……羽生さん、わかる?」
香也は、真顔で羽生に尋ねた。
本当に、羽生でも他の誰でも、「彼女たち」……楓、孫子、三人組の暴走を止められる方法があるのならば……是非、謹んで聞いてみたい。
「……そ、そりは……」
正面で向かい合った香也にそういわれ、羽生もぷいっと目を逸らした。
「……こーちゃんがいっても駄目なら、わたしがいってもいうこと聞くわけないじゃん……」
「……んー……。
やっぱり……」
その返答を半ば予期していた香也は、がっくりと肩を落とした。
「……あ、いや。
あ、あれだな。あの子たちも悪き気あってやっているわけではなくて、いやいやその逆に、こーちゃんへの好意が高じて時たま暴走するってわけで、知っての通り、普段はむしろ出来すぎといってもいい子たちなんだけど、何かの拍子にぽろっと対抗意識が過剰に燃え上がるっつーか……」
香也の落胆ぶりをみて、香也を諫めていた筈の羽生がぱたぱたと両腕を振り回しながら香也を慰めはじめた。
「……んー……。
でも、それって……ようするに、ぼくがいる限り……解決しないってことで……」
「……あー……」
羽生は、香也から目を逸らしてポリポリとこめかみをひとさし指で掻きはじめた。
「……解決方法……ないことも、ないんだけど……」
「……んー……。
なに?」
香也は、顔をあげて羽生を見据えた。
「……こーちゃんが、あの子たち全員、きっぱりとふっちゃうこと。
それか、誰か一人に絞って、本格的につき合っちゃうこと……」
羽生も、香也を見据えて答える。
「……あの子たちも、こーちゃんのことを第一に考えているから、こーちゃんが真剣に考えて結論を出せば、それ以上ちょっかい出してくることはない……と、思う……」
「……んー……。
んー、んー、んー……」
香也は、その場で凍り付いて、だらだらと脂汗を流しはじめる。
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つづき]
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