2ntブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(260)

第六章 「血と技」(260)

 気づけば、三学期も後わずかになってきている。来週に業者が行う実力試験があり、その次の週に期末試験があり……それを過ぎると、試験休み、終業式、卒業式……と、なり、この年度が終わる。少なくとも、荒野が聞いている範囲では、そういう流れになっている。
 何かと慌ただしく、数々の強制イベントをクリアしているうちにここまで来てしまった……というのが、荒野の率直な意見であり、通い初めてそろそろ二ヶ月になろうとする学生生活に馴染んできているかどうか、というのは、本人には、客観的に判断できない……ので、あるが……。
「……と、いうことで、圧倒的多数決により、来年度の料理研究部の部長は、加納荒野君に決定いしたしましたぁ……」
 現、部長がそう宣言すると、他の部員たちが、拍手とともに、
「……わぁあぁ……」
 と、盛大な歓声をあげる。
 この時、荒野は「……おれに拒否権は、ないのか……」とか、「この人員構成で多数決とったら、おれ、絶対に不利じゃん……」とか考えつつ、この世の理不尽とか不公正さを呪っている。
 かといって、「荒野以外は全員女子」、というこの場で本気で憤るわけにもいかず、半ばあきらめの境地を持って、荒野は諾々とこの決定を受け入れていた。いや、受け入れざるを得なかった。
「……週末のチョコ講習も様になっていたし……」
「あれ、さまになっていたしねー……」
「やっぱり、男子の方が押しが利くし……」
 などなど。
 荒野の複雑な胸中もしらず、料理研の女生徒たちは、好き勝手なことをことをいってざわめいていた。
「……ええっ。
 それでは、時間的にまだ早いですが、本日はこれで解散したいと思います……」
 現、部長がそういうと、部員たちはきゃぴきゃぴと黄色い声でざわめきながら、帰り支度をはじめた。
 荒野も、釈然しない思いを抱えながら、調理実習室を後にする。

「……加納君っ!」
 なんとも形容のしがたい敗北感にさいなまれながら、背を丸めてとぼとぼ校内の廊下を歩いていると、背中から声をかけられた。
「今、帰り?」
 振り返ると、三年生の佐久間沙織、が立っていた。
「……ども……」
 荒野は、沙織に気の抜けた返事をする。
「どうしたの?
 覇気がないっていうか、元気がないっていうか……」
「……いや、今さっき……」
 荒野は、荒野自身の意志とは無関係に来年度の部長を押しつけられた経緯を、沙織に説明した。
「……ありがちなことね。
 部長なんて、誰もやりたがらないから……」
 一通りの説明を聞いた沙織は、そういってころころと笑い、その後、
「……まあ、文化部の部長なんて、たいてい名前だけでそんなに仕事がないから、あまり深刻に考えない方がいいわよ……。
 せいぜい、月に一度の定例部長会議に出席することくらいかな、決まった仕事は……」
 とか、慰めてくれる。
 生徒会長を二期、勤めていただけあって、そのあたりの事情には詳しいようだ。
「……それより……今度の土曜日、お宅にお邪魔しても構わない?」
 沙織とは、祖父の源吉との密会の場所として、時折、荒野のマンションを提供している。
 密会、というのは、記録上、源吉はすでに死亡していることになっている人間なので、あまり大っぴらに合うことが出来ない、という理由による。沙織自身の受験に関しては、全然心配がなかったが、同学年の生徒がナーバスになっている中、それに、源吉のことを知らされていない沙織の家族の手前もあって、入試試験の前からこれまで、自粛していた、という。
「……えっと……今のところ、予定はありませんが……。
 あ。でも、土曜日は、茅がいないので、お茶が出せませんけど……それでよかったら、どうぞお気軽に……」
 何事か、突発的なアクシデントが起こって荒野が席を外すかも知れない、というのは、二人とも当然の前提として話しを進めている。また、茅が不在のマンションに沙織が訪ねてきても、実際には源吉と待ち合わせをしているわけだから、荒野と二人きりになる可能性もない。
「……茅ちゃん……お出かけ?」
「いや、昨日、ヴィ……シルヴィとか三島先生とか、その他にも女性が何人かうちにきて、ファッション談義になりまして……。
 それで、今度の週末、みんなで春物の服を買いにいくことになったようです」
 荒野がそう説明すると、沙織は、「……相変わらず、賑やかね、そっちは……」と、微笑んだ。

 沙織と別れてからも、校門を出るまで、何人かの生徒に声をかけられる。そうして声をかけてくる中には、荒野の側はあまりよく知らない生徒もそれなりの割合で含まれていて、荒野は、この学校という環境で、自分が受け入れられている、という事実を噛みしめる。
 例の学校襲撃の一件以来、荒野の正体は、かなりのところ割れている訳だが、クラスや部活で接することが多い他の生徒たちは、荒野が当初予測していたように、反感や差別感情を、露わにはしていない。むしろその逆に、昨日のバレンタインで明らかになったように、一部の生徒たちは、荒野を羨望のまなざしでみているような風潮もある……ようだ。
 そのへんの「計算違い」に関して、荒野は「日本は……平和だ」という感想を持っている。以前ほど景気がよくない……とはいわれているが、現在と比較されるべき、「景気がよかった時期」というものを、荒野たちの世代は、直に経験していない。ただ、その「景気が悪い」現代日本にしても、それで治安が極端に悪化したりしないあたり、基本的に、なかなか平和な国なのではないだろうか?
 景気どころか政情が不安定で、市街地が戦場になりかねない土地に住んだことがある荒野にしてみれば、やはり日本は「住みやすく、平和だ」ということになる。
 荒野が想定してた差別や偏見が、今のところ、表面化していないのは、例の件で正体を隠しきれなくなった時、こちらから情報をかなりオープンしたことと、それに、この国、この地域住人の「穏やかさ」が要因として大きく作用しているのではないか、と、荒野は想像する。
 この国、あるいはこの地域が、もっと厳しい状況下にあり、住人が常時強いストレスに晒されている状態なら、そのストレスを発散するためにエスケープゴートを必要を必要とする。
 得体の知れないストレンジャー、というのは、そういった「エスケープゴート」に仕立て上げるのに格好の素材であり、だから荒野は、現在日本の「生ぬるさ」に対して感謝の念を持った。




[つづき]
目次

有名ブログランキング

↓作品単位のランキングです。よろしければどうぞ。
newvel ranking  HONなび



Comments

Post your comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

このページのトップへ