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彼女はくノ一! 第六話(2)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(2)

「……誰かいるの?!」
 プレハブの中に声をかけながら、ノリがパーカーのポケットから折り畳んだままの六節棍を取り出し、ぶん、と一振りした。
 この時間、通常であれば、香也たちは授業を受けている。留守中にこんなところに入り込んでくるのは、やはり不審者とみなしても、差し支えないだろう……と、羽生も思った。
「……何かを産み出し続けている……っては、貴様か?」
 しかし、中から聞こえたのは、その場にそぐわない悠然とした声だった。まだ幼さを残す少年の声……にもかかわらず、その声質にそぐわない、不遜な口調……。
 羽生は、ノリの肩ごしに、その声の主を認めた。
 声の調子から予測できたように、まだ年端もいかない子供だった。傲慢な口調とは裏腹に、首にギプスをはめたり頬に大きな絆創膏を貼ったりしていて、見るからに痛々しい。
 羽生の目には、その少年は、「さんざん、痛めつけられながらも、なおかつ虚勢を張っている」……と、いうように、見受けられた。
「……お、お前……」
 そんな少年を、ノリは、「お前」呼ばわりする。
「泥棒が、そんな、威張り散らしていいのかよ……」
「……こっちの質問に答えろっ!」
 少年は、ノリの言葉はスルーして、質問を重ねた。
「無から有を創り続けている……破壊とは逆の能力を持っているのは、お前かと聞いているんだっ!」
 痛々しい格好とは裏腹に、口調はあくまで偉そうだった。
「……あー……いいかな?」
 羽生が、おずおずと口を挟む。
 このままでは、いつまでたっても話しがかみ合わない。
「……君は……つまり、この絵を書いたのは、ノリちゃんか、って聞きたいん?」
「……そうだ……」  
 少年が、はじめてノリの背後にいた羽生に気づいた風で、頷く。
「加納のやつが、前にそんなやつがいるって、ちらりといってたからな……。
 気になって、寄ってやった……たっ!」
 途中で、ゴン、とかなり大きな音がするほど勢いよく、少年の後頭部をはたいた者がいた。かなりの力込めていたらしく、大きな音がした。
 少年の首が、前に傾いでいる。
「……君ねー……」
 少年と同年輩に見える、ジーンズにジャケット、という軽装の少女だった。声をだしたことで、はじめて「少女」だと判別できた、ボーイッシュな外観をしている。
「……駄目でしょ。
 勝手にお邪魔した上、そんな偉そうな態度では……。
 どうもすいません、これ、先天的に、えらそーな態度で……」
「……い、いや……。
 先天的にえらそーなんは、ソンシちゃんとかトクツー君とかで慣れているから別に構わないんだけど……。
 君たち……誰?」
「……これは、申し遅れました」
 少女が、深々と頭を下げる。
「……この恥知らずは、佐久間現象。
 それがしは、佐久間梢と申します。長の命により、こちらの皆様方に佐久間の技を伝えるべく、馳せ参じた次第にございます……」
 容姿に似合わず、何故か時代劇口調だった。
「「……佐久間……」」
 ノリと羽生は、同時にそういって、顔を見合わせる。
 少し前の学校襲撃時、ノリは不在だったし、羽生も直接、現象と顔を合わせていない。
 故に、これが初対面となった。

 それからが、また、一騒動だった。
「……そういうことなら、すぐにカッコいいこーや君に連絡しないと……」
 と羽生が慌てれば、佐久間梢が、
「……それって、加納の若のことですか?
 いえ、それには及びません。当方には、皆様に危害を加える意志もなく、わざわざ学校を早退して貰うなどと、お手間をとらせるわけにも……。
 それに、若のところには、後ほど改めてご挨拶にいく予定で……」
 と、丁寧な口調ではねのける。
 それでは、荒野への連絡は後回しにし、ノリはとりあえず、テンとガクをメールで召集した。
「……その話しだと、うちの三人の先生をしてくれるってことだろ?
 なら、せめて母屋にでも……」
 と案内をしようとすると、佐久間現象が、
「……ぼくは、まだ、ここの絵を見ていたい……」
 とゴネる。
「……お気持ちはありがたいですが、現象から目を離すわけにはいかないので……」
 佐久間梢もそういって、プレハブの中から動こうとはしなかった。
「こいつ、まだまだなにをやりだすかわからないし……」
 とかいいながら、現象を軽く睨む。
 梢は、行動を共にしているといっても、どうやら現象を完全に信用しきってはいない……いや、もっと端的にいって、完全に不信感を持っているようだった。
 ……この二人、どういう関係なんだろう……と、羽生は、軽い興味を覚える。
 そんな押し問答をするうちにも、現象は誰に断ることもなく、室内に積み上げられている香也の絵を、次々に目の前にかざして見入っている。梢の携帯が鳴り出し、「……ちょっと、失礼」と羽生たちに断りを入れてから、しばらく話し込む。
「……あ。
 はい。
 若のマンションの隣の、大きな平屋の家です。そこの庭にある、プレハブの中にいます……」
 とかいって、梢は通話を切った。
「……まことに勝手ながら、もう一人、現地……この土地で待ち合わせをしている方が、ここに来ます。
 本来なら、皆様方におかれましては、すべての人員が合流してから、ご挨拶に向かう手はずでしたが……この恥部が勝手に動くもので……。
 いや、どうも。
 躾がいきとどきませんで、申し訳ない……」
 梢は、しきりに羽生たちに向かって申し訳がなさそうな素振りを見せているが、現象の方はそれにはまるで感じいることがなく、相変わらず好き勝手に動いている。
 ……本当に、この二人……一体、どういう関係なんだろう……と、羽生は思った。
「……あー、じゃあ、せめて、お茶でも……」
 と、羽生はノリに目線で合図をして、プレハブを後にする。ノリと、この梢という子を残しておけば、そんなに大きな間違いはないだろう。現象という子も、態度こそアレだが、今のところ、香也の絵にしか、興味を持っていないらしいし……。
 佐久間梢の、「どうか、お構いなく」の声に見送られ、羽生がプレハブをでると、そこにぬっと大男が立っていたので、羽生は「……ひっ!」と、声を上げてしまった。
「……あっ。これはどうも。
 驚かせてしまって、申し訳ございません……」
 大男は、羽生に向かって深々と頭を下げる。
 身長百八十クラスは、飯島舞花や有働勇作で羽生も目に馴染んでいるのだが、この男は、それよりもさらに一回り大きい。それに身長だけではなく、厚みも相当なもので、全体に、どことはなく迫力があった。
「……この家の方が、ご在宅とは思いませんで、勝手に侵入して申し訳ありませんでした。
 決して怪しいものでは……って、いっても、この有様じゃあ、説得力ねーか……。
 ああ。とにかくっ!
 こちらのプレハブに、餓鬼二人が来ていると聞きまして、そちらに用事があってきました。
 おれ……じゃなくって、自分は、二宮舎人というケチな野郎でござんす……」




[つづき]
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