第六章 「血と技」(262)
「……で、肝心の、お前らの方は、どうなんだ?」
荒野は、今度は、テン、ガク、ノリの三人に向かって、問いかける。
「……どう、って……」
ガクが、きょとんとした顔をして、尋ね返した。
「……こいつと、うまくやっていけそうか?」
荒野は、現象を指さす。
「やっていけそうもなかったら、教師役は断ってもいいんだぞ……」
「……仮に、現象を断ったとして……」
テンが、荒野に向かって質問した。
「代わりに……他の人、手配してくれるかな?」
「……それは……どうかな?
佐久間も、あれで人が足りてないそうだから……」
荒野は、大仰な動作で、首をゆっくり左右に振る。
「……一応、問い合わせてみることは、可能だけど……。
向こうにしてみれば、門外不出の技を部外者に教えてくれるってだけでも、大幅な譲歩の筈だし……」
「現象を断るのは自由。
でも、代わりの人が来てくれるかどうか、わからない……って……事実上、選択肢、ないじゃんっ!」
ノリが、大声をあげる。
「ボクらは……何が何でも戦力を増強して、勝率を上げたいんだから……」
「……さらに、いうと、だ……」
荒野は、ゆったりとした口調で、続ける。
「佐久間の長は、現象が更正することを、ご所望だ。
で、現在のところ、多くの一族が公然と住みはじめたこの土地が、そのリハビリの為に最適の環境だという事実は、動かない……」
「つまり……ボクたちが、現象を拒んだとしても……現象が、ここに住むことまでは、阻止できない……」
ガクも、思案顔で頷く。
「……力ずくで追い出すっていうんなら、話しは別だけどな……」
と、荒野は肩を竦める。
「……それをやると、佐久間と全面的に対立する事になるから、おれはおすすめしないな。
やるんなら、おれは荷担しないから、お前らだけの独力でやってくれ。
おれは、佐久間と事を構えたくない」
「……ずるい言い方をするな、かのうこうや……」
テンが、眉間に軽く皺を寄せた。
「そんな言い方をされたら……ボクらの気持ちがどうあれ、現象を受け入れなけりゃどうしようもない、って思っちゃうじゃないか……」
「現象を受け入れたくなかったら、受け入れなくてもいい」
荒野は、したり顔で頷く。
「ただ……気にくわない相手だからって、そいつをスポイルしても、実は何の役にも立っていない、ってことは、覚えておけ。
で、今回の現象の場合、スポイルするよりは、こっちの目的のために利用するだけ利用した方が利口だとは、思うけど……」
「……そうだね……」
ガクが、頷く。
「好意の有無はともかく、現象は、まだボクたちの役に立つ。だから、利用するだけ利用する。
そう考えればいいんだ……」
「……はぁ……」
佐久間梢が軽くため息をついた。
「これが……加納の交渉術ってやつですか……」
「これほどのこと、交渉ってほど大げさなもんでもないですが……それより、そちらもしっかりと問題児の手綱を握っておいてください」
荒野は、梢に向かっていう。
「現象が学校を襲撃した時とは、かなり状況が違ってきています。
野呂、二宮、姉崎……などの各血統が、この地に数多く流入し、それらのものは、一般人との共存を望んでいます。
今後、そちら様に属する者がなにかしら問題を起こせば、加納のみならず、他の六主家を敵に回す可能性が増大することも、お含みおきください……」
「ご衷心、痛みいります」
梢も、荒野に向かって頷き返した。
「もちろん、当方も現象の暴走をこれ以上、許すつもりもなく、すでに処置済みでございます」
「……処置……ですか?」
荒野が、眉を上げる。
「ええ。
今の現象は、他人様に危害を加えられないよう、長自らの手によって、禁則事項を書き加えられております」
「……それは……また……」
荒野は、現象に視線を移した。
「現実的ではありますが……苛烈な処置ですな」
他人に危害を加えることができないよう、佐久間の技により、強い暗示をかけている、ということなのだろうが……。
「……質問っ!」
テンが片手をあげた。
「その暗示って、絶対大丈夫なの?
ロボット三原則って、矛盾がだらけの法則だと思うけど……」
「……ロボット三原則?」
二宮舎人が、怪訝な顔をする。
「二十世紀の作家が考え出した、架空のルールだよ。
ひとつ、ロボットは、人間に危害を加えてはならない。
ひとつ、ロボットは、人間の命令を聞かなくてはならない。
ひとつ、人間に危害を加えたり、命令に背かないかぎり、ロボットは自分の身を守らねばならない……って、簡単にいえば、そんな内容だけど……佐久間の長が、現象に、他人に危害を加えてはいけないって命令を書き込んだのだとすれば、今の現象は、この三原則のロボットになったみたいなもんでしょ?」
テンが、早口にまくしたてる。
「……ま……部分的には、そうなるな……」
数秒考えてから、舎人も、頷く。
「でも……その、どこが問題なんだ?」
「……わかんないかなぁ……」
テンは、珍しくいらついた声を出した。
「この三原則には、後の時代になるほど様々な欠陥が指摘されてくるんだけど……最大の欠陥は、人間とロボットの境界線をどこに設定するのか、っていうのが、曖昧なこと。
今の現象の場合も、実際に、他人に危害を加えてはならない、という暗示が存在したとして……現象自身が、他人と認識する範囲を限りなく狭めていったら……この暗示は無効になる。
例えば、現象自身が、自分自身に暗示をかけて、目に入る人物すべてを『人間の形をしたただの物体だ』と認識するように暗示をかけたら……後はもう、やりたい放談だ……。
佐久間の技を使えば、そういうのも可能だよね……」
「……可能だな」
それまで会話に参加しなかった現象が、即答した。
「ぼくは……佐久間としての技を封じられたわけではないし、確かに、自分自身にそういう暗示をかければ、長がかけた暗示をキャンセルできる……」
「……考えるだけにしておくんだな」
荒野が、ひどく静かな声で、いった。
「これでもおれは、お前のことをぶちのめしたくてうずうずしているんだ。
おれの目の届く範囲でお前が暴れれば……おれに、お前を潰させる、いい口実になるぞ……。
それに……さっきもいったように、今ではおれたち以外にも、お前を取り押さえるための人員は、ここいらにごろごろしているんだ……」
「……しないさ、そんなもん……」
現象は、荒野の危惧を鼻で笑った。
「ぼくがぶっ潰したいのは、ぼくとぼくの母を虐待した佐久間の家だ。ついでに、佐久間を内包する一族全体も、その範囲にいれてもいい。
だが……その目的を達成するためには、今では、闇雲な暴力よりも、もっと効率的な方法がある。
加納。
他ならぬお前が、その素地を用意したんだ……」
現象は、
「……ここでの共存実験が順調に進み、一族の存在が白日の元に晒されれば、一族が一族である、との自己認識を可能とする、アイデンティティが崩壊する……」
と、指摘した。
「……完全に身元や能力を晒して、なおかつ、平然と一般人と暮らせるようになったら……そんな者は、もはや一族ではない。
自分が忍であると公言する忍がどこにいる?
一族と一般人が共存できる社会では、一族も多少毛色が変わっているだけのただの人だ。
そんな社会を作るってことは……加納っ!
ようするに、お前がやっていることは、一族が存在するための基盤を、自分でつき崩しているようなもんだ。
傑作じゃないかっ!
お前のやろうとしていることは、このぼくが目指している、一族潰しという目的と、完全に一致する」
……だから、ぼくは……ぼく自身の意志によって、お前らに協力する……と、現象は断言した。
「……たとえ動機は違っても、目的が一致しているのなら……協力するのは当然だろう?」
現象は、にやにや笑いを浮かべながら、荒野に向かってそういった。
[
つづき]
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