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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(263)

第六章 「血と技」(263)

「つまり……」
 荒野は急いで頭を回転させ、現象の言葉の意味を咀嚼する。
「一般人社会との共存、というおれたちの目的が……お前にとっては、一族というカテゴリを解体する、という目的のための、手段となるわけか……」
「……相変わらず、舌と頭は良く回るようだな……」
 現象は、相変わらず薄笑いを顔に張り付けている。
「加納。
 ぼくは、基本的にお前が嫌いなんだけど、その察しがいいところだけは評価してやってもいい。他の理解力に劣る愚鈍どもと話すのは、これでなかなか疲れるから……」
「おれも、たった今、お前が嫌いになった……」
 荒野は、その場にいた他の者には意味不明の答えを返す。
「それこそ……今、うちにあるカレーを腹一杯ごちそうしたくなるくらいに……」
「……なんだかわからないけど……」
 羽生は、ケーキをとりわけ、フォークを添えた小皿を皆の前に配る。
「食事の時間までまだ間があるから、とりあえず、これで間を持たせてな。紅茶はティーパックのしかないから、茅ちゃんがいれたのほどおいしくはないと思うけど……」
「……あっ。
 わたしも、運ぶの手伝います……」
「……やっ。
 お客さんは、そこにいていいから……」
 梢が恐縮した様子で立ちあがりかけるのを、羽生が制した。
「……じゃあ、ボクが手伝うよ。
 難しい話しは、ボク向きではないし……」
 代わりに、ガクが立ち上がって、羽生の後をおいかけて台所にはいった。
「……梢さんといったっけ?
 君は……というより、佐久間本家は、この現象の思惑を理解した上で、こいつをここに送り込んだのか?」
 荒野は、梢に向かって聞いた。
「まさかっ!」
 梢は、小さく叫ぶ。
「わたしは……監視と、できれば現象を更正させろ……としか、命じられていません……。
 それに、本家は……というより、長は、本気で現象を立ち直らせようとしていますっ!
 わたしがみる限り……という、主観的な心証、ではありますが……」
「そんなところだろうな」
 荒野も、頷いた。
「できるだけ早く、こいつの真意を伝えた方がいい。場合によっては、すぐにでも現象を送り返す事になるか知れないけど……」
「連絡は、いわれるまでもないですが……」
 梢は、思案顔で荒野に答えた。
「強制送還、の方は……どうでしょうかね?
 長は……現象の更正を、第一に考えているような節もみえますし……でなければ、よりによってここに送り込んだりしないでしょう……」
「目の届く範囲に置いて飼い殺しにするのが、一番合理的な判断だけど……それを、していないもんな……」
 荒野も、梢の言葉に頷く。
「まあ、こんなのでも身内のうちってことか……」
 現象には過去に苦労をかけられただけあって、本人を目の前にして、言いたい放題であった。
「わたしも、こんな面倒なのを野放しにするのは、どちらというと反対なんですがね……」
 梢は、肩を竦めた。
「その他にも、どちらかというと反対意見が多かったのにも関わらず……たとえ、監視つきでも外に出したってことは……多少のリスクは覚悟しているってことで……」
「……とりあえず、現象とおれえたちの利害は一致するところが大きい、というのは理解できたけど……」
 荒野は、ゆっくりと首を振った。
「これはこれで……難儀なやつだなぁ……」
 佐久間、ないしは一族への復讐……という動機を理解してみれば、確かに、現象の言動は首尾一貫している。
 悪餓鬼どもに荷担して、学校襲撃の先兵となったのも、荒野への協力を約束したのも……ともに、「一族全体を弱体化させる」という側面から見れば、納得できるのだ。また、現象の生い立ちを考慮すれば、この動機に関しても、十分に信憑性がある。
「まあ……基本原理さえ押さえておけば、かえってつきあいやすいか……」
 現象を動かしたい時、どういう餌を目の前にぶら下げればいいのかわかったのは、収穫だ……と荒野は思った。
 そんな会話をしているうちにも、羽生とガクがケーキとティーカップを配りおえ、再び炬燵に足をいれた。
「加納は、手温いんだよ」
 現象が、再び口を開いた。
「一族と一般人の共存を考えるんなら……どうして、もう一歩進めて、一族の能力を広く解放することを考えない?
 今すぐは無理にしても、一族を一族たらしめている遺伝要素を解析し、一般人に移植する……という研究を、今すぐはじめ、その成果や経過を含め、全世界に向けて公表するべきだ。一族の能力を、全世界規模で解放すれば、何世代か後には一般人全体の能力が底上げされる。
 そうなれば、もはや共存うんうんで悩むこともないし、一族が肩身の狭い思いをする必要もない……。
 多少、時間はかかるだろうが……お前ら加納は、そういう長期戦は得意とするところだろう?」
 自身、遺伝子操作実験の成果である少年が、恍惚とした表情で、語る。
『……単なるテロリストよりも、よっぽどやっかいな……』
 と、荒野は、現象について、そう思う。
 一般人の側を一族に近付けることによって、両者にある垣根を取り払う……という案は、それなりに魅力的に聞こえるからこそ……なおさら、たちが悪い……と、荒野は感じた。
「その案を実行すると……」
 荒野は、ゆっくりとした口調で、反論する。
「その課程で、何十年か何百年かしらないが、かなり長期にわたってかなりの大混乱になるぞ……。
 実験データを丸投げすれば、最初に飛びつくのは現在の軍事大国、その次に恩恵を受けるのは、企業と金持ちだ。実験データを他に先じて実用段階まで持っていけるのは、潤沢な資金や技術力を持った連中だからな。
 いずれにせよ、持てる者と持たざる者の格差が広がり、前者が後者を虐げる構図が、しばらくは定着する。
 ……すでに相互監視のシステムが確立し、機能している一族とは違い、何の歯止めもない状態で、一般人社会のごく一部だけが、一族と同等、あるいは一族以上の能力を手に入れたとしたら……そんな社会は、とても不公正で抑圧的な姿になるんじゃないのか? この世界全体が、殺伐としてものになるんじゃないかな?」
「……だったら、資金源その他を整備して、貧しい者、病める者から順番に恩恵を受けられるよう、こちらからコントロールすればいい」
 現象は、なおもいい募る。
「どのみち、ぼくたちの遺伝子を解析し、実用的なレベルに落としこむのにも、かなりの年月がかかるんだ。その間に同時進行で準備を進めればいい。
 いつまでも一族だけを特権的な強者にしておくよりは、よっぽど公平だ……」
「……現象、って……」
 しばらく、黙って話しを聞いていたガクが、口を開いた。
「今まで、悪役だと思ってたけど……」
「ぼくは、一族キラーを自認しているから、一族の側からみれば、完全に悪役だよ」
 現象は、ガクに微笑みかける。
 しかし、その微笑みは、どこか痙攣っていて、いびつだ。
「お前たち三人や加納の姫は、エデンの記憶を持っている。が、ぼくはそうじゃない。
 ぼくは、エデンを追放されたところから出発した。
 幼い頃は、脅迫神経症に侵された母につれられて各地を転々としたり、その母が、のたれ死にする様を間近でみた経験が……お前らには、ないだろう?」




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