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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(264)

第六章 「血と技」(264)

「悪役っていえば……一族の仕事ってのは、たいがい悪役的なんだがな……」
 荒野は、そうぼやいた。一族が正義の味方などではないことは、荒野の経験からいっても確かなことだ。
「善悪なんて、相対的なものだ」
 現象は、うっそりと返す。
「その悪役的な一族の仕事に膨大な報酬を支払うやつらがいる、ということは……それだけ、ニーズがある……必要とされている、ということだ。お前ら一族にも、お前らを傭うやつらにも、それなりの理というものがある、ということだろう……。
 だが、お前らは、ぼくたちの存在を否定し、抹消した。
 その事実は取り消せないし、ぼくも忘れることはできない……」
「……だから、一族を目の敵にするってか?」
 荒野は、ゆっくりと首を左右に振った。
「気持ちとしては、分からないこともないが……それは、ドグマだ……。それも、あまり意味がない……。
 一口に一族といっても……内実は、多様で……」
「分かっているさ……」
 現象は、うっすらと笑う。
「白と黒、正と邪、正義と悪で割り切れるほど、一族もこの世の中も単純ではないってことくらい。これでも、ぼくは人並み以上の記憶力と情報処理能力があるんだ……。
 この世は一面のグレー・ゾーンで、明るいか暗いかの違い、多少の濃淡があるだけ……。
 でもな……」
 ぐらり、と、荒野の視界が、揺れる。
「……えっ?」
「なに?!」
「おっ……女の人の……顔?」
 そんな声が、聞こえる。
 荒野が見ているものを、その場にいた全員がみているようだ。
 痩せこけ、頬の削げた女の顔が、荒野の視界を埋め尽くしている。
「……何だ……これは……」
 荒野は、出来るだけ冷静な声を出すように、務めたが……それが成功したかのどうか、自分では判断できない。
「……強制共振ですっ!」
 佐久間梢の声が聞こえる。
「でも……こんな……一度に、多人数にヴィジョンを送り込むなんてっ!」
 荒野の視界を占領した痩せた女が、微かに口を動かす。声も出せないほど、衰弱しているらしい。しかし、荒野は、女がいっている言葉を「知って」いる。何度も繰り返し、聞かされたからだ。もちろん、荒野自身はこの女とは面識がない。女の言葉を繰り返し聞かされ、「知って」いるのは……この像を実際にみた、現象だ。その現象が記憶している情報が、部分的にその場にいた荒野たちに流れ込んでくる。それで、女がいっていることが、容易に予測できる。
 ……あなたは、現象。佐久間現象。佐久間本家の血を引くもの。あなたの父と、多くの同胞が、一族に殺された。あなたは、六主家本家の血を引く者。同時に、抵抗することも出来ずに、無力なまま皆殺しにされた幼い同胞たちの無念を晴らす者……。
 狂っている……と、その女の像をみて、荒野は判断する。
 同時に、その女の鬼気迫る「目」に射すくめられ、女の妄執に引きづり込まれそうにもなる。
 ……こんなのを……幼い頃から、四六時中、吹き込まれていたら……。
 と、思い、荒野は戦慄した。
 つまりは……現象という人格の根源は、そうして形成されたのだ。
 佐久間の時期当主としての自負と、一族全体に対する呪詛を……本来なら相反する筈の二つの妄執を……鏖戦により、「壊れた」女は、生まれた時から現象に吹き込んでいたのだ……。
「……この強制共振は……」
 どこか遠い場所から、現象の声から聞こえる。
「自分のヴィジョンを、無理矢理、他者に見せる……佐久間の、上級技だ……。
 ぼくの母は、これが得意でねぇ……。
 時折……いいや、頻繁に、か……錯乱すると……あの襲撃の時の記憶を、無理矢理ぼくに見せるんだ……。
 悲鳴、怒号、断末魔の叫び……赤ん坊の泣き声、銃声、爆発音……それらが、ぼくの子守歌だった……」
 現象の声はむしろ、楽しげだった。
 リラックスした様子で、歌うような節回しで言葉を続ける。
「……わかっている、わかっているさ……。
 錯乱し、フラッシュバックで断続的に理性を失うようになった母に押しつけられた妄執、妄想……歪めて伝えられた世界像……。
 幸か不幸か……ぼくは、佐久間だった。
 伝えられた妄執を丸呑みに信じるには、頭が良すぎた……。
 わかっている、わかっている……。
 一族全体が敵である、なんて妄執は……母がぼくに伝えたものは……狂人特有の、被害妄想に過ぎないってことくらいは、すぐに気づいたさ。ぼくは、知力に秀でた佐久間なんだ。
 だけど……しかたないじゃないか……母がぼくに残してくれたのは、この妄執だけなんだ……なんとか折り合いをつけて、できるところまでやらないと……仕方ないじゃないか……」
 荒野は、深呼吸をして、一喝した。
「……止めろっ!」
 唐突に、痩せた女のぎらぎらと光る眼のヴィジョンが消え、元の通りの「狩野家の居間」が「見える」ようになった。
「……悪趣味なもん、見せやがって……」
 荒野は、現象を睨む。
「ぼくは、お前が嫌いだ……。
 加納荒野」
 現象が、うっそりという。
「加納の後継ぎとしての名望も、一族としての出自も……何にも悩むことなく、自分のものとして認識できる育ち方をした、お前が嫌いだ。
 何事も悩むことなく、誰からも慕われ、頼りにされ……ぼくが待たないもの全てを、生まれながらにして持っている、お前が嫌いだ。
 お前は……」
 ……ぼくとは、違いすぎるんだよ……と、現象は呟いた。
「……だったら、変えりゃあいいじゃねーか……」
 ぎり、と、荒野は奥歯を噛みしめ、腹の底から低い声を出す。
「四の五のいわずに、自分の力で、実力で……欲しいものを、何でも取ればいいじゃねーかっ!
 そんぐらいの力は当然、あるんだろぉっ!
 ええっ!
 自称、佐久間の後継ぎさんようっ!」
 荒野が、吠えた。




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