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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(265)

第六章 「血と技」(265)

「ほい、そこまでっ!」
 二宮舎人が、ぱん、と掌を打ち鳴らした。
「熱くなるな、パイラン……。
 らしくないぞ……」
「……その呼び方は、やめてください……」
 荒野はそういって小さなため息をつき、炬燵の上に乗り出していた上半身を引き戻す。
「パイラン、って……かのうこうやのこと?」
 ガクが、舎人に向かって尋ねる。
「ああ。東南アジアの一部で、そう呼ばれてた……」
 舎人が答える。
「現象も、荒野も……普段は冷静な方なのに、二人で話しはじめると、ヒートアップしていく傾向があるな……」
 などと続けて、「ふふっ……」と、含み笑いをする。
「なんだよ、舎人さん……。
 その、意味ありげな笑い……」
 荒野が、憮然とした表情で、舎人にいう。
「いや……二人とも、若いな……と、思ってな……」
 舎人が、微笑みながら答えた。
「未来だとか理想だとか自分語りだとかを熱くやるってのは……若いうちにしかできねーぞ……。
 まあ、今のうちにしっかりやっとけや……」
 舎人がそういって大仰な動作で、肩を竦める。
 羽生が、「……そういわれてみれば、そうだな……」とか呟いて、「わはははっ」と軽い笑い声を立てる。
 荒野と現象は、急に気恥ずかしくなって、あらぬ方向に視線を逸らした。
「……まあ、熱い話しもいいけど、まずは目の前のケーキ食ってな。
 カッコいいこーや君がせっかく持ってきたもんだし、マンドゴドラのケーキは本当にうまいんだから……」
 続けて羽生がそういったので、荒野とテン、ガク、ノリは、一心不乱に目の前のケーキを食べはじめる。佐久間梢も、一口食べて、「あっ。おいしい……」と呟いた。
「そっか……現象君も梢ちゃんも、うちのこーちゃんと同じ学年か……。
 ほんじゃあ、春から二年生ってわけだな……」
「……長老の世話ってことで、小さな空き家に入ることになりました」

「食事とかは? ここいらへん、まともな飲食店少ないんで、自炊できないと長期的にはつらくなると思うけど……」
「簡単なものなら、おれでも出来ますけど……」
「……あっ。わたしも、一通りは……」
 佐久間梢も、小さく手を挙げた。
 それからしばらくは、この周辺のお店情報とか、現象たちはどこに住むのか、などのあまり深刻ではない会話が、羽生と舎人、梢の間で続く。
 荒野と現象は、憮然とした表情のまま、黙々とケーキを平らげていく。荒野の場合、不機嫌な表情をしていてさえ、ケーキを口に入れた途端に相好が崩れるので、羽生は笑いを堪えるのに苦労した。

 そうこうするうちに、香也たちが学校から帰ってきた。
「……あっーっ!
 なんでなんでっ!
 こんなところでマンドゴドラのケーキ食べているんですかっ!」
「……楓。
 こいつらが、茅たちに佐久間の技を伝授してくれるそうだ。
 別に丁重に扱う必要はないが、あまり乱暴なこともしないように……」
 自分以外の誰かが取り乱したことで、かえって冷静になれるのか、平静な声で荒野がそう説明する。
「……いえ。この現象に関しては、何か粗相がありましたら、遠慮なくしばきたおしてくれても構いませんけど……」
「そういうわけだ、雑種……。
 お前等の手助けをしてやるから、せいぜいありがたく思え……」
 これが、現象と梢の、楓たちへの挨拶だった。
「梢とお呼びください。これでも、佐久間の末端です。
 この現象の監視役と、それに皆さんへの技の教授をお手伝いに来ました……」
 梢が、楓や孫子にそんな挨拶をしている。この家の住人についても、事前に情報を渡されていたのだろう。
「……一応、おれもな……その、監視役ってやつ……。
 一応、おれもな……その、監視役ってやつ……」
 舎人も、梢に続いて片手をあげた。楓とは初対面ではなし、それで意味が通じる、ということなのか、それとも、これから長い付き合いになるから、詳しい説明は必要ないと判断したのか。
「……ご免」
 ちょうどその時、玄関の方で来意を告げる声がして、立っていた楓が出迎えに行って、すぐにしょぼくれた感じのサラリーマン風の男を連れて来た。舎人と同年配に見えたが、ねずみ色のスーツ姿で、覇気がない印象を与える男は、「野呂の末端、平三」と名乗った。やはり、現象の監視役、らしい。今まで姿を現さなかったのは、距離を置いても現象をロストしない自信があったからだろう。一見して地味な外観の人ほど堅実な仕事をする、というのは、一族の中では常識のようなものだった。仮にも、現象のような難物相手に野呂から派遣されてきた人物を軽視するほど、荒野は迂闊ではなかったので、
「監視対象とは、距離を置く……というのは、それなりの見識ではありますが……佐久間は、現象に与える影響も考慮して、今回の人選をしていると思います。ここで、現象の一派としっかり合流していた方が、後々やりやすくなると思いますよ」
 と丁重に声をかけ、招き入れる。
「それから、香也君たちも、いつまでも突っ立ってないで……」
 と続けると、茅が楓を伴って着替えに帰り、香也も着替えてくるといって自室に向かった。
 羽生が「夕食の仕度を」とかいいながら腰をあげ、三人組がその後に続く。
 その後、
 茅が楓を伴ってマンションに行く、茶器一式を持って帰ってくる、つまり、あのメイド服姿で帰ってくるつもりだ……ということで、「その時」の現象や舎人の反応を想像すると荒野は少し憂鬱になったが、茅に止めろといっても無駄であろうことも、今までの経験からいって自明であり、荒野はそっとため息をついた。
 孫子と明日樹が、羽生たちが抜けて空いた箇所に入ってくる。
「ふん。
 こいつらが……このぼくが本気になった時も、取り押さえられる実力の持ち主だといいがな……」
 現象が、居並ぶ人々を見渡して、見下したようなことをいった。
「おれ一人にノックアウトされたやつが、何をいうか……。
 ……以前とは違い、ここいら、今は一族の溜まり場だから……お前くらい簡単にあしらえる人たちが、ごろごろいるぞ……」
 荒野は以前、どつき合いした時のことを思い返し、現象は、体術的には、三人組と互角ぐらいかな……と、思う。少し前の現象なら三人一組とだいたい互角程度、と。ただし、あれから三人もいろいろな技を覚え、成長しているから、今なら、一対一でもなんとかなるかも知れない。
 あくまで現象の方が、あれからあまり成長していないければ、という仮定に立てば、の話しだが。




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