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第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(7)
「ああっ! 師匠っ!」
メイド服の茅に先導されて茶器を抱えて戻ってきた楓が、荒野の背中に張り付いている荒神の姿を認めて声をあげる。学校で「二宮先生」と顔を合わせるのは日常茶飯事だが、この家で「荒神」と遭遇するのは、久々のこととなる。
「今日は客人も多いようだから、いつもよりも張り切っていこう。
すぐに用意をしなさい」
落ち着いた様子で、荒野を羽交い締めにしながら荒神が告げると、楓は、
「……はっ!」
と短く返答をして、台所に駆け込んでいき、いくらもしないうちに着替えて居間にもどってくる。着替えてきた楓は、身体の各所に投擲武器のホルダーを据え付けた、「戦闘仕様」だった。
「師匠、お願いしますっ!」
居間に入った楓が、がばっと荒神に向かって平伏する。
「んっ」
鷹揚に頷く荒神。
台所にいたテン、ガク、ノリの三人も、楓の稽古を見学しようとエプロン姿のまま台所から出てきた。
「ああ……」
荒野は、現象の顔をみて、いった。
「一度、見ていた方がいいぞ……。
自分が、井の中の蛙だと思い知らされるから……」
現象が無言のまま外に出ていく荒神、楓の後を追い、テン、ガク、ノリ、梢、二宮舎人、野呂平三がそれに続く。メイド服の茅も、最後尻についていった。
「……な、何がはじまるの?」
樋口明日樹が、動揺した声を出した。
「稽古」
荒野は、簡潔に答える。
「でも……樋口がいっても、何にもみえないから、行くだけ無駄だと思う」
「……そういうもんなの?」
明日樹は、荒野に問い返した。
「そういうもんなの」
荒野は、頷く。
「そういや……才賀はみなくてもいいのか?」
「見なくとも、内容は予測ができますから」
孫子は、立ち上がって台所へ向かった。
「こっちの手が、足りないでしょうし……」
「あっ。わたしも手伝います……」
明日樹も、孫子の後に続いた。
「……んー……」
入れ替わりに、私服に着替えた香也が、居間に戻ってきた。
「お客さんたち、帰ったの?」
「いや、またすぐに戻ってくると思う」
荒野は、答える。
「五分かせいぜい十分もすれば、顔色なくして帰ってくるよ……」
「……こーちゃんと、カッコいい方のこーや君。
人数多くなってきたから、ちゃぶ台だしておいて……」
台所から、羽生が声をかけた。
荒野のその言葉通り、五分もしないうちに、グロッキー状態の楓がテン、ガク、ノリに担がれて来た。その後には、涼しい顔をした荒神、顔からすっかり血の気が引いた現象、梢、舎人、平三が続く。
楓をかついだ三人はそのまま風呂場に直行し、残りは炬燵とかちゃぶ台の周りに適当に腰掛けた。
「……ぶざけるなっ!」
座り込んでからしばらくして、現象がいきり立ってそんなことをわめいた。
「なんだ、あれはっ!」
「格が違いを見せつけられたからって、キレないでください……」
梢が、現象を窘める。
「まあ……あれが、一族の頂点とその弟子、ってこったな……」
舎人が、ゆっくりと首を横に振る。
「しかしまあ……あの子、可愛い顔して、本当に最強の弟子なんだなぁ……」
「……感服つかまつりました」
平三が、短く評する。
「ぼくの雑種ちゃんは、一戦ごとに強くなっていくからねぇ……」
にこやかにそういう荒神は、出ていったままで息ひとつ乱していない。
「……鍛え甲斐があるよ、うん……。
もう少しで今のこぉぉやくぅぅぅんレベルでまで、行くかなぁ……」
……楓が本当にそこまでいけば、鍛錬の相手ができるな……と、荒野は思う。
「おい、荒野……」
舎人が、荒野に声をかけた。
「あの子、本当に……六主家の筋とかじゃないのか?」
「さあ?」
荒野は、肩を竦めた。
「……記録では、一般人の孤児ってことになってたけど……遠隔遺伝とかだったら、それこそ調べようがないし……。
年齢的には、荒神の隠し子であっても不思議はないんだけど……」
「ああ。
その可能性だけはない」
荒神は、あっさりと荒野の冗談を否定した。
「ぼく、種なしだから……」
何気に吐かれた一言が、一族の関係者に衝撃を与えた。
「ま……マジで?」
荒野でさえ、目を見開いて荒神に問いかえす。
「こんなことで、嘘をつく必要ないよ」
荒神は、あくまでいつもの通りだった。
「先代があちこちに種をばらまいてくれたんで、本家の血筋が絶える心配もないし……ぼくが種なしでも、今更、誰も困らないと思うけど……」
荒神は、「ひょっとしたら、あの子もぼくの兄弟かも知れないねぇ……」などといって笑い飛ばした。
……笑えない冗談だ、と、荒野は思った。
楓のDNA調査くらいしている筈だから、実際に六主家の血が濃いようなら、荒野にもその旨、知らされている筈であり、従って、荒神がいうような可能性は皆無である。
「六主家と無縁の生まれで……あそこまで、いける……だと……」
荒野と荒神の態度から、楓が本当に一族とは無関係の血筋だと判断した現象が、なわなわと全身を震わせていた。
……佐久間本家の直系であることをアイデンティティの基幹として認識しているこいつなら、確かに楓みたいな存在は、認めたくないだろうな……と、荒野は思った。
「もって生まれた筋力とか反射神経とか……」
荒神は、淡々とした口調で解説する。
「……そんなものに頼りきったやり方は、獣でもできる。
そんなものに頼らずとも、十分な成果をだすための、一族の技、なのではないかね?」
……あの子は、自分で限界を設けていないから、まだまだ延びるよぉ……と、荒神は続けた。
……おそらく、荒野や、この場にいる一族の関係者全員に聞かせるために、あえて言ったのだろう……と、荒野は思い、現象に対しては、
「……お前……どんどん逆らえないやつが増えていくな……」
と、そういった。
「……他のやつらの実力も確認したかったら、明日の早朝、河原に見に来い」
[
つづき]
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