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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(267)

第六章 「血と技」(267)

 翌朝、確実に約束したというわけでもないのに、現象と梢は河川敷に姿を現した。舎人の姿も、二人の後ろに控えている。
 ……意外に、扱いやすいやつなのかもな……とか、現象に対する印象を、荒野は改める。少なくとも現象が、こちらが挑発的な言辞を弄すればそれにのっかってくる単純さを持ち合わせているらしいのは、荒野にとってはいい材料だった。
「……誰かと組み合い、やってみる?
 なんなら、おれでもいいけど?」
 荒野が二人に水を向けると、梢は掌を身体の前で振って、
「……さ、佐久間は、みなさんほど頑丈にできていませんから……。
 見学だけで、結構です……」
 と、拒絶した。
 噂通り、佐久間が「最弱」だとも荒野自身は思っていないのだが、だからといって梢を無理に引き出すつもりもない。
「……お前は、どうする?」
 荒野は、軽く現象を睨んで、故意に現象の気に障るような語調でいった。
「挑発なんぞしなくても、相手をしてやる……」
 胸の前で腕を組んだ現象が、傲然といいはなつ。
「お前とはやりあったことがあるし、最強の弟子も昨日、みた。
 そうだな。
 野呂の直系がいるそうだが……」
「……は、はい」
 不意に現象の背から、静流の声があがったので、現象は、ぴくりと全身を震わせた。
 ……どうやら、静流の接近に本気で気づかなかったらしい……と、荒野は判断する。
 現象は、実戦経験が足りず、緊張感が不足している、と。
「……い、いつでも、いいですけど……」
 口調こそ、控えめだが……。
『静流さん……自信、ありそうだな……』
 その時の静流の表情を、荒野はそう読んだ。
「……だ、そうだ……」
 荒野は、現象の顔をみて、呟く。
「う、うるさいっ!」
 少し狼狽え気味に叫び、現象は背後にいる静流に向かって振り返り……そこで、分裂した。
「……くらえっ!」
 何体もの現象が、至近距離から一度に静流に襲いかかり……そこで、宙高く投げ飛ばされた。
「……あ、あの……」
 どさり、と、現象の身体が地面に落っこちてから、静流が指先でサングラスの縁を叩きながら、声をかける。
「わ、わたし……これ、なんで……幻術は、効きにくいのです……。
 それと、お、お師匠様の護身術は、実用的なのです……」
「……佐久間の技の、無駄遣いだな……これは……」
 荒野は、そう感想を述べた。
 梢は、「……とても、見ていられない」とばかりに、掌で自分の顔を覆っている。
「……あいつ……自覚がないだけで、根本的なところが抜けているんじゃないのか?」
 荒野は、梢に向かってそう声をかけた。
「……いわないでください……」
 梢は、顔を伏せながら、押し殺した声を出す。
「やはり、あれは……佐久間の恥部、です……」
 荒野は……投げ飛ばされた現象よりも、梢に同情した。
「……ま、まだまだっ!」
 たいしたダメージもなかったのか、現象はすぐに起きあがる。
 そして、懲りずに、また分裂した。
「……視覚以外……聴覚、触角も……」
 五人ほどに増えた現象が、そんなことを喚く。
 が……。
「……うわぁっ!」
 現象の倍以上に増えた静流が、五人の現象を取り囲んで、白い杖を振りかぶっていた。 
 ぶん、と宙を斬る音がして、現象が吹き飛ぶ。
「仮想敵の戦力評価は基本中の基本……それ以前の、死活問題なんだけど……」
 荒野は、もはや呆れ果てた口調で、そう呟く。
「……あいつ……。
 一族を相手にするっていうことがどういうことか……本格的に、わかっていないんじゃあ……」
「そういうな、荒野……」
 舎人が、解説を加える。
「素質はともかく、経歴からいったら……お前さんほど実戦慣れしているわけ、ないだろ……」
「……子供の頃は、母親につれられての逃亡生活、それをすぎたら、記憶と能力を封じられて一般人家庭に預けられていたわけで……」
 梢も、ゆっくりと首を左右に振る。
「……そんなんで、若ほど的確な判断力持ってたら、それこそ化けもんです……」
 そういう梢は、佐久間の知力を必ずしも過大評価していないらしかった。知識の量や記憶力は、必ずしも、状況に適した判断力に貢献するとは限らない……ということを、肌で知っている。
 やはり、とっさの際、もっとも頼りになるのは、長い時間をかけて身体で積み上げてきた、経験値なのであった。
「ま……悪餓鬼どもが捨て駒にしても惜しくはない人材、と判断するだけのことはあるってことか……」
 荒野も、頷く。それから、梢に確認した。
「あいつ、鍛えちゃって、いいの?
 わりと増長するタイプだと思うけど……」
 現象を、多少なりとも「使える」ようにすると、一番負担が増えるのは、監視役の梢になる筈だった。
「……他のみなさんも、助けてくださるようですし……佐久間の直系だけあのていたらくでは、肩身が狭いのも事実ですから……」
 好きにしごいてください……と、梢は明言した。
「……テンっ! ガクっ! ノリっ!」
 荒野は、三人を呼んだ。
「お前らにとっては退屈だと思うが……一人づつ、こいつの相手をして、身の程を教えてやってくれっ!」
 二度目に現象を吹き飛ばした後、静流は現象に背を向けて、孫子との組み手をはじめていた。その態度が、静流がもはや現象に興味を失った、という事実を物語っている。
「……本当に、退屈そう……」
 などといいながらも、三人は荒野の呼びかけに素直に従って、集まってくる。
「どんくらい、やっちゃっていいの?」
 ガクが、荒野に尋ねた。
「……打ち身程度で、勘弁してやれ……」
 現象も、佐久間の長にやられたとかいう傷が癒えきっていない状態だった。寝込んだりするまで痛めつけるのは、さすがにやばい。
 今の段階では、「実戦」においては、現象の方法論は通用しない……ということを、身体で理解してもらえばいい。
「……いや……一、二週間くらい、寝込んで貰えると……こっちも楽なんですが……」
 とか、梢がぶつくさいっていたが、荒野はあえて無視した。
 テン、ガク、ノリの三人は、円陣を組んでじゃんけんをはじめる。どうやらそれで、順番を決めているらしい。
 そのころになって、静流によってまともに吹き飛ばされた現象が、ごほごほせき込みながら、ようやく立ち上がった。
 どうやら、まともに地面に背中を打ちつけ、肺の中の空気を一気に吐き出してしまったらしい。
 ……受け身もまともにとれないのか、こいつは……と、荒野は思った。
 筋力や反射神経などは、そこそこあるにしても、体術関係の修練はまるで受けてこなかったらしい。
 以前の時も、荒野の頭に血が昇っていなかったら、瞬殺していたことだろう……。
「……一番、ノリ、いっきまーすっ!」
 ノリが、片手をあげてぶんぶん、と振る。
 次の瞬間、立ち上がったばかりの現象の目前に出現し、胸ぐらを掴み……きれいなモーションで、現象を背中に担ぎ、地面に叩きつけていた。
 ごふっ!
 と、現象が再び肺の中の空気を吐き出す。
「……きれいな一本背負い……」
 梢が、呟いた。
「あのこ、柔道の経験とか……」
「単なる、見よう見真似でしょう……」
 荒野は、即座に断言する。
 おそらく……組みしやすい相手と判断して、三人は、現象に派手な技をしかけてくるのではないか……と、現象は思った。
「……二番、テン、いきまぁーすっ!」
 テンは、地面に転がっている現象のそばに近づき、手をさしのべて現象を立ち上がらせた。
 現象が立ち上がると、
「……fight!」
 と、叫んで、両手の拳を握りしめる。
 ……ああ。やっぱり、遊んでいやがる……と、荒野は思った。
 三人の力なら、本気で拳をふるえば、拳の骨が砕ける。だから、手によって打撃をくわえる場合、掌底を使うはずだった。
 つまり、拳を握る、ということは、それだけ力をセーブしている、ということを意味した。
 しかし、現象は、ろくなガードもできず、額と顎に一発づつ、拳を食らって、膝をついた。
 きれいな、ワンツーパンチ、だった。
 三人目のガクは、現象が回復するのを待ってから、悠々と現象のバックをとり、
「……今度こそ、荒神投げっー!」
 と叫びつつ、力任せに高々と現象を真上に放り投げた。

「……すまん。
 あいつ、現象のアレがきっかけで、入院しているんだった……」
 事後、荒野はそういって梢に詫びた。
「いえ。いいんです。
 これには、いい薬でしょう……」
 梢は、そう答えて、にっこりと笑ってみせた。
 案外……本気でそう思っているのかも知れない……と、荒野が思わず納得してしまう笑顔だった。

 気を失った現象は、舎人に背負われて帰っていき、それから二、三日、荒野たちの前に姿を現さなかった。




[つづき]
目次

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HONなび



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