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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(269)

第六章 「血と技」(269)

 その日の放課後も、荒野は学校の図書室に籠もった。茅が家事一切を取り仕切る、と宣言して以来、一人で帰宅しても学校の課題くらいしか、やることがない。大抵はなにかしらのイベントが起こるから、実際には学校の課題どころではなくなる日が多かったりもするのだが、それならそれで荒野が即座に呼び出される筈なので、そうなるまではどこで待機していても同じなのだ。
 放課後の図書室には、例の自主勉強会の影響か予想外に生徒の姿が多くて、荒野の姿が特に目立つということもなく、荒野は安心して教科書やノート、プリント類を広げることが出来た。いつ呼び出されるのか予測できない以上、課題関係は出来る時に消化しておいた方がいい。最近の荒野は、先輩と約束した進学の関係だけではなく、自分自身の知的好奇心を満たすために、学習する意欲を持つようになっている。
 思い返してみれば、ある程度、身体が育ってきてからの荒野は命のやりとりを日常とする世界の住人であったわけで、ここでの生活はそれなりに波乱含みであるものの、空いている時間を自分の興味を満たすために使用しても構わない、という今のような境遇は、幼少時を除き、荒野の生涯でもはじめてといってもいい。
 静かに知識を吸収し、思索する時間と余裕がある、という現在の状況は、そう思えばかなりの贅沢だよな……と、荒野は思う。
 将来的に……それも、遠い将来ではなく、比較的近い未来に、一族や新種、それに一般人社会との関わり方について、現実的な判断力を求められる時期が来る……という、かなり確かな予感を覚えていたので、荒野は必死に参考になりそうな知識を吸収し、判断材料の拡充に務めた。
 単純に知識量の多寡の問題なら、データベースや茅たちに任せておけばいいのだが、現場で求められる判断は、もっと微妙で実際的なものであり、問題が起こってから参考になりそうな事例を慌てて調べるのようでは足元がおぼつかない。
 長期的な視野を持って事の正否を判断するには、知識と経験の両方が必須であり、まだ年若く経験に欠ける荒野にしてみれば、せめて知識でも蓄えておかないことには不安でしょうがない。
 今の荒野の肩には、茅やテン、ガク、ノリの三人組だけではなく、好んでこの土地に流入してきた一族の者の将来についても少なからずのしかかってきておる。
 茅たち新種はともかく、流入組に関しては、自分の判断でここに来たわけだから、別に荒野が責任を感じなくてもいい、という考え方もできた。
 が、成り行きとはいえ、荒野たちが一般人との共存を選択したのは事実であり、その事実がなければ流入組もここには来なかったであろう、と考えると、やはり荒野としては、後悔しないためにも出来るだけのこのとをしておきたい、と考えてしまうのであった。
 確かに、以前、竜斎が指摘したように、これまでにも一般人と一族が公然と共存することを夢見て、しかるべき実験をしてきた者がいたことは、想像に難くない。しかし、その「成功例」は、荒野が知る限り、皆無であるようであった。

 そして、歴史をひもとけばひもとくほど、荒野は、「人間という者は、なくてもいいカテゴリを設定し、差別をしたがる動物だ」ということを思い知らされた。また、歴史についての知識が増せば増すほど、有働が前々から指摘しているとおり、「差別をしない人間はいない」というのは、どうやら人間という生物についての、普遍的な事実であるらしい……と、思えてくる。
 だとすれば、荒野が目指すべきところは、「抜き難く存在する差別意識を、出来るだけ無害なものにする」ための公算になるだろう。孫子や玉木が進めている、地元への貢献や経済的な影響力を持つ存在になる、という働きかけも、実際には、共存のための大きな布石になる……と、荒野は思う。何故なら……たとえ、蔑視する相手であろうとも、自分たちにとって有益な存在、自分たちを豊かにする存在を表だって排斥するわけにはいかないであろうから。
 一度そうした構造を作ってしまえば、あとは差別意識がヒステリーな暴発をしないように気をつける、くらいしか、気をつけるべきことがない……ともいえる。
 そこまで考えて、荒野は……表だって動いているのが、孫子にせよ玉木にせよ、まだ年端もいかない子供だから、周囲の住人たちも鷹揚に構えているのかも知れないな……と、思った。
 孫子の会社にせよ、玉木と有働が主導するボランティアや商店街活性化のイベントであるにせよ、「どうせ子供のやることだから」と失敗するのを見越して放置されている、という面は多分に、あるのだ。現在のところ、大きな失敗をしてはいないが……もし、玉木たちが法的にも責任を負うことが可能な成人であったらなら、商店街の人たちも何か裏があるのではないか、と、話しを持ちかけた時点で警戒を強めたであろうし、仮に地元に大きな損害を及ぼすようなことがあったら、刑事的にはともかく、民事的な賠償問題は、避けて通れなかっただろう。
 今のところは、ついこの間の竜斎の一件のように、かなり危ない場面もありながらも、何とか切り抜けてているが……やはり……。
「……綱渡りもいいところだよなぁ……」
 課題のプリントを広げながら思索に沈んでいた荒野は、我知れず小声でそう呟いていた。

「……おーっ。
 今日は、こんなところにいたかぁ……」
 しばらく、荒野がそんなことを考えていると、肩を叩きながらそんな声をかけてくる者がいた。
 振り返ると、玉木珠美が立っていた。
「お前こそ……こんなところに、何の用だ?」
 荒野は、小声で問い返す。
 荒野の中では、「玉木」と「図書室」がイメージ的に、ストレートに結びつかないのであった。
「ああ。
 こっちはあれ、撮影」
 玉木はそういって背後を指さし、放送部備品のハンディカムを持った放送部員たちを示す。荒野と目が合うと、顔見知りの放送部員たちは、黙礼した。
「……自主勉強会の様子とかも記録して映像資料として残しておこう、ってことになってね、こうして放課後の校内でカメラ持って回っているんだけど……。
 みてのとおり、カメラ向けると、たいがいの生徒さんは逃げちゃってさぁ……」
 事実、放送部員たちが図書室内にいる生徒たちにカメラを向けると、女生徒たちはきゃーきゃー声を上げながらカメラの前から逃げまどい、男子生徒もレンズの前に手をかざして、放送部員たちに直談判とかしている。
 別に悪用されるわけではなくとも、どうも、撮影されるということ自体に、抵抗があるようだった。
「……学校のアーカイブに残すくらいしか使い道のない映像なんだけど、どうにもうまい具合に協力者が捕まりませんで……」
 玉木は、荒野の顔を見ながらにこやかな表情で、そういい、わざとらしくもみ手をした。
「……つまり、おれにモデルになれ、と……」
「そうそう……。
 流石はカッコいいおにーさん、話しがはやい……」
 荒野は静かにため息をついた。
「特別なことは、何もしないぞ。
 このままでいいんなら、勝手に撮れ……」
 荒野はそういって、肩を竦める。
 どのみち、今、荒野の前の机の上には、教科書やプリント類が広がっている。
 それに、図書室内でいつまでも音を立てさせておくのも、抵抗があった。
「はいはい、勝手に撮影させていただきますです……」
 玉木は、そういって放送部員たちに合図をする。

 約束通り、荒野は特別なことは何もせず、思考に沈んでいる間に手が止まっていた分を取り返すように、プリントの問題に取り組みはじめた。




[つづき]
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