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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(270)

第六章 「血と技」(270)

 結局その日は、最終下校時刻ギリギリまで図書室に居座り、茅や楓と合流して一緒に帰ることになった。  
「しかし……放送部も、まともな部活動しているのな……」
 玉木も、途中までは一緒だ。
「当然でしょう」
 玉木は、頷く。
「おにーさんたちではないけど、好き勝手にも動く分、普通の活動もきっちりやるし、学校への協力も惜しまない。
 でなけりゃ、脱線もさせてもらえませんよ……」
 玉木の説明によると、平常の校内放送の他に、放送部は、卒業アルバムの素材提供などに協力することで、職員の心証をよくしようとしている、という。
「……今日のも、例の勉強会について、市の教育委員だかに報告したらどうかって話しが先生方から出て、その話しを聞いたもんで、提出用の資料とりまとめを申し出た、と、こういうわけで……」
 ……プロに頼むと、それなりにお金がかかるし、うちのクルーも、おかげさんで撮影技術がかなり底上げされていますから……と、玉木は続ける。
「……生徒が自主的に行っている、ってことと、ほぼ全校規模……いや、ネットで公開されている資料関連も含めれば、もっと大きな波及効果もではじめているってことで……やはり、かなり珍しい取り組みですし、先生方も、なんか、俄然、やる気になっちゃっているようで……」
 先生方の話しだと……授業の様子だとか小テストの点数見ると、例の自主勉強会がはじまってからこの方、全校レベルで、成績の底上げがはじまっている……という。
「……だって、あれ、はじめてから……まだ、全然、日が浅いじゃないか……」
 荒野が、珍しく狼狽した声を出す。
 たしか……準備を開始してから、まだ、一ヶ月も経過していない……。
「そう、なんすけどね……」
 玉木が、頷く。
「もともと成績が良かった生徒はもちろん、それまで、あまり勉強に興味を持たなかった生徒も、何気に意欲が出てきているようで……」
 平均すると、かなり効果が出ているらしいですよ……と、玉木はいった。
「……で、こういうのは、やはり珍しい事例ということで、きちんと記録を取っておこうという声が先生方からでまして……」
 放送部も、協力している……ということらしかった。
「……茅ちゃんとか楓ちゃんとか、それに、佐久間先輩がいなければ……他の生徒たちだけでは、絶対にできないことだと思うから、記録をとっても、よそで同じことを再現できるかっていったら、これはかなり難しいとは思うけど……」
 玉木はそんな風に説明してから、荒野たちと別れた。

「……おれたちがきただけで……もう、いろいろな変化が、起こっているんだな……」
 玉木と別れた後、荒野が独り言のような口調で、呟く。
 勉強会の一件は、一族とはほぼ無関係であったが、茅という要素を欠いていたら、絶対に起こらない動きでもあった筈であり……。
 自分たちがここ土地に来たことで、確実に変化したものがある、ということをこうして実感するのは、荒野にしてみれば、かなり奇妙な感慨に襲われるのであった。
「……職員室でチラリと聞いたけど……」
 茅が、荒野に説明する。
「……市の教育関係者の間で、あの勉強会がかなり注目されている、って……。
 来週の実力試験の結果次第では、もっと注目を浴びるようになるし……何年かすれば、うちの学校が、市のモデル校に指定されるかも、知れないって……」
「……先生方も、市から給料もらっているわけだから、周辺他校の先生方と横のつながりがあるってのは想像できるけど……その、モデル校うんぬん、っていうのが、イマイチ、よくわからないんだけど……」
 荒野は、茅にそう応じた。
「簡単な話し」
 茅は、荒野に頷いてみせた。
「親の立場に、なってみればいいの。
 同じ公立校で、数百メートル引っ越せば、より成績が良くて進学に有利な学校に入れる、となれば……小さな子供のいる親は、あの学校の学区内に、引っ越すようになると思うの……」
「……ああっ……」
 荒野は、自分の額を押さえた。
「そういう……話し、なのか……」
 学校とか進学とかの話題は、荒野の中では、実はまだ真実味や真剣味を持って認識されていない。
 ようするに……荒野たちの学校の、ブランド化がはじまっている、ということだ……。
 まだまだ、せいぜい、この市周辺の、非常にローカルな場所でしか通用しない「ブランド化」だが……親の立場からしてみれば、それでもかなり重要な問題だ。
「そういう、話しなの」
 茅が、頷く。
「今のところは、噂や漠然としたイメージだけが、この周辺の地域に流布されはじめたところだけど……それでも、来年度から、新入生の人数が増えても、おかしくない状況なの。
 学校の設備は、ここ数年は生徒数の減少で、あまり気味なくらいだし、一クラスや二クラス分増えても、まだ余裕があると思うけど……」
「そういうの、何年も続いて、このあたりに引っ越してくる人が増えると……商店街を利用するお客さんも、増えますね」
 楓が、妙に生活臭のする話題を出してきた。
「それも、そうだけど……」
 荒野は、平手で口を押さえて、やけに真剣な表情を作った。
「……そうして引っ越してくる人が増えれば……土地や建物、賃貸……不動産の値段も、あがるな……」
 少し前に聞いた話しでは、孫子の会社でも潜在的な需要を掘り起こすため、商店街の商品を各家庭に配送するデリバリー・サービスをはじめる……という話しだった。確かに、普段の足に鉄道を利用しない層や、店舗の空いている時間に帰宅できない、忙しい単身者などには、便利なサービスだとは思う。
 だが、そうしたサービスの拡充や、有働が中心になって進めている不法投棄ゴミの処理などが成功し、この周辺の地域がどんどん住みやすくなっていったとしたら……。
 それら、もろもろの条件を考慮しても、この、何の特徴もない田舎町の地価が高騰するほどの影響力は、持てないとは思うが……それでも……長いスパンでみれば、周辺地域にそれなりの影響を及ぼすだろう。
「あまり深く考えてなかったけど……おれたち……実は、結構凄いことに、手をつけはじめちゃったんだな……」
 着実に荒野たちは、自分たちが住んでいる町に、影響を与えつつあるのは、確かだった……。
「……はぁ……。
 風が吹けば、桶屋が儲かるですね……」
 楓も、荒野が考えていることと同じようなことを考えたのか、妙に古くさい例えをだして感心してみせる。
 ここに来てから日が浅い酒見姉妹は、実感がわかないのか、きょとんとした表情をして、荒野たちの会話を聞いているばかりだった。
 そこで茅が、荒野たちが考えたようなことを噛み砕いて説明すると、酒見姉妹は、今度はその「意味」を理解したらしく、目を見開いて驚いてみせた。
「「……それって……す、凄いとは、思いますけど……」」
「……ああっ……」
 驚きの声を重ねる姉妹に、荒野は簡潔に応じる。
「自分たちの都合で……自分たちの存在を認めさせるため、ここまで力をいれて、周囲に影響を与えようとするのは……絶対、一族のセオリーとは違うよな……」
 今更、ではあるが……自分たちは、少なくとも精神面では……すでに従来の一族とは異なる、「新種」に成り果てているのかも、知れないな……と、荒野は思った。




[つづき]
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