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第六章 「血と技」(271)
茅や酒見姉妹とともにマンションに帰る。酒見姉妹は別にマンションまで連れ帰る必要もなかったのだが、昨夜、茅が下校時の護衛を断ったこと、すなわち、佐久間現象一行に関する詳しい説明をしておきたかったので、夕食へ誘う。
どのみち、茅と姉妹の三人で、料理の仕方を教える夕食の仕度をる、というスタイルも、最近では定着しつつある。
茅に紅茶をいれて貰って、三人がキッチンで働く背中を見ながら一通りのことを説明する。今朝、河川敷にこの姉妹もいたので、顔通しは住んでいるし、その場にいた流入組の一族関係者にも、現象の性格や挙動は目撃されているわけで、荒野に大きな不安はなかったが、現在、この土地にいる術者たちの二大派閥である野呂、二宮の両方にコネクションを持っているこの双子にしっかりとした説明をしておけば、後の情報伝播は半自動的、かつ速やかに行われる筈であり、荒野の手間はかなり省ける。今朝の目撃情報と荒野が説明する正確な説明とが定着すれば、今後、町中で活動を開始する現象の動きを流入する一族全員がそれとなく見張り、不審な動きがあれば現象を監視する梢や舎人、あるいは荒野に対して報告する、という動きが生じる筈でもあった。
夕食の準備中に、一通りのことを説明する。
酒見姉妹の反応はというと、今朝の現象の様子を見ていたので、「……そんなに心配するほどでもないのではないか?」と荒野の警戒心を不思議がっていた。
「……あれでも……体術を仕込まれていないだけで、素質的には、一族の平均を遙かに抜きんでているんだけどな……」
と苦笑いしつつ、荒野は、「現象を警戒しなければならない理由」を、いくつかあげる。
最大の懸念は、現象が佐久間の技を使用できる、という事実。
現象自身の戦闘能力がたいしたことがなくとも……伝えられている佐久間の能力が、話し半分であったとしても、監視の目をくぐり抜けて、一人、また一人……と、術者を自分の意のままに動く「傀儡」にしていけば、最終的には突出した勢力になりうる……可能性が、ある。
次に……。
「おれ……ここに来てから、つくづく思い知らされているんだけど……。
個人の身体能力とかが、いくら優れていようとも……社会的な影響力、ということに関していえば、もっと別の要素の方が……ずっと、大きいんじゃないかな……」
夕食の仕度が済むと、食事をしながら、荒野は、ここ数日考えていたことを双子や茅に説明する。
半分は、自分自身の漠然とした考えを、まとめるためでもある。
「例えば……佐久間の洗脳は個人単位でしか使えない。扇動や大衆操作にもそれなりのノウハウを持っているようだけど、そっちの方の影響力は、今ではマスメディアの方がよっぽど大きいんじゃないかな?
佐久間以外でも……野呂や二宮、あるいは、加納でもいいけど、とにかく、数人の突出した術者がいたとしても、世の中は、あまり変わらない。
だけど……何の能力のない一般人でも……正しい方法を使えば、自分の住んでいる社会に対して、なにがしかの影響を及ぼせる……。
他人を巻き込んだり動かしたりするのは、突出した能力なんかじゃなくって、経済的な利害関係だったり、正論だったり、信頼関係だったり、雰囲気だったり……」
孫子の経済力、玉木の企画が生み出す影響力や波及効果、有働の地道な働きが生み出す信頼感……などの具体的な例を挙げ、荒野は、酒見姉妹に丁寧に説明してみせる。
「おれ……そういう例をみて、考えたんだけど……。
結局、一般人より能力的に上の一族が、いつまでも日陰者でいたのは……やはり、それなりの理由があったから、なんじゃないか……と、思うようになった。
経済とか信頼とか、影響力とか……そういう目に見えないけど重要なものっていうのは……個人的な能力って、あんま、関係なくって……それで、世の中を動かしているのは、結局、そういう力なんだ……。
一般人より能力的に上、の筈の一族は……実は、場合によっては、一般人より使えない。
おれ、才賀のヤツみたいに事業計画書作成してその通りに会社立ち上げる才覚とか、玉木みたい次々と企画立ち上げて実現しちゃう行動力とか、有働君みたいに、いつ結果が出るのか分からない作業を黙々と長期間こなす能力、ないし……でも、彼らの行動は、確実に、周囲に対して影響を与えてはじめている……。
お前ら……あいつらみたいな真似、出来るか?」
最後には、荒野は双子に問いかけてみた。
酒見姉妹は、顔を見合わせてから、同時に首を横に振る。
「確かに、身体能力では、一般人よりも一族の方が、ずっと強い。喧嘩したら、間違いなく一般人よりも、一族の方が勝つ。
でもさ……それって、そんなに偉いことか?
いや、偉い偉くない以前に、世間一般の基準からいって、喧嘩の強さなんて、さして重要な要素じゃないだろ?
現象のヤツは、親の恨みを引き継いで、自分なりに「一族という集団」を壊そうとするらしいけど……」
と、荒野は、続ける。
「……おれはこれから……やつとは別のベクトルで、従来の一族という集団を、無効化していくことになると思う。
共存路線という大本は、今までと変わらないんだけど……望む者には、忍以外の生き方もできるような、受け皿を、作っていきたい。
そのためには……今までやっているように、一般人社会の受けを良くしたり、理解して貰う努力をしていくことも大事だろうし、それに加えて、一族が、何の隠し事もする必要なく、自分たちの能力を十全に発揮できるような環境や仕事も、用意しなくてはらないし……まあ、これは、実際にやろうとしてみれば……一生かかっても、できるかできないかって、話しになってくるな……。
それでも……」
そういう風にしていかなくては……茅が、笑っていられる世の中にならないじゃないか……と、荒野は思う。思うのだが、その部分は、口には出さない。
「……幸い、おれは、加納だ。
昨日、現象がいった通り、時間だけはたっぷりある……」
実際に口に出したのは、そういう言葉だった。
続けて、荒野は自分に言い聞かせる。
……幸い、おれは、そういうことをしやすいポジションに、生まれついている……。
「茅や、テン、ガク、ノリ……現象、それに、まだ全貌が分からない……人数も能力も不明の、例の悪餓鬼ども……一族と、一般人……。
それらが、無意味にいがみ合う必要のない社会……というものを、作っていきたいと思っている。
すっごく難しいし、時間もかかると思うけど……」
……まあ、まずは勉強だな……と、荒野は誰にともなく呟いた。
[
つづき]
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