第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(12)
「……うっ、ひゃぁあっ!」
夢中になってお互いの身体を貪りあっているところで、羽生の叫び声が聞こえてきて、はっと我に返った。
布団の上で絡み合ったまま、香也とテンはびくりと身体を震わせ、慌てて身体を離す。身体を離したところで、二人とも下半身を晒した格好であり、なんとも、しまらない。
「な、なん、な……」
羽生は、全身をがくがくと震わせていた。
「朝っぱらから、ナニをやっておるのかっー!
特に、テンちゃんっ!」
羽生の絶叫が、家中に木霊する。
「……むぅっ……」
マグカップに注いだカフェオレを傾けながら、楓はむくれていた。
「テンちゃん……ひどいですぅ……」
「不覚でしたわ……」
フレンチトーストをほおばりながら、孫子もぼやいた。
朝食も含め、普段は和食がメインの狩野家の食卓だったが、今朝は流石に時間的な余裕がなかったので、根本の原因を作ったテンに急ぎ、パンを買ってきて貰い、その間にサラダや飲み物を用意した。
パンは、普通のトーストとフレンチトーストを半々に用意し、各自好きな方を摘めるようにしている。
「いつもの通り、外から帰ってきて、みんなで手早く汗をながしたところで……」
「……油断しているところに、後ろからぶすり、だもんなぁ……」
ガクも、口を尖らせる。
「でも……いくら油断しているっていっても……この全員を、いっぺんに無力化しちゃった……っていうのは……正直、すごいと思うけど……」
ノリが、冷静に指摘する。
「最近、仁木田さんたちと絡むことが多いからさ……」
テンが、平静な口調で答えた。
「特に、刀根のお爺さんとかは、静殺傷法の他に、医術にも明るくて、勉強になるところが多いんだ。
あの人、効率的な壊し方をよく知る、ということは、直し方もよく知っっているということだって、口癖のようにいってるし……正面からやったら、楓おねーちゃんやガクやノリにはかなわないんだから、せめて絡め手くらいは、うまくらないと……」
「……いや……。
朝ご飯食っている時に、そういう物騒な話し、さらりというなよ……」
羽生が、ぼやいた。
みんなの動きを封じておいてテンが香也といちゃついていた件については、
「……だって、今日の当番、ボクだし、みんなに邪魔されたくなかったから……」
とかテンが弁明すると、あっさりと許された。
こうして既成事実を積み上げていくことによって、「当番」という制度が「一時的にせよ香也をいいようにする権利」という風に意味をずらされていくのだが、香也以外の面々にとってはその方が都合がいい側面もあるのであった。
……香也にとっては、かなりありがた迷惑な面も、多々あるだろうが……その他の面々にとっては、香也とテンの行為は「当番だし、香也が嫌がっていない以上、しかたがない」といったところだが、テンひとりに全員が問答無用で行動の自由を奪われた、という件については、かなりの衝撃を与えているようだ……と、朝食の時のみんなの様子を観察して、羽生は、そういう印象を持った。
「……まあ……みんな、成長期だしな……」
羽生は、口に出しては無難な感想を述べた。
普段、一緒に生活していると、なかなか意識できないのだが……テンだけではなく……ここにいる全員が、お互いに影響を与え合いながら、急速に、成長している……。ノリの身長などの目につきやすい外見の部分だけの話しではなく、彼女たちの内面の変化は、そういう年頃だ、ということを差し引いても、やはりめざましい……と、思う……。
『で……その中心にいるのが……』
羽生は、もぐもぐと口を動かしている香也の顔にチラリと視線を走らせる。
『うちの、こーちゃんなんだよな……』
この場にいる中で、もっとも変化が少ないのが、この香也だろう……と、羽生は思う。
いや、香也が変化しにくいから、彼女たちも安心して成長できるのか……。
朝、マンション前に集合すると、飯島舞花が、朝、乱入してきた少年について、話し出した。昨日、家に来た少年が、荒野や楓たちが毎朝行うトレーニングの現場にもやってきたらしい。もちろん、その時間は香也は熟睡していたわけだが、荒野たちの話しによると、今朝もみんなにかなり手ひどいあしらいを受けた……ということだった。
あの少年は、学校襲撃事件の実行犯、それも、主犯格だ……という話しは、以前にも聞いて知っているが、香也は、そもそもその事件については、伝聞でしか概要を知らないので、全然実感がわかない。学校襲撃事件が起こった日は、楓や孫子とちょっと凄いことになって、その後、風邪を引いて寝込んだ日……として、香也の記憶に残っている。逆に行うと、その楓や孫子とのアレの記憶が強烈に印象に残りすぎて、その前後、外界で起こったことについては、あまり意識に昇ることがない。
そのゲンショウとかいう少年の話しでひとしきり、盛り上がっているうちに、玉木珠美が合流してきて、朝の挨拶もそこそこに、珍しく香也の方に近寄ってくる。
「……おーい、絵描きの方のこーや君……」
また、何か頼まれるかな……と、香也は予測した。
こうして玉木がわざわざ声をかけてくる、というのは、その呼びかけが示すとおり、「絵描き」としての香也に用がある時だ……ということを、経験上、香也は悟っている。
「……実はひとつ、お願いがあるんだけど……」
やはり玉木は、具体的な用事があるから、声をかけてきたようだった。
「今度はね、ちょっと大きなお仕事……。
大した金額は用意できないけど、少しは謝礼も用意できると思う……」
そう前置きして、玉木は、「商店街のシャッターに絵を描く仕事」を、香也に持ちかけてきた。
「……もちろん、今すぐってわけではないし、ペンキや刷毛とか、必要な道具はこっちで用意する。
それなりに時間がかかると思うし、今度の春休みでも、どうかな?」
商店街には、現在では廃業してシャッターを閉じっぱなしにしている空店舗も多い。現役で営業している店も含めて、統一感のあるグラフィックで商店街中のシャッターを装飾したら、という話しが、出ているらしかった。
いや、香也の能力をあてこんで、玉木が大人たちに認めさせたのかも知れないが……。
「……ん……」
香也は、ほんの少し考えた。
シャッターの、絵……か。
かなり大きなものになる、な……。
それだけ大きな絵を描いた経験は、香也も、流石にない。
確か、順也が南米かどこかの聖堂に大きな壁画を描く仕事をしたことがあった筈だが……商店街のシャッターに描くのなら、本格的な絵画というよりも、もっと明るい色調のイラストみたいなのがいいのだろうか?
「休み中でいいのなら、いいけど……」
結局、香也は玉木に、そう返答する。
それなりに良い経験になるだろう……という気も、した。
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つづき]
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