第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(17)
その日、日が沈んでしばらくしてから、かねて連絡があった通りに、長く不在だった狩野真理が帰宅した。
車庫にワゴン車をいれ、在宅中だったテン、ガク、楓に手伝って貰い、車の中の荷物を家の中に運び入れる。
真理にはそのまま風呂に入って貰い、楓たちは分担して洗濯や夕食の支度を行った。真理は、自分が不在の間も、家の中の整理が行き届いていたことを確認し、安心して長時間、風呂に浸った。
真理が入浴中に、孫子と羽生が相次いで帰宅する。
「いいか。みんな……」
真理の帰還をしった羽生は、その場にいた全員を手招きし、厳かな口調で宣言した。
「こーちゃんと、いろいろあったことは、真理さんには内緒という方向で、ひとつ……」
真理が不在の間に、香也をめぐって酒池肉林の乱交パーティが行われていた……などと知られたら、とんでもないことになる……と、羽生は思った。
いや、真理は、あれでなかなか砕けたところがあるから、頭ごなしに怒る、ということも、ないかも知れない。この家の子を集めて、避妊具を配り、性教育教室でもおっぱじめかねない性格なのでは、あるが……。
真理の不在時に最年長者であった羽生の監督責任は、厳しく詮議されるのではないか……と羽生は予想した。
「……特に、ガクちゃん……。
いこーちゃんと誰かが何回やったとかやらないとか、いきなりいいだすことがないように……」
羽生は、この中で一番羞恥心に欠けていそうなガクに、そう念を押す。
「わかった」
ガクは、頷いた。
「真理さんの前では、おにーちゃんとえっちなことをしたとか、いってはいけない……っと……」
テン、ガク、ノリの三人も、ここでの生活が長引くにつれ、世間的な規範というものを主としてお昼のワイドショーやテレビドラマから学んできている。
特に、「一度に複数の異性と深い関係を結ぶ」という主題は、昼間の時間に放映している主婦向けのテレビ番組で、主要なテーゼとなっていたから、そういった行為が世間的な基準において、いかにタブー視されているのか、同時に、そういった関係についての世間的な羨望の念がいかに根強いものか、ということを、逆説的に三人に教えていた。
そんなことを話しているうちに、
「「……ただいまー……」」
香也とテンの声が玄関から響き、二人が帰宅したことを告げる。
「……んー……。
真理さん、帰ってきた?」
居間に顔を出すやいなや、香也はそう確認してきた。帰宅の予定は聞かされていたし、玄関に真理の靴がおいてあったので、容易に推測が出来る。
「ん。
今、お風呂に入っている」
羽生は、頷いた。
「で、みんなに、こーちゃんとのこと、改めて口止めしていたところだわ……」
「……んー……。
わかった……」
香也は、頷いて、居間を去ろうとする。
「……えっ?
あれ?」
その香也の背中に、ガクが、声をかけた。
「ちょっと待って、おにーちゃん……。
今……テンと、やってきた?
二人から、そういう匂いと、テンの匂いが漂ってくるけど……」
「「……えっ?」」
楓と孫子が、素早く立ち上がり、香也の前に移動して、退路をたった。
「ほ、本当なんですか? 香也様……。
わたしでも、最近は二人きりになる機会がないというのに……」
「迂闊……でしたわ……。
そう、外でも……場所を、慎重に選べば……」
制服姿の香也と子供にかみえないテンがホテルを使ったとも思えないが……二人きりになれる場所は、探せば他にも存在するだろう。
「ずるいぞ、テン!
一人だけ抜け駆けしよーなんて……」
「おにーちゃん独占、反対っ!」
一方、ガクとノリは、テンの方に詰め寄っている。
「……ちょ……。
だって、今日、ボクの当番だったし、別にねらったり仕組んだりしてはいないけど、たまたまそういう雰囲気になっただけだし……。
おにーちゃんがその気になれば、別に構わないって話しだったじゃないか……」
多少は後ろめたい思いがあるのか、テンも、珍しく多弁になっている。
居間から廊下にでる出入り口でわいわいと賑やかなことになっていると、
「……んっ、ほんっ!」
というわざとらしい咳払いの声が、聞こえた。
全員が咳払いが聞こえた方向に振り返ると、
「……これは……何の、騒ぎなのかしら……。
留守中に何があったのか……羽生さんにも他のみんなにも、じっくりとお話しを聞く必要が、ありそうね……」
湯上がりの真理が、妙に迫力のある微笑みを浮かべて、廊下に立っていた。
羽生の顔から、さぁ~っと音を立てて、血の気が引いた。
「……お話は、よくわかりました……」
食後のお茶を喫しながら、真理が頷く。
少なくとも、真理は、事情をよく調べもせずに一方的に叱る、ということは、しない。
だから、食事をしながら関係者各位からじっくりと事情聴取をし、証言の矛盾点や不明瞭な点は問い返し、よく吟味した上で、自分の意見を述べる。
だから、ゆっくりと時間をかけて食事をしながら、全員から必要な話しを引き出した上で、真理はお茶を口に含んでため息をついている。
「……みんな、真剣だということ……。
それに、うちのこーちゃんの優柔不断が、すべての原因になっていること……。
正直……こーちゃんがこんなにモテモテで、態度のはっきりとしない子に育つとは、思わなかったけど……」
香也は、居心地が悪そうに、もぞもぞと身じろぎをする。
「……そのこーちゃんも、真剣に相手を選びたいから、安易な決断を避けている、ということも、理解しています。
その割には、ずいぶんと流されやすいところがあるようだけど……」
……この年齢の男の子だと、仕方がないのかしらねー……と、真理はため息をつく。
「……男の子の生理については、わたしはよくわからないので……後で、メールで順也さんにでも相談してみます。
問題は……」
さぁ……来たぞ……と、羽生は思う。
「……女の子の側の、自己防衛がなっていないことです。
そもそも、恋愛感情が、必ず性行為に結びつかなければならないとも思いますけど……。
どうしても、性急にそういう行為にj及びたいのであれば、最低限の知識と衛生予防の用意は必要です……」
真理の「性教育講座」はそれから三時間にも及んだ。
その中で、「今後、香也との行為に及ぶ際は、絶対に避妊をすること」とその場にいた全員が約束させられる。孫子が「わたくしは、別に妊娠しても……」と抗弁しかけたが、真理はそのような発想を決して容認せず、「従えないのなら、実家へ強制送還します」と、強硬な態度で孫子を沈黙させる。
避妊具は、後で真理が用意して、全員に配る、ということになった。
その間、香也はひどく居心地が悪そうだったし、真理の話しが終わり、解散となった時、がっくりと疲れた顔をして居間から出ていった。
[
つづき]
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