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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(276)

第六章 「血と技」(276)

 雨の音で目を醒ました。
 茅を起こさないようにそっと立ち上がり、カーテンの隙間から外を覗く。
 夜明け前の薄暗い町に、大粒の雨が降りしきっているのが確認できた。
「……トレーニングは、中止なの」
 気づくと、茅が背後に立っていた。
「ああ。
 そうだな……」
 荒野は目覚まし時計の針を確認する。
 いつもの起床時間より、二十分ほど早かった。
「……シャワーでも、浴びてこよう……」
 荒野はそういって、寝室にしている部屋を出ようとする。
「みんなにメールを手配してから、茅もいくの……」
 その荒野の背中に、携帯を手にした茅が声をかけた。
 ……これは、湯をためておけ、ということだな……と、荒野は判断する。
 昨夜は、酒見姉妹が帰宅した直後から盛大にいちゃつきはじめ、それから茅の体力が尽きるまで数時間に渡って連戦を続けたわけだから、当然、風呂に入る暇などなかった。
 荒野はバスルームに入り、放尿し、手を洗ってから、浴槽に栓をし、少し熱めのお湯をだす。
 それからキッチンに戻り、冷蔵庫をチェック、そこにある材料で手早く作れるメニューを頭の中であれこれ想像しながら、一リットル入りの紙パックの牛乳を取り出し、それに直接口をつけてゴクゴクと喉を鳴らし、半分ほどを一気に飲み込む。途中で茅が背中に抱きついてきたので、「飲む?」と紙パックを渡すと、茅も荒野にならって、紙カップに直接口をつけて、喉をならして牛乳を飲んだ。二人とも、長時間に及ぶ激しい運動をした後だったので、喉も乾いていたし、餓えも感じていた。
 その後、キッチンで軽くキスをしたり愛撫しあったりしていたのだが、流石に肌寒さを感じて、二人ともすぐに服を着る。
 軽い相談の末、ご飯を少し多めに炊くことにする。
 朝はだいたいパン食なのだが、どうせ週末だし、二人ともおなかが減っているので、今朝は腹にたまる食事が欲しい……ということで、意見が一致した。
 ご飯さえ炊いてしまえば、おかずは有り合わせのものでどうにでもなる。
 軽く料理の下拵えをしてから、二人で風呂に入る。例によって、狭い浴槽の中に、無理矢理二人で入るわけだが、別に風呂に入らなくとも二人きりの時はのべつもなく盛大にいちゃついているような気もする。
 お互いの体をまさぐりながら、時間をかけてお互いの体をまさぐったり洗いあったりして風呂から上がると、ご飯が炊きあがっていた。
 二人で肩を並べて手早くできるおかずを何種類か用意し、やはり時間をかけてゆっくりとおしゃべりをしながら、大量の料理を平らげる。荒野が大食らいなのはいつものことだったが、茅もやはり、体が栄養素を欲していたようで、いつもの食事量に比較すると、五割り増しくらいの量をたいらげていた。話題は、学校や一族関係の知り合いたちの噂話しや、茅が中心になって進めている自主勉強会の準備の話しなど、共通の話題はいくらでもあり、尽きることがない。
 茅は、勉強会の準備で校内の多くの生徒と知り合いになれた、といい、その一人一人について詳しく話してくれた。荒野が知らない場所で茅が多くの友人を作り、校内の社会に、自分の存在を浸透させていくことは、荒野にしてみても、歓迎すべきことに思える。
 荒野にしてみれば、一般人社会への適合、という要素の他に、茅には、さまざまなタイプの人間と接触して、知見を広めて貰いたかった。現在の茅は、別に誰かがそう仕組んだわけでもないが、結果として、来年の春から同じ学校に通う三人組のために先行試験をしているような具合になっている。
 能力面でどうしても無視できない格差があっても、それを隠すことなく一般人たちと共存できる……という結果を示す、成功例になってもらいたい……なってもらわなければ、困る……と、荒野は思っている。
 茅の話しを聞く限りにおいては、今のところ、大ぴらに敵意や害意を向けるものはいないようだ……と、荒野は判断する。
 現在のところ、茅が接触する生徒たちは同じクラスの生徒か、自主勉強会の関係で知り合った者たちに、ほぼ限られている。つまり、茅が、自分の意志によって、自分自身の利益にはならない活動に少なからぬ時間と労力を提供していることを理解している生徒たちがほとんどなわけで……だから、よけいな偏見が入り込む余地が、比較的少ない……と、荒野は、現在の状況を、そのように分析する。
 偏見とか悪い噂とかが一人歩きをするのは……きまって、そうした印象のモトになる事物が、人々の目に直接、触れる機会が少ない時……であることが、多い。その点、茅は、荒野よりも堂々と姿を晒し、完璧な記憶力と知性、という武器を、衆人監視の状況下で、自分以外の者のために、積極的に活用している。
 生徒数が限定されている学校、というローカルな環境下では、こうした身を張ったパフォーマンスは、きわめて有効に作用した。
 仮に、茅を快く思わない者が校内にいたとしても、現在の状況では、それを公言することは難しくなっているのだろう……と、荒野は思う。
 そうした反感を露わにすれば、茅が、みんなと共同して立ち上げたシステムの恩恵を受けている生徒が、黙っていないだろうから。
 そこまで計算して茅が自主勉強会を立ち上げた、とは、荒野も思っていないが……結果として茅は、自衛のための、最良の選択をしているのではないか……というのが、この時点での、荒野の印象だった。

「……そこで、ひとつ……荒野に、認めて欲しいものがあるの」
 学校での話しがひと段落すると、茅は、姿勢を正して荒野に切り出した。
「なんだ?
 改まって……」
 不審な思いを抱えながらも、荒野もつられて背筋を伸ばす。
「まだ、少し先のことなのだけど……」
 茅は、荒野に向け、
「来年、生徒会長に立候補したい……」
 という意志を告げた。
 寝耳に水、だった荒野は、数十秒間、硬直してしまった。

 硬直した荒野に、茅は説明する。
 四月の新学期から、茅は二年生になる。生徒会の役員になるには、適切な時期だった。それに、ここしばらく、放課後になると、佐久間沙織と行動を共にすることが多かったせいで、茅は、在校生から「沙織と同等の能力を持つ後継者」として、認識されはじめている。学科の成績もさることながら、生徒会長在任時の沙織の実務処理能力は、ほぼ伝説の域に達している。放課後、沙織とともに校内を飛び回り、一度に寄せられる課題や質問をてきぱきと処理して見せた茅は、結果として、「十分に沙織と同等かそれ以上の仕事ができる」ということを、目撃した生徒たちに印象づけてしまっている。
 選挙に立候補しさえすれば、かなり高い確率で、当選してしまうだろう……。
「……それに、みんなのために働いて、成果を出せば……それだけ、みんなに受け入れられやすくなると思うの……」
 しばらく、考え込んだ末、荒野は、
「……反対する理由がないな……」
 と、返答した。
 茅の提案というか、希望は、荒野にとっては完全に予想外のことだったが……いわれて、冷静に考えてみれば、実に、理にかなっている。
 荒野がそうした可能性をまるで予測していなかったのは、「生徒会」うんぬんの、学校の生徒自治組織にたいして、荒野の知識が極端に不足していたからに、過ぎない。
 実際の話し、荒野は……現在、どういった生徒が生徒会役員として活動しているのかも、まるで知らない……。
「それで、その……生徒会長、って……実際には、具体的に、どういう仕事をする人なの?」
 沙織が、その仕事をやっていた、というくらいの知識は持っていたが、それ以上の詳しい内容となると、途端におぼつかなくなる荒野だった。




[つづき]
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